7話 事件
「おお、結構形になってきたんじゃないか?」
「本当ですか?」
場所はFクラス。
シグマを勉強し始めてからやっとシグマが安定して発動できるようになった……気がする。
藤堂先生のお店で買った紙のおかげもあるだろうけど、精霊に頼むシグマのイメージが自分の中で具体的に文字にできるようになったので今まで発動自体が不安定だったシグマが確実に発動するようになっていた。
「あとはまあ、発動時間を短縮できれば文句ないけど勉強したてにしてはすごい成長だよ」
「ありがとうございます」
「シグマも発動できるようになったことだし、次はテスト対策ね」
「1年の中間の課題、篤志は何だった?」
「僕は水のシグマを下から吹き上げる形で自分の最大限の高さ発動する、でしたね」
「へぇー、そうだったのか。俺たちは何だったっけ?」
「風のシグマで木の箱を持ち上げるってやつ」
「あーそうだったそうだった。ってことは今年は火か土の可能性が高いな」
「そうね。火だったら何かを燃やす、土だったら簡単な形を作らされる可能性が高いわ」
「なるほど」
最初にFクラスに入った時はこのクラスでやっていけるのか不安だったけど、先輩たちはなんだかんだ言って面倒見がいい。
突然舞い込んできたシグマという非日常が、俺の中で『当たり前』になりつつあった。
「火は今の感じで問題ないだろうから、次は土のシグマでも練習するか」
「はい、お願いします」
ピンポンパンポン
『高等部の先生方、至急職員室にお集まりください』
「あー、呼び出しですね。行ってきます」
そう言って藤堂先生が立ち上がる。
「珍しいな」
「そうですねぇ。とりあえず行ってきます」
教室から藤堂先生が出ていき扉が閉まった。
「何かあったんですかね」
「篤志、何かわかるか」
「少し待ってください」
中野先輩はそう言ってノートパソコンを開き、操作を始めた。
「どうぞ」
向けられたノーパソの画面の前に俺たちは集まる。
どうやら職員室を上から撮った映像のようだった。
「ちょ、これ盗撮じゃ……」
「しっ」
中瀬先輩が人差し指を自分の唇の前に持ってきて俺を制す。
『さて、全員集まりましたかね。特別授業中お呼びして申し訳ない』
教頭らしき先生が話し始めた。
『現在特殊任務にあたっている、高等部3年霧島みつきについて急ぎ話をしなければと思いまして』
みつきの話?何で。
『詳しくは増田先生の方からお願いいたします』
『はい』
増田先生が立ち上がる。
『単刀直入に申し上げます。霧島みつきが反シグマ組織によって捕らえられました』
「!?」
『みなさんご存じの通り、霧島みつきは在学中ながらその能力を買われ、府志熊社での任務にあたってきました。もちろん、安全に配慮した任務にあたらせていたつもりです。しかし今回、このようなことになってしまい……。大変申し訳ございません』
増田先生が頭を下げる。
『現在、府志熊社が勢力を上げて誘拐された霧島の行方を追っています。今回みなさんをお呼びしたのは霧島の捜索に手を貸していただきたいのと、他の生徒たちに不安が広がらないよう対処していただきたいのです』
「どういうことですか!!」
俺は声を荒げた。
「先生たちの言った通りよ。みっきーが捕まった」
「何で!!」
「シグマっていうのは便利だけど、だからこそそれを悪用しようとしてる人もいるの。みっきーの力を欲しがって目をつけられたってこと」
「何でそんなに平然としていられるんですか!!」
「平然としているように見える?みっきーは私の友達よ。でも、私たちに何ができるっていうのよ」
俺は中瀬先輩の言葉に反論できなかった。
「でも……」
「私たちに力があればみっきーを助けることもできるかもしれない。でも、私たちがみっきーを助けに行ったところで同じく捕まるのがオチよ」
中瀬先輩の言うことは正しい。
でも、だからって幼馴染が怖い思いをしているのに何もできないなんて!
