第1.0話 始まりは平穏とともに
目の前には一面に広がる青い空。
周りは果てしなく広い草原。
そんなだれがどう見ても平穏そのものな場所のど真ん中に、気が付いたら僕は寝転がっていた。
―いや、正確には「落ちていた」。
(えー・・・、なにこれ・・・。)
何が起きたのかさっぱりわからず、今の自分の置かれている状況を必死になって把握しようとした。が、現状、空が青くて周りは緑が敷き詰められている。そして声が出せない。それくらいしか知りようがなかった。
そりゃそうだ、声を出せないどころか動けないんだもの。
足も、腕も、腰も、胴体も、顔も、僕を構成していたものがすべて無くなっているのだ。
代わりにそこにあったのは、メガネ。
そう、あの視力補正器具の代名詞、メガネなのだ。
なんでかよくわからないけど、「自分がメガネになっている」という事だけははっきりとした感覚だけがあった。まるで最初からこの姿形で生まれてきたかのように。
遥か上空では鳥と思わしき生き物が鳴き声を上げながら旋回している。これがピクニックだったらどれだけ穏やかな時間を過ごせただろう。
(えー・・・、なんだこれ・・・。)
とりあえず、自分では一切動けないことは明らかなので、誰かの力(身体)を借りなくてはいけない。
しかしここはだだっ広い草原の真ん中、こんなところを通り過ぎる奇特な人間などいるはずがない―――
そう思っていた矢先、草原の向こうから人影が迫ってきているのを目撃したのだった。
(やった! 人だ! これで動けるぞ!!)
自分を拾ってくれる保証も、まともに取り合ってくれるかどうかもわからない。
けど人だ。人がいたのだ。こんな草原のど真ん中を通過しようとする奇特な人間が。それも三人もだ。
先頭を走ってる二人、そして少し奥に一人。
よく見ると何やら切羽詰まっているような、そんな雰囲気をうっすら感じるが気のせいだろう、そんな疑問よりも人に遭遇した嬉しさが勝っていたため、深く考えなかったのだ。
そんな喜びも束の間。さらに奥から大きな影らしき姿が見えた途端、
一人で走っていた人間が突然『2つ』に分かれ、そのうち一つが空へと放り出されたのだ。
(あれ? 人が分離? おかしいおかしい、てかなんで空飛んでるの? 人じゃなくて変形合体可能な人型ロボットってオチ? それにしても妙に精巧な作りになってるな、どうせならもっとロボットらしさも前面に出すべきなのにちょっと人としての外観を重視しすぎてない?全くこれをデザインした奴は一体誰だ僕が直々にロボットのデザインという事について教えてやりたいくらいだ。だいたいロボットというのはまず1にも2にもロマンというのが大事で―――)
などとくだらないことを思考していたら、さっき『分離』したと思われるロボットらしきものが生々しい音と共に、赤い液体をまき散らしながら目の前に落ちてきた。
そう、それはロボットではなく紛れもない人の上半身そのもの。なにやら強い衝撃を受けて出来たであろう断面からは耳に粘りつくような音を立てながら内臓がずり落ち、地面には血が広がって池を作り、周囲の草花とメガネになった僕を黒みがかった赤に染めた正真正銘人の上半身である。
当然、こんな生々しくて非常に鮮烈なスプラッタシーンを目の当たりにして平然としていられるわけもなかった。
(ひ、ひ、ヒ・・・)
「ヒギャアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
この悲鳴が、僕がこの世界で初めて発することができた言葉であった。