5話 シグマ街
「何ですか、これ」
「C力が込められたペンです。これを使えば、簡単なシグマが使えますよ」
それから俺はシグマに夢中になった。
Fクラスの先輩方や来栖にシグマについて教えてもらった。
「C力で精霊と契約する方法?ちょっとペン貸してみろ」
鉄岡先輩は俺からペンを借りると、サラサラと紙に何かを書き始めた。
「これでよしっと……」
その瞬間、紙から水鉄砲から出るような水がピュッと噴き出してきて俺の顔にかかる。
「うげっ!」
「紙を覗き込んだりするからだ。よかったな、水の精霊で」
「これ、何て書いたんですか?」
「簡単に言えば、『水の精霊さん、力を貸してください』だな」
「そんな簡単にシグマ使えるもんなんですか?」
「今のは適当に書いたが、もっと具体的にどの量の水をどういう形で使いたいから力を貸してくれって書き方すれば応えてくれるぞ。ま、あんま長いと対価が見合ってないってことで発動しないけど」
「なるほど……。言語って何でもいいんですか?」
「ああ。日本語でも英語でも何でもいいぞ。その言葉が読める精霊が来てくれる」
「な、なるほど……」
精霊にも母国語みたいなものがあるんだろうか……。
そう思うと何だかおかしかった。
「他人のシグマの発動方法見てると結構面白いわよ」
「というと?」
「例えばこんな風に紙に書いて発動するシグマはC力と文章さえあれば精霊に意味が伝わればどんな形でも問題ないわけ。だから、普通に横書きで書く人もいれば、縦書きの人もいるし、六芒星書いてその周りを文字で取り囲んだりする人もいる。おしゃれ感覚で個性を出してもいいものなの」
「へぇーそれは面白いですね!」
「まあ、文字でシグマ発動させるなんて面倒くさいことする人自体この学校にはあんまりいないけどね。だって、言葉で発動させるかイメージで発動させる方が楽だもの」
「それはそうか……」
他のクラスの奴らは道具に頼らなくてもシグマが発動できるんだもんな。
「そういえば、みつきは何でFクラスに来るんですか?ホントはAクラスなんでしょ?」
「あー、なんかAクラスの授業がつまんないみたい」
「あいつは学園一のシグマ能力者だからな。制御がどうのとか言われても既に身につけてるから必要ないんだと」
「はー、そうなんですね」
同じ幼馴染なのに、みつきはAクラスで俺はFクラス。
昔は同じ立場だったはずなのに、どうして今はこうも違うのか……。
いや、でも身長は俺の方が勝ってたし。
って、女子に対してマウントをとってどうする。
女子……。そうか、みつきも女の子なんだよなぁ……。
再会した幼馴染。これって、漫画だったら真っ先にラブコメ展開だよな。
失った時間をお互い取り戻すように歩み寄って行って、最終的に付き合ったりなんかして……。
いかんいかん。
変なことを考えてしまった。
「まあ、シグマの勉強をすることはいいことだと思うぜ。何てったって一応授業だからな。当たり前だけどテストはある」
「えっ!?」
「何だ、知らなかったのか」
「そりゃあ、先輩方がシグマ勉強する意味なんてないって言ってたし……」
「言い方が悪かったな。自身のC力磨くことは意味ないけど、シグマのテストは実技でな。お前の持ってるそれみたいな、C力の補助道具も使用できることになってるんだ。まあ、補助道具使ったところで5点がせいぜい15点くらいになるくらいなものだが」
「10点変わるのはだいぶ違いません?」
「まあ、そういうわけで道具のことを勉強するのはいいことだと思うぜ」
「なるほど……。このペンの他にもC力の道具ってあるんですか?」
「ああ、あるぜ。シグマ街にも売ってる」
「シグマ街?」
「あ?そうかそれも初めてか」
「シグマ街っていうのは、シグマ学園の中にある関係者だけが入れる街のことよ。C力道具だけじゃなくて食料品や服、いろんなものが売ってるの」
