余り語られない撮影所のあれこれ(90)リテイクT-4「消えモノ」 vol.1
★リテイクT-4「消えモノ」vol.1
●改めて「消えモノ」
何十回も投稿していると、初期の頃に投稿した内容が余りにも浅いとか修正が加わる場合が多々あります。
多少の加筆や修正であれば、その都度手直しして行くのですが、大幅に加筆したい場合には今回の様に「リテイク」をかけさせて頂いています。
では、今回は改めましての「消えモノ」です。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
●「消えモノ」とは
「消えモノ」とは、業界用語で「(食べてしまって)消え(てしまう)モノ」という飲食品全般を指します。
人間が飲食する食品をはじめ、犬等のペットや馬等が食べる飼料までもが含まれます。
生物が食べるものですから本物が良いにこしたことはありませんが、時として「らしい」ものも使われます。
また、食べ物や飲み物以外の「消えモノ」もあります。
●「ビール」
本物がベストですが、芝居に支障が出るので基本的にはノンアルコールです。
しかし、ノンアルコールビールが発売される迄にも映画は撮影されていました。
最初は本物のビールを使用していたこともあった様ですが、一度撮影しただけではOKがなかなか出ないのも映画の常で、キャストに何回も飲ませる内に酔っ払って芝居に成らなかったということもあった様です。
では、ノンアルコールビールが発売される前はどうしていたのかと言えば、外国産のアルコール度低いビールを使用したり、「ガラナ」と言われるガラナの実を主原料にする炭酸飲料を薄めて使ったり、砂糖を煮詰めたものを薄めて使っていたりした様です。
要は「見た目」が重要なのです。
ビールのような色と泡が必要なだけで、アルコールが何パーセントあるかどうかとか、味がどうかとかは映像として映りませんから関係ありませんでしたw
勿論、実際にキャストが口に入れるモノであれば飲めるものじゃないとダメでしたがww
1943年にアルコールを含まないビールテイスト炭酸飲料である「ホッピー」が発売されると、ノンアルコールでありながら(実際には1%未満のアルコールが含まれといます)ビールらしく見せられることから、「ホッピー」を「消えモノ」のビールとして使用していた場合もあるようです。
そして、日本で戦後にカラー映画が普及すると共に、色も「本物らしさ」を見せるために重要な要素となって来ていました。
1986年に「TaKaRaバービカン」が発売されノンアルビールが認知されると、一時期消えモノのビールは「バービカン」一色になってしまっていましたw
それは、「ガラナ」や「ホッピー」の様に「ひと手間」かけないとビールの様に見えなかった「消えモノ」に対して、本物のビールの様に「注いだだけで」泡が立ち色もビールに見えるモノが登場したからに他なりませんでした。
ゆっくりと空のビール瓶に詰め替えて、ビール瓶の中に収めてしまえば、ビール瓶からノンアルコールビールを注ぐ事さえ可能になったのです。
また、その事によって演出上や芝居上の幅が拡がった事も要因ではなかったのではないかと思われます。
その「バービカン」ですが、現在は日本ビール株式会社に販売権が譲られ、2010年に「龍馬1865」と改称されている様です。
私にとっては、坂本龍馬は隣県の英雄ですし、高知の地ビール会社が新しいノンアルビールを出したのだと思っていました。
知らずに龍馬ファンの私も飲みましたが、バービカンっぽいなぁと思っていましたw
バービカンだったとはww
現在では、ノンアルコールビールも普通に見かけるようになり、更に種類も豊富ですw
そんなノンアルコールビールも時間が経ってしまうと泡が消えてしまうという欠点がありました。まあ、これは本物のビールにもある欠点ですがw
撮影は、ひとつのカットを撮影して、その次のカットを撮影するまでに時間が開いてしまうということも通常でした。
ですから、泡がいっぱいあったビールが次のカットでは泡が無いなんていうことの無い様に、泡を立て直すのです。
