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余り語られない撮影所のあれこれ  作者: 元東△映助
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余り語られない撮影所のあれこれ(96)「特撮以外の撮影現場」vol.2 万博用映像作品(アニメ合成実写映画)の現場

★「特撮以外の撮影現場」vol.2

万博用映像作品(アニメ合成実写映画)の現場


●世界が集う

東京オリンピックが開催されました。

多くの国と地域が集まるスポーツの祭典です。コロナ禍という世界情勢でなければ、もっと盛大なお祭りになっていたのは必至でしょう。

流石に、オリンピックの記録映像に関わったことはありません。しかし、多くの国と地域が集まる祭典には「万国博覧会」というモノがあります。

こんな映像作品の仕事に関われたのは、映像作品に関わった人でも余り多くないと思いますので、今回は少し特殊な作品の現場のお話をしてみたいと思います。


尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw

今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。

そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。

東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。


●特殊な作品

万博=万国博覧会の展示物に映像作品が出品されることは、珍しい事ではありません。

しかし、1992年にスペインのセビリアで開催された「セビリア万国博覧会」の日本館に出品された映像作品は、とても特殊でした。

それは、アニメーションのキャラクターと実写の俳優さん達が共存するかの様に作られた作品ということもありましたが、廻廊という湾曲した廊下の壁面スクリーンに映し出される為に作られた映像作品という事も特殊な作品としてのひとつでした。


実は、作品の正式名称すら定かではありません。

台本には「セビリア万博出展映像」とあるだけでした。しかし、色々と調べると「セビリア万博日本館廻廊シアター用出展映像」という名称が付いていたらしいということでした。


そして、作品が海外の万博の出展映像ということもあり、実際の上映形式での鑑賞が出来たのは、制作関係者でもホンの一握りといったところでしょうか。

更に、そんな映像作品が後に映像媒体として売り出されるなんて事も無い為に、現在では全編を鑑賞する事が出来るのかも定かではない作品でもあるのです。


●セビリア万博

先ず「セビリア万博」とは、1992年にスペイン南部、アンダルシア州の州都セビリアで開催された国際博覧会で、1970年の日本万国博覧会(所謂、大阪万博)以来の一般博であり、176日間の会期(1992年4月20日〜同年10月12日)の間に総入場者数が約4181万人に及んだ万国博覧会です。

テーマは、このセビリアに葬られているクリストファー・コロンブスが1492年に「新大陸」に到達してから500年に当たる記念行事ということもあり、「発見の時代」と設定されていました。

日本は、日本を再発見して貰うことを出展内容にしていたのか、安土城の天守閣の復元展示をメインにして、日本の風土や文化・風習・近代化などといった事を理解して貰おうと展示が考えられていました。


●作品の内容

「セビリア万博出展映像」のメインの映像は実写で撮影されていましたし、役者も出演して芝居もありましたが、国際的な場所で上映される為の映像作品という事もあり、セリフは最小限に留め日本の四季折々の風景や名所や祭り等が収められていました。

そこに、「藤子不二雄A」先生デザインのアニメーションのキャラクターが3人と2匹登場し、実写の人間と絡んでくるのです。


○あらすじ

アニメーションのキャラクターとして登場するスペインの物語の主人公「ドン・キホーテ」とその従者「サンチョ・パンサ」、そして痩馬の「ロシナンテ」と「ロバ」は、風車の怪物に吹き飛ばされた事で、時空を超えて1992年当時の東京へ来てしまう。

しかも、その身長は10cm足らずになっていた。

そこへ彼等と同じ身長のアニメーションキャラクターの案内役「少年・猿飛佐助」が登場し、怪物の様に大きな実写の人間の家族と一緒に旅をしながら日本の事を色々と学ぶのでした。


公開時間としては30分位であったと思います。

しかし、本来の30分程度のフィルム作品とは違い、予算も制作時間もたっぷりと用意されてはいました。

とは言うものの、私がスタッフとして参加した際には、既に四季折々の風景を収めた映像は撮影済みでしたから、役者が出演する部分の為に改めて多くのスタッフが集められたという感じでした。

