4話 C力
「いやー、ホームルームの時はごめんねぇ。まさか岡本君がシグマのことすら知らないなんて思ってなくて」
「いえ、俺も驚きました」
「来栖君から聞いた?シグマのこと」
「はい。でも信じられなくて」
「そっかぁ……」
「今から、シグマを操るためのC力っていうのを測るんですよね」
「そうそう。人によって多い少ないがあって、C力の量によって授業のクラス分けが変わるから」
「どういうことですか?」
「ほら、勉強って学年ごとにやること決まってるでしょ?1年生ではこれを習って、2年生ではこれを習って~って。シグマはC力によってやることが決まってるから、シグマの授業の時だけ学年関係なくC力ごとのクラス分けになるんだ」
「シグマの授業っていうのもあるんですね」
「それも言ってなかったっけ。ごめんね。まぁとにかく、シグマの授業の時は似たようなC力の子たちと勉強することになるから、今からそれを測るの。今日もシグマの授業あるから、その前にクラス決めとかないとね」
「なるほど」
「はい、じゃあこれ握って」
増田先生にナスのような形をしたものを渡される。
触ると冷たく、中央にメモリのようなものがついていた。
「このC力測定器に、C力を送り込んでみて」
「どうやって?」
「機械に意識を集中させるの。念じる感じかな」
「わかりました」
俺は言われるがままに機械に意識を集中させる。
この学校を紹介されたんだ。俺にもC力があるから入学させたに違いない。
そう思っていたがメモリはピクリともしなかった。
いや、数ミリ動いていたのかもしれない。
「あらら……」
「これってだいぶ少ないですよね」
「まあ、この学校にもC力が少ない人いるから、安心して」
正直ガッカリした。飛び込んできた非日常に自分は特別なんじゃないかと期待していたが、俺が中学生になった時と同じように、俺は特別ではないと思い知らされただけだった。
「シグマの授業までにクラス決めとくね。じゃあ、授業に戻っていいわよ」
「わかりました」
俺はガックリ肩を落とし、教室へと戻った。
「宗一郎、C力どうだった?」
「全然だめ」
俺は来栖に正直に言った。
「来栖は?」
「んー?俺はまあ……C力自体は結構ある方だから」
「そうなのか。そういえば、増田先生にシグマの授業のクラス分けがどうのって言われたけど、クラスってどのくらいあるの?」
「4…いや、正確には5ある」
「どういうことだ」
「上から順にA、B、C、D。で、ひとつ飛ばしてFってのがある」
「F……」
「シグマの授業は初等部から高等部まで合同でやるから大体大所帯になるんだけど、Fはまぁ……」
言い淀む来栖。
大体はわかった。C力がなさすぎる人間が集められているんだろう。
シグマが前提のこの学校でC力がほとんどない奴なんてほぼいないんだろうからな。
それにしても順番通りEでいいだろうに、何でわざわざFなんだ……。
どうせ、俺はそのFクラスになるんだろう。
俺は期待もせずにシグマの授業を待った。
そしていよいよシグマの授業が始まる5時間目。
俺は増田先生に言われた教室へと向かう。
一体、どんな奴らがいるんだろうか。
「失礼します」
教室に入ると、一斉に視線が集まった。
今日一日で視線が集まることには慣れた。
「今日からこの学校に来ました、岡本宗一郎です。よろしくお願いします」
「おうよろしく」
正直、期待外れだった。
さすがはFクラス。C力が少ない人間の集まりだ。ここでも俺は特別ではなかった。
すぐに俺に興味をなくし、それぞれがやっていた作業を再開する。
教室には俺の他に3人。
全員少なくとも小学生には見えなかった。
俺はどうしようかと迷って、空いている席に腰を下ろす。
5時間目の始業を告げるチャイムが鳴った。
しかし、他のメンバーは作業をやめない。
筋トレしている男が1人。
手鏡で自分の容姿を気にしている女が1人。
携帯ゲーム機に夢中になっているのが1人。
チャイムは鳴ったが授業が始まる気配がない。
俺は不安になった。
「あ、あの……授業、始めないんですか……?」
「ん?ああ、俺たち、C力なさすぎて学ぶこともねぇから」
筋トレを続けたまま男が言う。
「君も次からこの時間は好きなことしていいからね」