「無謀と勇気は違うの。それはわかってる?」
「ッ……。わかってます……けど」
「見つけました」
再びパソコンをいじっていた中野先輩が画面をこっちに向ける。
「さすがだ篤志」
「え……?」
「先生方に送られた任務の内容から近くの監視カメラの映像を解析して霧島先輩を誘拐した男らしき人物を見つけました」
「ナイス。潜入先は?」
「ここからそう遠くない港の6番倉庫。おそらくそのまま船で逃げるつもりかと。早くした方がいいかもしれない」
「オーケー」
先輩方がそれぞれ準備を始める。
「え?え?」
中瀬先輩は髪をポニーテールに縛り上げ、鉄岡先輩はグローブを取り出して装着し、中野先輩は眼鏡を付け替えた。
「何ぼーっとしてんだ」
「無謀と勇気は違う。で?あなたはどっち?」
俺は……。
「無謀でも何でも、俺はみつきを助けたいです!!」
「わかった。くれぐれも無茶はするなよ」
そう言って、鉄岡先輩は笑った。
「行くぞ」
「ええ」「はい」
俺たちはバレないように窓から外に出た。
先輩たちは慣れた足取りで進んでいく。
これは現実なんだろうか。
幼馴染が捕まって、それを助けるために先輩たちと学園を勝手に抜け出そうとしているなんて。
でも、絶対みつきを助けるんだ。
「宗一郎、ボーっとすんなら置いてくぞ」
「すぐ行きます」
先輩たちに追いつくべく駆け足で近づく。
「よし。少し離れてろ」
そう言って鉄岡先輩は学園を囲む塀の一部を力を込めて押し始めた。
ゆっくりと塀の一部が動き、外へ続く穴が開いた。
俺たち全員がその穴を通り抜けると鉄岡先輩は再び力を込めて塀の一部を元通りに直した。
「行くぞ」
「あー、やっぱり勝手に行くつもりだったんですね」
その声に、俺の心臓が跳ねる。
「と、藤堂先生……」
これはまずい。見つかってしまった。まだみつきの元にたどり着きすらしてないのに。
「ダメですよー。先生に相談してくれなきゃ」
「うるせー。てめーが遅いのが悪いんだろ」
「間に合ったじゃないですかー。それに、徒歩で現場まで行くのは大変でしょ?先生に感謝してくださいね?」
軽口をたたきながら黒塗りの車に乗り込む先輩たち。
「おや?岡本君は乗らないんですか?」
「の、乗ります!!」
俺は急いで車に乗り込んだ。
「じゃあ、霧島さん救出に出発しますか」
「いいから早く出せ」
「もう、せっかちですね鉄岡君は」
車が発進する。
「ど、どうなってるんですかこれ」
「んー?どれのこと?」
「何もかも全部ですよ!」
「すみません。岡本君がもう少しうちの学園に馴染んだら説明しようと思ってたんですけど、ほらうちのクラスってシグマが壊滅的に使えないじゃないですか」
うちのクラスっていうのはFクラスのことだろう。
「だから、シグマに頼らなくていいようにいろいろみんなに教えたんですよね。体術とか、ハッキングとか」
そんなさらっと言うことですか……?