こういった単発の映像作品は、本来であればプレハブ造りのスタッフルームが用意されるのが通常でしたが、この作品に関しては本館に小さいなりにわざわざスタッフルームが作られている位でしたから、東映の会社としての力の入れ用もいかばかりかといった作品であったことも間違いないと思われます。


●スケール

そう言った意味でも制作のスケールが凄かった作品でもあります。

京都の名所・旧跡として「龍安寺石庭」「金閣寺」は勿論、「清水寺」や「五重塔」もキャストと共に撮影して廻る上に、普段撮影許可の下りない場所への解禁もあり、京都だけではなくて奈良等でも「奈良の大仏」や「仁王像」も撮影して廻りました。

また、東京でも特別に「薪能」をセッティングして撮影したり、「三社祭」の際の映像とは別にエキストラを入れて「三社祭」の神輿を再現したりと、予算も下準備も目が回るほど素晴らしい撮影現場でありました。

自腹で食事をする事になる「バレめし」なんか1回もなかったと記憶していますw

それどころか、弁当だけでも毎回豪華でしたw


●アニメ合成実写映画

公開時期である万博の開催は決まっていましたし、ずらすことも出来ませんから、確実に作品を完成させなければならないのですが、この作品には厄介な部分がありました。

それが「アニメと実写の合成」でした。

デジタル化が進んだ現在においては、比較的楽に成りつつある「合成」作業ですが、フィルム作品の当時ではまだまだ大変でした。

更にこの作品では、その合成技術と画質が最高な状態でなければなりませんでした。

なぜならば、通常の映画のスクリーンよりも巨大な画面に映し出される為にアラが出易く、合成作業によるフィルム画質の劣化も最小限に留め、更にはフィルムからビデオへのテレシネ作業の画質劣化にも耐えうる「日本の技術力」を示す作品でなければならなかったからなのです。


●IMAX方式70mmフィルム

合成作業過程に生じる画質の劣化を防ぐ為には、最初から高画質な映像で撮影するのが一番良いのです。

その為に用意されたのが、通常の映画用35mmフィルムの規格の倍の幅を有する70mmフィルムを使用したカメラでした。

フィルムは、幅が広くてフィルム自体のひとコマの大きさが大きくなる程より高品質とされています。

しかし、フィルムが大きくなるということはカメラも重く巨大になって行きます。

そこに、更により高い解像度の為に開発されたのが「IMAX」というシステムでした。

「IMAX」とは、70mmフィルムを水平方向に送ることで使うフィルムの面積を通常の70mmフィルムの更に数倍にまで広くし、高精細度の映像が得られるようにしたシステムです。

また、その事によって通常のフィルム式カメラでは上部にあるフィルムマガジンが、カメラの横になる形になりました。

どの様に高精細度なのかを詳しく言えば、今まで横70mm縦約32mmだった70mmフィルムの70mm幅の方を短辺である映像の垂直方向に使い、水平方向には15パーフォレーション分のフィルム幅として約93mmの幅を使うという、フィルムの面積としては約3倍の面積を持つ巨大なフィルムとなった事で、より細かな部分でも撮影し映し出すことが出来るようになったのだと言えます。

パーフォレーションとは、フィルムを送り出す為のフィルム左右の穴の事で、穴の数によって長さを示します。

尚、IMAX70mmフィルムを上映する場合にはダイナビジョンとアストロビジョンとがありますが、通常の上映方式と同じフィルムを垂直方向へ送り出す方式です。


因みに、当時はこのIMAX方式の70mmカメラは日本に2台しかなかったと言われていて、上映する場所すら限られていました。

そして、そのカメラのレンタル料金やフィルムの現像代金、更には合成の代金も通常の料金とは比べ物にならない位高額であったことは、間違いないでしょう。

更なる問題点としては、フィルムの面積が広くなった為にフォーカスが合う範囲が狭くなってしまい、セッティングに時間がかかっていました。

ですから、基本は通常の70mmフィルムのカメラを使用し、合成部分や祭りや風景等を撮影する場合等にだけIMAX方式を使用していました。


デジタル合成技術の無い光学合成の時代、視覚効果を実写と合成するシーンでは何度もフィルムを複製するため、画面がザラつき観客に合成と気付かれる事が多くありました。

アニメーションとの合成では、合成であることとも何度も複製されることも最初から承知の上で、実写との融合部分をより自然にする為と光学合成による画像の劣化を少しでも避ける為にも、より大きな解像度のフィルムが必要でした。