手鏡の中の自分を覗き込んだまま、女が言った。
「……」
会話がない。
気まずい……。気まずすぎる……。
どうしたらいいんだ一体。
俺が気まずい雰囲気になっていると、教室のドアが開いた。
「遅れてすみません」
白衣を着た冴えない男性が入って来た。
若いとも言えないが、老いているとも言えない微妙な容姿だった。
そいつが俺を見つけ、近づいてくる。
「ああ、君が転入生の岡本君ですか。僕はFクラス担当の、藤堂直哉です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
やっと教師が来てまともになる。そう思ったのもつかの間、藤堂先生は教卓でテストの採点を始めてしまった。
「せ、先生……」
「何ですか?岡本君」
「あの、授業は……」
「ああ、このクラスに授業はありません。好きにしていてください」
「好きにって……」
こいつもそのタイプか。
せっかく非日常の学校生活を送れる世界に飛び込んだのに、まさかこんなことになるなんて。
現実は全く甘くない。
漫画やアニメなら、実は俺はすごい能力者で無双しまくるっていうのに……。
俺は非日常の中の現実に打ちのめされながら、のろのろと席に着いた。
ガラガラ
教室のドアが開く。
Fクラスにもう1人いたのか。どうせまたロクな奴じゃない――。
そう思って顔を上げた瞬間、目が合った。
「どうしてここに……」
目を丸くする彼女。
クリーム色がかった前下がりのボブ。間違いない。彼女だ。
ああ、どうして思いつかなかったんだろう。シグマの事件に巻き込まれて、シグマの学校に来たのに、ここに彼女がいるなんて全く思いもしなかった。
「みつき……」
「おー霧島。お前またAクラスから逃げてきたのか」
「逃げて来たんじゃない」
筋トレをしていた男に話しかけられ、彼女は驚いていた表情から解き放たれた。
「みっきーおいでおいで~。また髪型アレンジしてあげる」
「君はそうやって僕をおもちゃにするから嫌だ」
どうやら、Fクラスの人たちと仲がいいらしい。
軽く会話を交わしたあと、彼女は俺に近づいてきた。
「何で君がここにいる」
彼女は怒っているのか焦っているのか、よくわからないけれど強い口調だった。
「何なに。みっきー知り合い?」
「彼は僕の……」
彼女はそう言いかけて、はっとしてうつむく。
答えない彼女の代わりに、俺が口を開いた。
「実は俺たち、幼馴染で。みつきが転校するまで一緒の学校に通ってたんですよ」
転校。
今度は俺がハッとする番だった。
「転校って!その時、この学校に転校してきたのか!」
急な転校。まさか、この学園に?
ということは小学生のときにみつきはシグマに目覚めて……?
「そうだ……。こんなところで、僕は君に会いたくなかった」
「何でだよ」
「君にこちらに来てほしくはなかった」
それは、一体どういう意味だろう。
考えていると、藤堂先生がポンと両手をたたく。
「そうだ。せっかくだし、自己紹介しましょう」
このタイミングで?とは思ったが、この機会を逃すと俺はもうこの人たちの名前を知る機会がなくなるかもしれない。
そう思い、提案に乗ることにした。
「はい、じゃあまず岡本君から」
「岡本宗一郎です。よろしくお願いします」
「岡本君は高等部1年生だっけ?」
「そうです」
「びっくりしたでしょー。この学校ね、転入生あんまりいないから入学式やらないの!」
「ああ、なるほど。それで転校生扱いだったわけですか……」
今更な事情に納得する。入学タイミングミスったか?とか思っていた。
「じゃあ次、中野君」
「高等部2年、中野篤志」
「中野君はパソコンいじったりするのが好きで、ゲームが得意なんだよ~」
「それほどでも」
「次は中瀬さん」
「中瀬祈里。高等部3年。趣味はネイル、よろしくね」
「いいですねぇ~ネイル。でも、校則違反です」
「ちぇっ」
「次は、鉄岡君」
「鉄岡亮平だ。高等部3年。趣味は筋トレ」
「今日はどこの部位を鍛えてたんですか?」
「大胸筋だ」
「ありがとうございます。それじゃあ、霧島さん」
俺はみつきの顔を見る。
みつきは一息吐いてから口を開いた。
「霧島みつき。高等部……3年だ」
「え?」
今、何て言った?高等部……3年……?
2歳上……?