「消えモノ」が小道具の担当だった時代は、助監督も補助として「消えモノ」を出していましたから、私もバービカンに割りばしを突っ込んで雑に泡を立て直していたものですw
現在では「フードコーディネーター」等の「消えモノ」専門のスタッフが付く場合も多く、そんな現場では、ミキサーでクリーミーな泡を作り直し足しているようです。
●「定番メニュー」
朝飯を除き、食事シーンの定番メニューとして、カレー、チャーハン、ピラフ、パスタがあります。
これは、簡単に大量に作れて量の加減がし易いので、消えモノの繋がりに容易に対応できる利点があります。
特にカレーは、家庭料理としても当たり前に作られるメニューですし、どの様な場面にも食事として出てきても違和感が無いという利点からも多様されるメニューなのですw
更に、いずれの「消えモノ」メニューも、昔から冷凍食品やレトルト食品が存在するのも大きく、ロケ先まで料理としての「消えモノ」を持ち運ぶのが大変なことから、電子レンジやお湯だけで、ロケ先で作成可能なメニューというのは大変助かりました。
コレが「朝食」となるとメニューが変わってきます。
「和食の朝食」ならば、御飯に味噌汁に干物などの1品か漬物が必要ですし、食器も多種が必要となります。
「パンの朝食」ならば、通常は食パンに牛乳やフルーツジュースにフルーツ、又はベーコンかハムにスクランブルエッグか目玉焼きなんていう組み合わせもあります。
洋風な朝食ならば「シリアルの朝食」も一般的には存在し、量の加減も可能で用意も簡単なのですが、あまり絵としても音としても良くないのでしょうか、多用はされていませんw
現在では「消えモノ」の担当の専門職が存在している様ですので、メニューが無限に近いのが羨ましいですww
●おでん屋台
「量の加減がし易く」「時間が経過しても変化が起こり難い」メニューとして「おでん」がありました。
家庭の食卓シーンにおでんを出す事は稀でしたが、「屋台」としては定番でした。
しかし、「屋台」と言っても「おでん」だけではありません。にも関わらず「おでん」が映画やドラマに映る「屋台」の定番になったのにも、この「量の加減がし易く」「時間が経過しても変化が起こり難い」メニューというのが関係しているのです。
ラーメンや焼きそば、たこ焼きに焼き鳥等々、一般的な屋台やお祭りでの「屋台」を思い浮かべれば、数限りない種類が出てきます。
しかし、映画やドラマの演出上、夜に居酒屋や食堂やレストランではなく、もっと静かに酒を飲み交わせたり、ひとり酒に酔いつぶれている様子を創り出すには「おでん屋台」が打って付けでした。
「おでん屋台」は、他の多くの屋台とは違って「酒」を提供する場合が多く、更に昔から一般的に見かける屋台でもあったからです。
そして、「量の加減がし易く」「時間が経過しても変化が起こり難い」メニューでもあったことでも、撮影の定番になって行ったと思われます。
更に、居酒屋のシーンよりもエキストラが少なくて(要らないことが多い)済むのも利点でした。
しかし、屋台をロケ地に運ぶのが厄介でしたから、東映東京撮影所の撮影の場合の殆どは、撮影所の所内の「大森坂」の下で行われていました。
●食卓を考える
「消えモノ」でも特に家庭の食卓のメニューは、気を使います。
台本にメニューが書かれている様な場合でも、そのメニューの細部に気を使う必要があります。
どんな家庭で、どんな家族構成で、所得階級は?といった様々な要因が、食材やメニューに反映しなければならないからです。
そして、更に難しいのは「らしさ」です。
例えば、今日の夕食は「ハンバーグ」だという設定が台本に書かれていた(大抵は書かれていないので、メニューは監督と相談するのが通例)とします。
一般家庭の食卓で「ハンバーグ」をメインのおかずに夕食メニューを組み立てる際に、ファミレスの様な鉄板プレートの上にハンバーグに温野菜なんていう型にはしないでしょう。
かといって、ワンプレートにハンバーグと千切りキャベツとポテトサラダなんていう大衆食堂の様な型にもしないでしょう。
一般的には皿の上にハンバーグが置かれて、サラダ等はボウルから取り分けか、小さなサラダを個別に付ける。更にスープの類がマグカップ等で出されるぐらいがイメージだと思います。