「えっ、そんな場所があるんですね!」
「ああ。興味あるなら行ってみるといい。結構楽しいぞ」
「ありがとうございます。行ってみます」
俺は寮に戻って早速シグマ街の話を来栖にすることにした。
「来栖、俺シグマ街に行きたい」
「突然だな。いいけど」
寮での生活が始まってもうすぐ1週間になる。
ちなみに寮は男子寮と女子寮に分かれていて、その中でもさらに初等部から高等部にわかれている。
大体2人1組の部屋割りで俺は来栖と同じ部屋になっていた。
「で、何しに行くんだ?」
「C力の道具を買いたいんだ」
「なるほど」
来栖は面倒見がいいらしく、俺のシグマの練習に付き合ってくれていた。
ただ、来栖は精霊と契約して発動するシグマにはあまり詳しくなかったので、横からアドバイスをくれるだけ。
自分の力だけでシグマが発動できるから精霊にいちいち頼むのは手間に感じるらしい。
あとは「正確に俺の思ったシグマが出せるか信用できないから」とも言っていた。
「そういえば、来栖ってAクラスのなんだよな?授業でどんなことしてんの?」
「ん?ああ、まあ瞑想したり、出されたお題通りのシグマ出したり、明確にシグマをイメージできるようにする訓練の一環で絵を描かされたり、まあいろいろだ」
「はーなるほど。確かにみつきが嫌がりそうだ」
「みつき?」
「ああ、俺の幼馴染なんだ。Aクラスにいるだろ、霧島みつき」
「は!?」
来栖の表情が変わる。
「霧島みつき!?高等部3年の!?」
「そうそう」
「お前幼馴染なの!?」
「うん」
「なんていうかお前……すげーわ……」
「まあ、みつきはAクラスで俺はFクラスな訳だけど」
「あの人のシグマは学園一だぞ。ただのAクラスとはわけが違う」
「そうなの?」
「あの人、学生ながら外部の仕事を手伝ってるって噂があるくらい、実力が認められてるんだ」
「外部の仕事手伝うのってすごいのか?」
「そりゃあすごいだろ。俺たち学生はシグマを制御できるようになるのが目的な訳で、仕事を手伝ってるっていうことは『制御が完璧にできてる』ことを意味してるんだからな」
なるほど。ってことはあの時ファミレスで会った時は仕事中だったってわけか。
そう思うとあそこでみつきと会えたのはすごい奇跡だったんだな。
「やっぱみつきってすごいんだな……」
確かに転校して遠くに行ってしまったのは確かだが、再会できた今、距離は今までよりも近いはずなのに彼女が随分遠くに感じてしまった。
「会いたいなあ……」
俺は思わずそうつぶやく。
昔みたいに一緒に遊んだり笑いあったりできないものなのか。
今の距離感がもどかしくて俺は今度彼女に会ったらもっと話をしようと心に決めた。
そして週末—―。
俺は来栖とシグマ街に足を踏み入れた。
「おお!これがシグマ街か!」
建物が所狭しと並んでいる。実はこのシグマ街、俺が入学するときに潜って来た門の反対側—―つまり学園を通り抜けないといけない場所にある。
町並みは普通のそこそこ都会の街と変わらないが、普通の服屋やスーパーに混じって、シグマの看板を見かける。
俺は来栖のオススメだというC力の補助道具が売っている店へと向かった。
「ここ?」
「ああ」
比較的新しいビルが立ち並ぶ中に、小さく古い家が建っていた。看板の類はない。
明らかに怪しい雰囲気である。
「ここって普通の家じゃないの?」
「いや、調べたから間違いない」
俺はその友人の言葉を信じ、ドアに手をかける。
リン、と綺麗な鈴の音がしてドアが開いた。
店内は店の外観に対して温かい光が灯っていた。一見すれば雑貨屋、と言う感じ。
俺は安心して店に足を踏み入れる。
「いらっしゃい」
聞きなれた声がして、奥から店主が出てきた。
「藤堂先生!?」
「待ってましたよ」
藤堂先生が、何でここに?