「それで今回それを使う機会が来た、とそういうわけです」
何だそれは。
「さ、車で近づけるのはここまでです。みなさん、降りて」
「さってと。これからどうすっか」
「任せてください」
中野先輩はスマホと小さな機械を取り出した。
「これで、偵察してみます」
どうやらドローンのようだった。
「どうだ?」
「入口には誰もいませんね。ただ、他に入る道もなさそうです」
「なるほどな。篤志、お前の話だと奴らは霧島を船でどっかに連れて行こうとしてるんだろう?」
「あくまで可能性の一つですけど。ただ、ここが拠点ではないようですから、移動することは間違いないです」
「だったら、移動する瞬間が勝負ね」
「外に出てきた奴らを襲って霧島を助け出す」
「ですね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「あ?何だよ」
「相手は大人なんですよね?しかもみつきを簡単に捕まえちゃうほど強い人たちなんでしょ?そんな簡単にいくんですか!?」
「じゃあどうすんだよ」
「それは……」
「まあ、でも確かに倉庫から出てくるタイミングって一番向こうが警戒しているタイミングですしねぇ」
藤堂先生が言った。
「どうでしょう。囮作戦は」
「囮作戦?」
「そう。大きな物音を立てるでもいいし、少し大げさな騒ぎになるようなことをするんです。そうすると、様子を見に行く人が何人か現れるはずでしょう?そこに、倉庫に侵入して霧島さんを助ける。どうですか?」
「なるほど」
「さて、そうなると囮班と救出班にわかれるわけですが……。囮班になる方は先生とのお約束があります。絶対に犯人たちに顔を見られないこと。どうですか?立候補者はいますか?」
「俺がやろう」
鉄岡先輩が手を挙げた。
俺は不安になりながらゆっくり手を挙げる。
「おや、岡本君。何かいい案があるんですね」
藤堂先生は少し微笑んでいるように見えた。
「はい……。俺にできるかわからないですけど……でも。やってみたいんです」
「わかりました。では囮班は鉄岡君と岡本君にお任せします。中瀬さんと中野君は私と一緒に倉庫の裏側に回りましょう」
「わかりました」「はい」
「作戦を言います。まず、鉄岡君と岡本君が騒ぎを起こす。それに気を取られているうちに、私のシグマを使って倉庫の裏側に侵入経路をこじ開けて、霧島さんを救出。いいですね?」
俺は黙ってうなずく。
藤堂先生たちが去っていった。
「で?どうすんだ?」
鉄岡先輩は指をポキポキ鳴らしながら聞いてきた。
「あ、えと……」
俺は鉄岡先輩に向き直る。
「これを使おうかと思って」
俺は藤堂先生の店で買ったペンを取り出した。
「おお?」
「姿を見られないように騒ぎを起こすとなると、シグマを使うしかないんじゃないかって思って」
「なるほどな。んじゃお前に任せる」
「えっ」
あまりにも軽い返事に俺は驚いた。
「ん?どうした?」
「だって俺、失敗するかもしれないですよ?」
俺の言葉に鉄岡先輩は顔をしかめた。
「お前は馬鹿か。大切な奴助けるときに失敗すること考えんじゃねぇ。それに、お前が失敗しても俺たちがフォローする。任せとけ」
「!ありがとうございます」
鉄岡先輩の力強い言葉は心強かった。
俺は心を決め、倉庫の正面へと向かった。
周りに監視カメラと人の気配がないのを確認する。
「ふぅ……」
俺は息を吐いて鉄岡先輩に言った。
「すみません、鉄岡先輩。力を貸してもらえますか?」
「ああ、わかった」
中野先輩のドローンがこちらの様子を確認していることに安堵しながら、俺は鉄岡先輩に説明をした。
「シグマの大きさって、単純にC力の量で決まるんですよね?」
「ん?まあ、他にも言葉の具体性とかあるが、C力に左右される部分も大きいな」
「だったら、扉いっぱいにシグマの呪文書けば威力も上がるってことですよね」
「お前……ホントにバカだな」
鉄岡先輩はそう言って笑った。
「うおぉぉぉぉお!」
その時の俺たちは本当に大馬鹿野郎だった。
鉄岡先輩に肩車をしてもらい、倉庫の扉にデカデカと『精霊への契約書』を書いていく。
『火の精霊よ、天井まで届くほどの火柱を上げろ!』
一瞬でいい。ビビらせるくらいでいい。
「いっけぇええええ!」
刹那—―。
爆発音と共に火柱が上がり、倉庫の扉が吹っ飛んだ。
「ッ!!」
俺たちは爆発の勢いで吹っ飛ばされ、海へと落ちた。
あとは頼んだ……。