101 理を違えし両者の懸け橋
幼子の声に気付き、目を凝らしてそちらを見つめる。
なんだろう。ぼんやりとだが、姿が見える気がする。
子供のようだが、声ほど幼いわけではなさそうだ。
「ディアーナ、あの子……」
「せやねぇ。アニさま。その子を、あんじょう抱き締めといて貰えまへんやろか」
悪霊……かも知れないものを、抱き締めるのか? ……と思ったが、悩んでいる場合ではない。
何がなんだか分からないが、言われた通りに実行する。
近づくシミを木剣で蹴散らしつつ、ぼんやりと見える子供へと駆け寄る。
抱き締めようとするが、やはり触れられない。
どうするんだ? ……と、問いかけようとしたら、すぐ目の前にディアーナが現れた。この短い距離を、わざわざ跳躍したようだ。
そして……
「アニさま。しばらく、身体を借りますえ」
そう言うと、俺に覆いかぶさるように迫ってきた。
「…………!?」
不思議な感覚だった。
白昼夢とでも言えばいいのか、意識はたしかにここにあるのに、手足の感覚が……身体の感覚が全て失われてしまった。
まるで幽霊になったようだ……
自分の身体が勝手に動くところを、第三者の視点で見ている感じだ。
俺の身体は、子供の幽霊をしっかりと抱きしめている。
しかも、聖法術を使った。
「聖法照光」
まるで、俺が聖法術を使っているようだ。
そう言えば、そこかしこに悪霊らしきシミが見える。
それに目を凝らして見ると、徐々に姿が浮かび上がってきた。
老若男女、様々な人。動物や妖精のような者……いや、精霊だろうか。
とにかく、いろいろ……
よく見れば、身体に黒い煤のようなものがまとわりついているのだが、それが、聖法術の光のシャワーで、ゆっくりとだが確実に洗い流されているようだ。
俺の身体が抱いている子供には、黒い煤のようなものは付いていないようだ。
今なら、悲しそうにしている姿もよく分かる。
高貴な生まれなのだろうか。まとっている服……と言っていいのか分からないが、高級そうなものを着ていて、髪も綺麗に結い上げられている。
『アニさま。お身体、返しますえ。ちーとばかし反動があるか分からんけど、安静にしてたら平気やさかい、そのままこの子をあやしてやって……』
フッと意識が切り替わる。
まるで、一瞬眠りに落ちそうになり、慌てて目覚めたような感じだった。
だが、身体の感覚は戻っているし、腕に触れている感覚もある。
身体は透けているのだが、それでも女の子の姿がはっきりと見えている。
やはり、幽霊形態になったディアーナに近いだろうか。
容姿は、金髪碧眼、見るからにいい所のお嬢様で、お姫様のようだ。
よく見れば……いや、よく見なくても、マリーさんにすごく似ている。
「悲しまなくてもいいから。あのお姉ちゃんが、何とかしてくれるから……。落ち着いたら、何でそんなに悲しんでいるのか、聞かせてもらってもいいかな」
ゆっくりとポンポンと指先で軽く背中を叩き、時折、頭を優しく撫でる。
その間も、ディアーナは、暴れる悪霊の動きを封じ、黒い煤を洗い流していく。
胡坐をかいた俺は、そのヒザの上に女の子の幽霊を座らせる。
重さは全く感じないが、確かにここにいる、という感覚はある。
どうやら、少しは落ち着いたようだ。
黒猫姿になったクロエがこちらへ近付いてきた。
向こうの戦いが落ち着いてきたので、俺が念話で呼んだのだが、やはり触れ合うことはできないようだ。
それに、黒猫には見えていないようなので、それっぽく振る舞うよう指示を出していく。
仰向けに寝転んで、ネコパンチをさせたり、舐めるような仕草をさせたり。
「俺の名前はハルキ。で、この子はクロエだ。キミの名前を聞いてもいいかな?」
「私……チル。チル・フロイデ・キュリスベル」
キュリスベル?
