表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

見えないあなたに恋をして

作者: 湖瑠木 梛

 キーンコーン、カーンコーン。

 一日の終わりを告げるチャイムが学校中に響き渡る。その知らせを聞いた生徒たちはそれぞれの帰路に就いていく。そんな中、僕はその流れに逆らって正門とは反対側の場所にある図書室へ向かう。

 少し重い扉を開き中に入ると司書の先生が出迎えてくれた。

 「いらっしゃい」

 「どうも」

 軽く挨拶だけして僕は目の前に広がる本棚へ目を向ける。今日はどんな本を読もうか。そんなことを考えながら本棚の間を歩いていると、いつもと違う部分があることに気付いた。

 そこには今まではなかった全三十一巻の長編シリーズ作品が本棚をびっしりと埋めていた。

 「へぇ、こんなのあったんだ」

 気になって先頭の巻を手に取り開いてみる。

 すると一枚の紙切れがヒラヒラと床に落ちる。気になって手に取ってみる。そこには綺麗な文字でこんなことが書かれていた。

 『初めまして、突然ですが入院中で退屈な私と交換日記をしてくれませんか?

 もし、してくださるのであれば次巻にお返事をお願いします』

 名前は無かった。

 入院中らしいこの手紙の主はどうやら退屈凌ぎのための交換日記の相手に手紙を見つけた僕にしてほしいとのことだった。

 少し不審に思いながらも僕はカバンからノートを取り出し雑にちぎる。

 『こんな僕でよければよろしくお願いします』

 優しさ、というよりはちょっとした好奇心だった。本の中でよくある展開が今、目の前で起こっている。そんなことへの好奇心。

 そんな好奇心がきっかけで僕と名前の分からない人物との奇妙な関係は始まった。

 

 あれから数か月。手紙の主とのやりとりを繰り返す内に分かったことがある。

 まず手紙の主は僕と同い年の女性で高校二年生らしい。それから交換日記のペースは週に一度で彼女の母親が彼女の手紙を挟んだ本を返却し、僕の手紙を挟んだ本を借りて帰る、という方法で交換日記は行われていた

 内容は至ってシンプルだった。学校でどんなことがあったか、自分の趣味は何なのかなど。そんな他愛もない会話ばかりだった。

 今まで味わったことのないこの非日常感がいつの間にか僕にとっての楽しみで大切な時間になっていた。

 それからしばらくして最終巻が近くに迫って来たある日。いつも通り本を手に取り中を確認する。文字が敷き詰められた上に真っ白な紙がいつもと変わらないように挟まれていたので取り出す。

 今日はどんなことが書かれているのか。少しソワソワしながら開き、書かれた文字を読み、僕は言葉を失った。

 『いきなりでごめんなさい。実はもうすぐ手術を受けるんです。そして術後は今まで通り交換日記を続けることは難しくなってしまいます。だから、ごめんなさい。今まで私のわがままに付き合ってくれてありがとう。』

 震える文字で書かれたであろう手紙は今までとは明らかに違った内容で、僕の中に何とも言えない気持ちが芽生えた。

散々わがままに付き合わせておいて突然終わらせたことに対する怒りなのか、それともこの奇妙な関係が突然終わることに対する寂しさなのか今の僕には分からなかった。

 結局自分の感情がよく分からないまま返事を書かずに僕は家に帰った。

 机に向かい返事を書くための真っ白な紙をじっと眺める。あれからしばらく考えていたが、結局何を書けばいいのか分からなかった。

 パッと頭に思い浮かんだ言葉をそのまま書いてみる。

『こちらこそありがとう』

そこまで書いて消す。普通ならこれだけで十分なはずなのだが、自分の中にある形容しがたい感情のせいで、どうしてもただのありふれた言葉では納得できなかった。

「はぁ、どうしよっか」

誰にも聞いてもらえない悩みを一人呟く。

ふと今までの交換日記が目に留まり、読み返そうと思い手に取ってみる。読んでいるとそこに書かれている彼女は入院中であるにも関わらずいつも楽しそうなのが文字から伝わってきた。

ただ、そこに書かれているのはいつも決まって病室の窓から見える景色と自分の少し前の記憶にある景色だけだった。

 『また、外の景色が見たいな』

 ある日の手紙にはそんなことが書かれていた。そして自分の感情の正体に少し気付いた時、手紙の内容は決まった。

 僕は自分の想いを書いた手紙を本に託した。



 『あなたに会いに行きたいです』

 少し雑な文字が書かれた手紙を読み返す。

 数か月続いた関係の最後の手紙の内容に最初は驚いたが、散々わがままに付き合ってくれたのだからちゃんとお礼を言わないといけないと思い母親に頼み、彼をここへ連れてきてもらうことにした。

 「あーあ、同級生の男子と話すのってひさしぶりだなー」

 誰もいない病室で軽く伸びをしながら独り言を言う。

 入院してから独り言が増えた気がする。会話相手がいなければ自分で作ってしまえばいいのだ。と考えた結果なのだが、少し恥ずかしくなってしまう時がある。そんなことを考えながら窓の外を眺める。

今は秋。窓からはいつもと何も変わらない景色が見えている。その中にある一本の大きな木から何枚かの葉がひらひらと落ちていくのをボーっと眺めているとコンコンと扉をノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

私が促すと一人の男子高校生がゆっくりと中に入って来た。少しはねた短い髪に黒縁の眼鏡をかけた平均より少し背の高い彼が私の交換日記の相手なのだろうか。少し不審に思いながらゆっくり声を出す。

「あの、もしかして、私と交換日記をしてくれました?」

私の質問に彼は一つ小さく頷いた。

「・・・・・」

「・・・・・」

気まずい空気が病室に流れる。

「えっと、その私のわがままに付き合ってくれてありがとね。嬉しかった」

沈黙に耐えられず私は彼に感謝の気持ちを伝える。それに対して彼は「別に」と小さく返すだけだった。先程から彼は私と目を合わせてくれない。

さてどうしたものか。

私が考えを巡らせていると彼が重い口を開いた。

「えっと。もうすぐ手術なんだよね?」

「うん!そうだよ」

彼から声を掛けられたことが嬉しくてつい声が大きくなってしまった。

彼を見ると少し驚いた表情をしている。何とかごまかさないといけないと思い声を出そうとする私を彼は遮った。

「僕と約束してくれないか」

「え?」

予想外の言葉に私は固まってしまった。

「どういうこと?」

「外の景色を見に行こう」

「外のって。え? どういうこと?」

いつまでも戸惑いを隠せない私を見て彼は小さくため息を吐いた。

あっ、ちょっとむかついたかも。

そんな私を気にせず彼は話を続ける。

「言ってたじゃん、また外の景色が見たいって」

そこまで言われて私はハッとした。自分で書いた内容を忘れていたわけではないが彼が覚えているとは思ってはいなかった。

そして少しの不安を感じながら彼に問いかける。

「本当に一緒に見に行ってくれるの?」

「その約束をするために来たんだけど」

少し俯きながら言う彼を見て私は少し照れてしまう。

「じ、じゃあその時はよろしくお願いします」

「こちらこそ」



憧れていた外へ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