しかし、これであれば撮影の被写体としては絵的に貧素です。
やはり、絵としてはハンバーグの置かれた皿には、レタス等の緑のリーフ類が欲しくなります。
現在、レシピサイトが多く見受けられる様になりましたが、そのレシピメニューのハンバーグを検索すれば、ハンバーグ単品が皿の上に置かれているのは皆無と言っても良いでしょう。
少なくとも目玉焼きやブロッコリーとトマト等が乗っていますw
まぁ、煮込みハンバーグなんていう代物であれば単品の場合も有りますが、それでも緑の野菜=ブロッコリーや赤い野菜=トマトやプチトマトが添えられていたりします。
コレらも所謂「映え」からなのでしょうが、ソレが撮影の絵的にも必要なのです。
ですから、リアルでは単品で皿の上に乗ってデミグラスソースや大根おろしに和風ソースが掛かっただけのハンバーグも、一般的にイメージされるハンバーグの食卓「らしさ」を様式美の様に創り出さなければならないのです。
●消えモノ担当=フードコーディネーター
昔の「消えモノ」の担当は、小道具が受け持っていました。
「消えモノ」の消費が大規模になるのが予想される場合などは、消えモノ用に小道具さんが追加投入されていました。
シーンに合わせたメニューの選定や、食材の準備に皿やグラス等の食器の準備、つまり食事、飲料はもとより、その「消えモノ」が入っている器も含めて、全てに予備までが必要でしたから、「消えモノ」のシーンは大変でした。
実際の家や店を使用させて頂けるロケセットであれば、使用させて頂けるコンロや電子レンジがあるのかも問題でしたし、そうでなければ電源もお借りできるのかと言ったことまでが、準備段階にクリアしておかなければならない事柄でした。
そういった意味でも飲食店をロケセットに使用させて頂く場合等は、お店の方に実際に料理を造って頂き「消えモノ」として使用するというのが、とても有難くて良い方法でした。
但し、この「消えモノ」はあくまでも撮影用でしたから、アレンジが加わる場合や撮影の前後の「繋がり」の関係上、手を付けた途中の「消えモノ」が大量に差し替えられるとか、エキストラ用の「消えモノ」は冷めたままの状態が殆ど食されることも無くテーブルの上にある状態、とかの撮影慣れしていない料理人にしてみれば首を傾げたり怒りはじめる場合すらある状況であったことも確かです。
そういった意味からという訳でもないのでしょうが、現在、映画やテレビやドラマの現場で「消えモノ」を担当しているのが「フードコーディネーター」という職業です。
「フードコーディネーター」は、撮影業界に限った職業ではありませんが、より良く見せる為にはどうすれば良いのかといった、ただ料理をすれば良いという枠以上の知識を持っている方達です。
そういった意味では「食の専門家」なのです。
昔は、小道具や助監督がなけなしの頭を使って考えていたメニューや付け合わせも安心して任せられる「フードコーディネーター」の方達もいらっしゃる様です。
まぁ、小道具や助監督が造った料理よりも格段に美味しいことも間違いないでしょうw
それでも、実際の飲食店をお借りして、そのお店のメニューをそのまま使用するグルメドラマや「食レポ」の際や街歩きで道端で買う等といった「消えモノ」に関しては、フードコーディネーターは付きません。
●あとがき
コレは厳密には「消えモノ」ではないのですが、飲食の際にその食べ物の名前が表示された袋、缶、ペットボトルや瓶のラベル等があり、それがスポンサー的に名前出しが出来なかったり、提供協力が得られなかったり、得る時間もなかったりする場合があります。
そんな場合は、袋やラベルだけを創り、袋には既製の食品を入れ、ラベルは既製の缶や瓶に貼り付けて「見た目」だけは違うとして撮影していました。
まだまだ、「消えモノ」で語り忘れているものや語らなければならない事が出てきそう(既にいくつか頭に浮かんでいますw)ですが、その時にはvol.2といった名称で語ってみようと考えています。
ですから、今回はここまでで箸を置かせて頂きますw