「もともとは祖母の店だったんですけどね、祖母が亡くなってからは私が趣味で続けてるんです。来栖君から話は聞いています。どうぞゆっくり見ていってください」
俺は店内を見渡す。
その中に、先生がくれたペンも売られているようだった。
「いやあ、C力がある前提のこの街でこの商売をするのは結構厳しいんですよ。岡本君がシグマに興味を持ってくれてよかった。ちなみに先生のオススメはこれ」
そう言って何も入っていない瓶を指さす。
「中にC力が入ってて、飲むことで一時的に言葉でシグマを使うことができるっていう商品です。ちなみに1本1500円」
学生にはわりと痛い金額だ。
「他には、これ。単語帳に簡単なシグマの呪文が書かれていて、リングから切り離すことですぐにシグマを発動することができるっていう代物です。ちなみにこれは600円」
先生は次々に商品を紹介していってくれる。
「これは紙にC力が混ぜられてる代物で、君にあげたペンと一緒に使うと少しだけいつもより強いシグマが使えるよ。サイズはA4とB5とはがきサイズとあと付箋サイズのものがあって、大きいものから値段が――」
「学生に手が出せるのはこのくらいかな。あとは高級なものでいくとC力をエネルギーにしたスマホとかもあるけど、さすがに15万円するから……」
結局俺は付箋サイズの紙とペンを数本購入することにした。
「お買い上げありがとうございます~。ホントは生徒からお金取りたくないんだけどね、これも商売だから」
先生はそう言って紙袋に商品を入れて渡してくれた。
「藤堂、誰かいるのか」
その声は奥の部屋からこちらに近づいてきているようだった。
「ああ、岡本君が来てくれてるよ」
「なっ!!」
声の主はしまった、という顔をした。そしてばっちり俺と目が合う。
みつきだった。
しかも、制服のリボンを外し、シャツのボタンをいくつか外して首元を緩めている。
「み、見るな!」
何で藤堂先生の店にみつきが?しかも少しはだけて恥ずかしがっている。
思春期の俺はすぐに思い至った。
「え。藤堂先生、まさかみつきと!!」
これはいけない。藤堂先生とみつきは教師と生徒だ。確かにみつきももういいお年頃。けど、こんなことがあっていいのか。
しかも俺はみつきの幼馴染。
これはとんでもない修羅場じゃないか!!
「け、けだもの教師!!」
「へ?」
「み、みみみみつきは俺の幼馴染ですよ!いくら先生であっても、そんなこと俺は許さないですからね!」
「ちょ、ちょっと岡本君。何の勘違いをしているんだい。私はただ、霧島さんからC力を譲ってもらっていただけだよ!」
「C力を譲る?」
「そう。ほらここの商品、C力が入ってるでしょ?そのC力を霧島さんに提供してもらってるんだ。つまり、この店の商品は全部、霧島さんのC力が入った商品ってこと」
「正確には、C力を買ってもらってるんだ」
シャツのボタンを閉めたみつきが言う。
「言い方!言い方!」
「本当のことだろう」
「生徒からC力を買ってるってバレたら、私だって少し危ういんだから」
「この学校にそんなことを気にする奴なんていない。まあ、僕はC力が余ってる。藤堂はC力が欲しい。僕は小遣い稼ぎもできるし、いい関係なんだ」
「な、なるほど」
C力が余る、なんてこともあるのか。俺には縁遠い話だ……。
「とにかく、君が思うようなやましいことはしていない。君に誓って」
「俺に誓われても、俺自身があんまり信用できないんだけど」
「君の信用は裏切らない、という意味に受け取ってくれ」
「わかった」
俺は緊張していた。
次に会ったらみつきに話しかけると決めていたからだ。
しかし、何て話しかけたらいいだろう。
久しぶり、はもうすでに1回会っているのでおかしい。
考えるんだ。何を言うべきだ?
「それじゃあ藤堂、僕は寮に帰るよ」
「うん。気を付けてね」
「ちょっ、待っ……」
思わずみつきの腕をつかむ。
「りょ、寮まで送る」