●目標物

合成作品の場合、合成における目標物というモノが必要であると共に、出演者とアニメキャラクターとの共演の際の「目線」の位置確認用に何か「目印」となるモノが必要でした。

昔の怪獣映画で怪獣の居る場所としての「目線」位置として布を巻き付けた竹竿を振っていたとかも、その場に実際には居ないモノの「目印」でした。

また、現場の実写映像との合成等では、合成される場所に代理の品物等を置いて、合成箇所の「目印」としていました。

現在では、影や映り込みを考えて色付きや反射製のある球体に棒が着いたモノを一緒に撮影してデジタル合成にかけている場合もある様です。


「セビリア万博出展映像」にも、この「目印」が必要でした。

背丈10cm位のアニメキャラクターが、何処にどんな風に居て、動き会話するのかの「目印」が必要だったのです。

藤子不二雄A先生のスタジオからは、キャラクターイメージとしてのイラストが資料として配布されていましたが、頭の中のイメージだけでは撮影現場に共通認識は生まれにくいモノなのです。

最初はキャラクターイメージのイラストを切り抜いたモノが「目印」として使用されていました。しかし、撮影途中で立体的なモノが必要になって来ました。

「衣類の下から現れるキャラクター達」「布団に潜り込むキャラクター達」といった実写映像との直接的なからみが必要となったのです。

撮影現場では、新聞紙を丸めたりタオルや小さなクッションを利用して対応していたのですが、キャラクター達の大きさとして合っているのか?合成した際に不自然な膨らみ方等になっていないかといった点が常に疑問視されていました。

そこで、私は頼まれてもいないのに「サンチョ・パンサ」のフィギュアをキャラクター設定通りの10cm未満の大きさで針金と白い紙粘土とで造って撮影現場に持ち込んだのです。

きちんと色も塗って……、他のキャラクター達も造って……と考えてはいたのですが、撮影現場に持ち込んだ途端にフィギュアは引っ張りダコになり、色を塗って乾かす時間も無く、むしろ白い方が目立つと言われて活躍していました。

その内に1体あればイメージが湧くし、同じ位の塊を用意すれば他のキャラクター代わりになると言われて、遂にキャラクターフィギュアは「サンチョ・パンサ」1体で撮影を終了してしまいました。


この考え方と手法は昔からありましたが、私も経験が無ければ造ろうとは考えなかったと思います。それは「不思議コメディシリーズ」の撮影現場での経験でした。

小さなキャラクターの目線。ピアノ線を含めた簡単な仕掛けを操演さんが居なくともやってのけるスタッフ達。翌日に必要なキャラクターイメージイラストもない造形物を勝手に作成。等などのバイタリティが、この時の下地になっていたのだと思います。


●あとがき

「セビリア万博出展映像」は、アニメ合成もされて編集された一部のフィルムは観る事ができましたが、全編を上映形式を違えずに観る事の出来なかった作品です。

しかし、大きなプロジェクトの中のその時にしか上映されない映像作品というモノに関われたのは幸運でした。

アニメーション作品の制作のプロの方は、監督補として撮影現場にはいらっしゃいましたが、他は映像美や情景美をメインに作品を作られてきた監督。

役者に演技を演出するのはチーフ助監督がメイン。

撮影部だって、今まで扱った事の無い巨大なカメラでの撮影。

キャストだってアニメーションとの合成作品なんて初めて。

そんな中で、特撮作品に関わっていた私が何かの役にたたないのかなと考えて、私の所属していた映像スタッフの斡旋会社が、この作品に名前を連ねさせたのだろう。

それが、役にたったのかどうかは分からない。

でも、私に衝撃と共に大スクリーンで上映される予算が潤沢な「映画」の撮影現場に参加できた様な錯覚を感じさせてくれた作品ではありました。


国会図書館あたりに行けば保存されていないのだろうか?


●追記

この映画のタイトルが判明しました。

監督:伊藤俊也

「セビリア万博EXPO’92日本館出展映像]

「ドン・キホーテin Tokyo」

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