ずっと同い年だと思っていた。
「みつきが……高等部3年生……?」
「はぁ……やっぱり覚えてなかったか……」
みつきは呆れたように言った。
「だ、だって、毎日遊んで……」
「同じクラスだった記憶はないだろう」
「それは……クラス替えで一緒にならなかっただけだってずっと思ってて……」
混乱しながらも、俺はひとつの答えにたどり着く。
「ってことは、じゃあ!みつきは俺の先輩!?」
「だからそう言ってるだろう」
「へぇ~。『みつき先輩』」
「やめろ」
「何でだよ、いいじゃんか」
「そのニヤついた顔で言われるのが好きじゃない」
「えー。俺、素直で可愛い後輩だよ?」
「素直で可愛い後輩は自分のことを可愛いとは言わない」
「俺たち、昔はあんなにラブラブだったのに」
「君がこんなにデリカシーがないとは思わなかった」
「霧島さんと岡本君は本当に仲が良かったんだねぇ」
「もちろんです」「よくない!」
俺たちは正反対のことを言った。
その光景に中瀬先輩と鉄岡先輩が笑う。
「お前ら面白いな」
「ホントホント」
「それにしても、Fクラスって高等部の人だけなんですね」
「ああ、初等部や中等部はC力が高くてここに来る奴らばかりだからな。篤志と中瀬は初等部の頃はC力が高かったけど、だんだんC力が落ちてきたパターン」
「鉄岡先輩は?」
「俺はもともと親のコネでここに入ったクチだから、もともとC力なんて雀の涙だったぜ。そういう意味ではお前と近い立場かもな。もともとC力がないって意味で」
「なるほど……。でも、シグマがなくても問題ないものなんですか?」
「っていうと?」
「だって、周りはみんなシグマ使えるんでしょ?その……肩身が狭い思いしたりとか……」
「お前はっきり言うな!確かに、ここにいる奴はここを出て普通の学校通った方がいいかもな。でも、この学園は一度入ったが最後、高等部を卒業するまでどんなことしようが退学はできないんだぜ」
「秘密を洩らさないため……?」
「ま、そういうことだ。だから、俺たちはここにいるしかないんだよ」
「でも、せっかくシグマの学校に入ったのに……」
「才能ないのに勉強しても意味ないだろ。シグマ能力者を理解するくらいの知識くらいはあるから問題ない」
「だからって……」
「やる気だけじゃどうにもできねぇのよ、こればっかりは」
「いいじゃないですか。岡本君はこの学園に来たばかり。まだシグマのことを知りません。そうだ、霧島さん。岡本君にシグマについて教えてあげてはどうだろう」
「僕が?」
「この学園一のC力とそれを操る才能を持つあなたなら、岡本君にシグマのことをしっかり教えられるでしょう?」
「けど僕は……」
「みつきが教えてくれるなら安心だな。教えてくれよ」
「……はぁ。わかった」
みつきが観念したというように教壇に向かった。
「まず、シグマというのは自然界の力を操る力だとされている」
これは来栖にも聞いたな。
「これは正解でもあり、間違いでもある」
「え?」
「シグマと言うのは体内を流れるC力を使って発動する力だ。発動方法は大きく2つに分かれる。まずは自然界の精霊と契約し、C力を対価として払って発動する方法。これはC力さえあれば誰でも使えるシグマだ。火、水、風、土の四大元素それぞれの精霊にこういう力を使いたいと願い、言霊や文字によって契約を結ぶ。契約が成立すると精霊の力が発揮されるわけだ」
「それは魔法と何が違うのか、と思うかもしれないが、これはC力を使っている、イコールシグマと考えて差し支えない」
「次に、精霊の力を頼らずにシグマを発動する方法。C力を練り上げて自分の想像を具現化するシグマだ。これには相当なC力のコントロールと明確な想像力が必要になる。例えば火の魔法を使いたいとき、熱さはどれくらいか、大きさはどれくらいか、どんな形なのか、さまざまなことを正確に想像する。最初の方は時間がかかるが、慣れれば言葉や文字を使わなくていい分精霊の力を頼るより素早くシグマを発動させることができる」
「これがシグマの仕組みだ。理解できたか?」
「理解できたような、できないような……」
とにかく、シグマを使うのは難しい、ということがわかった。
「まあまあ、これからゆっくり知っていけばいいじゃないですか」
藤堂先生がそう言って俺に近づいてくる。
「はいこれ」
「何ですか、これ」
藤堂先生に1本のペンを渡される。
「C力が込められたペンです。これを使えば、簡単なシグマが使えますよ」
「ええ!?ホントですか!?これがあれば、俺もシグマを……」
「まあこれはペン型ですから霧島さんが言った精霊と契約して使うシグマの中でも、文字によって精霊と契約するシグマしか使えません。しかも通常体内に流れているC力よりも量は少ないですから、低級の精霊としか契約できないと思います」
「精霊にも低級とかあるんですか?」
「ええ、もちろん。対価として支払うC力が多ければ多いほど、力の強い精霊が契約してくれて、強大なシグマが使えますよ」
「そうなんですね」
大した力は使えない。
そう言われたにも関わらず、俺はワクワクしていた。
だってそうだろう。特別ではない俺にも使える「特別」。
俺にとってそのペンはどんなものより輝いて見えた。