それは王族の名前なのだが……
「チルっていうのか。じゃあ、チルって呼ばせてもらってもいい?」
「……うん」
「ありがとう。じゃあ、俺のことは、ハルキでお願いするよ」
小さく、だが間違いなくコクリとうなずいた。
「さっき、何を悲しんでたのか、聞いてもいいかな」
「……ハルキたちは、私をここから追い出しにきたのですか?」
「今度、ここに妹が住むことになるんだ。だけど悪霊がいるって聞いたからお祓いに来たんだけど、チルは悪霊じゃないみたいだし、祓ったりはしないよ」
「……みんなは?」
「みんなって、他の幽霊たちのこと?」
少女がコクリとうなずく。
「あの幽霊たちは、全員知り合いだったりするの?」
「全員じゃないですわ。多くは、行き場がなくて集まってきただけ……」
「どうするかはあのお姉ちゃんに任せてあるから、俺には分からないけど、チルはどうして欲しい?」
う~ん、と真剣に悩み始める。だが、なかなか結論が出ないようだ。
いつの間にか、光のシャワーが止まり、戦いも終わっていた。
「じゃあ、幽霊たちをどうすればいいか、みんなで話し合おうか」
「うん」
見れば、幽霊たちはすっかり大人しくなっていた。
もちろん、油断は禁物だが、いつの間にか重かった空気も元に戻っている。
俺は、幽霊を抱えて立ち上がり、みんなに得られた情報を伝える。
とはいえ、マリーさんやフェルミンさん、それにクロエもだが、少女の姿が見えていないようだ。
「せやねぇ……。アニさま、ちょっと試して欲しいんやけど……」
ディアーナの提案は、簡単に言えば、指輪を召喚して欲しいというものだった。
精神経路を繋ぐためのものらしい。
「いやまあ、やってみるけど、それって召喚術士にできることなのか?」
「ウチもよう知らへんけど、人を召喚するよりは簡単らしいよ」
その指輪を使えば、この子の姿がクロエたちにも見えるようになるらしい。
だったらと、イメージを固めていく。
抱えているチルをどうしようかと思ったが、重くはないし、邪魔にもならないので、このままでもいいだろう。
この子と心を通わすイメージを強く込めていく。
「……よし」
精神収納から召喚術士の杖を取り出し、片手で召喚陣を描いていく。
「理を違えし両者の懸け橋となるべく、親愛なる指輪となりて我が前に姿を現わせ! 召喚!」
召喚陣が光り輝き、粒子となって空中を走ると、腕の中にいるチルの指に集まっていく。それが収まると、チルの指に指輪が現れ、キラリと宝石が輝いた。
……左手の薬指に。
「上手くいったのか? 勝手にチルの指にはまったんだけど……?」
「見えます。ボクにも、この子の姿が見えますよ。兄上、さすがです」
「いやあ、ウチが言うのも何やけど、さすがアニさまどすなぁ。まさか、ホンマに成功するとは思わんかったよ」
「ハルキ、指輪にキスはしないの?」
ん? ……と思ったが、戸惑うチルが指を差し出してきたので、その指輪に唇を当てる。すると……
指輪が輝き、宝石の中に「実った稲穂」の召喚印らしきものが浮かんだ。
「これでいいのか?」
そう言いながら、声のしたほうを向くと、いつの間にか風精霊が俺たちを見つめていた。
それに、なぜかフェルミンさんが、床に倒れ込んでいる。
「ちょっ、どうしたんですか? フェルミンさん?」
「ハルキ、たぶんそれ……」
フェルミンさんに近付こうとしたら、マリーさんから声が掛けられる。
なんだか真剣な表情だ。
「……精霊契約の儀式ですわ」
「えっ?」
精霊……契約?
なんだそれ……
状況が分からず、キョトンとした俺とチルは、互いの顔を見つめ合った。




