余り語られない撮影所のあれこれ(61) 撮影機材「 イントレ」
★撮影機材「イントレ」
●一般的には言わない業界用語
一般的には耳にしない業界独特の言葉は、色々とあります。
一般と業界で呼び方が違うモノ。業界の呼び方だけど、その映像関係の会社や撮影の現場や演劇の現場によって呼び方が違うモノ。呼び方が同じなのに現場によって全く別のモノなんていうモノまであります。
更に、どうしてそんなそんな呼び方になったのかも分からないモノも存在します。
そんな業界用語の中でも、比較的呼び方の理由がハッキリしているて有名な呼び方のモノに「イントレ」があります。
今回は、この「イントレ」について語って行きたいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
●イントレ=俯瞰台
「イントレ」とは、映画やライブなどで使われる移動式になっている足場(=台)のことで、日本語的には本来「俯瞰台」と称するモノです。
しかし、業界の人間はほぼ「イントレ」としか呼称しません。
そして、あまりにも業界人が使い有名になったおかげで、建築現場でよく見る鉄製パイプを使った組み立て式の足場も「イントレ」と呼ばれるようになっています。
しかし、同じ足場でも根本的に違うのはサイズです。
建築用は6尺(=約180センチ)が基本で、それを積み重ねて行くようで、足場板は途中にも組まれます。
但し、基本的には解体可能な(=移動可能な)足場を「イントレ」と呼ぶようで、車輪の付いた本当に移動式の足場も、固定式の足場も同様に「イントレ」の呼称のようです。
「足場」「足場台」や「移動式足場」と呼ぶのが本来の呼び方のようです。
これに対して業界の「イントレ」は基本的に車輪は無く、折り畳み式の鉄製パイプが組まれた持ち運び式の足場で、現場で開く様にして上下の空いたサイコロ状態に組み、上部に木製の天板をはめ込みます。
サイズは6尺(=約180センチ)四方の正方形で、高さが5尺(=約150センチ)のイントレが基本だったと記憶しています。この5尺のイントレ以外に、高さ3尺(=約90センチ)のイントレも有るようですが、私の記憶には…あったかな?程度です。
パイプには一部に梯子状態に溶接された箇所があり、この部分に足をかけて登り降りしていました。
現在では、この梯子状の部分が四方共にあるようです。
また、30年前は鉄製が主流でしたがアルミ製のイントレも見たことがありました。普段運んでいる鉄製のイントレは重心を考えて持ち方を工夫しないと一人で持ち運ぶのには苦労しましたが、アルミ製は軽くて、持ち運びが楽だったのが第一印象でしたw
用途としては撮影用のカメラとカメラマンがイントレの天板の上に乗り、文字通り俯瞰撮影の為の台にする事が基本でした。
しかし、これ以外に照明機材を台の上に設置して俯瞰照明にしたり、被写体である役者やキャラクターにイントレの上に乗ってもらい、ローアングル(=煽り)での撮影を行う為に使用したり、飛び降りるシーンの撮影やアクションでのキックの撮影の為の飛び出しの台として使用したりと様々でした。
業界では撮影の現場以外でも「イントレ」を使用します。
この場合、撮影の俯瞰台の用途とは違い、建築足場と同じような枠組みのみのタワー型のモノが主流です。これは、物を乗せる台というよりも、空間を利用する為のアングル設置用の骨組みとしての足場という側面があるために他なりません。
ライブやコンサート等の仮設ステージでは、スピーカーや照明器具を取り付けるために使われていますし、演劇での舞台や仮設ステージでも同様に使用されています。
●なぜ「イントレ」と呼ぶのか
有名な話ですが、詳しく掘り下げてご説明させて頂きます。
先ず、名前の由来は映画「イントレランス」のタイトルに起因しています。
このタイトル自体は「不寛容」「許さないこと」「許されないこと」という意味で、「イントレ」の用途とは無関係です。
映画の内容として「不寛容」をテーマに造られたモノだからのタイトルなのです。
作品のデータとしては、
1916年公開(日本初公開は1919年)
アメリカ映画
原題「INTOLERANCE」
監督「D・W・グリフィス」
主演「リリアン・ギッシュ」
上映時間180分(現在では4バージョンがあり、微妙に時間が違う)
のモノクロのサイレント映画です。
青年が無実の罪で死刑宣告を受ける「アメリカ篇」
キリストの受難を描く「ユダヤ篇」
ペルシャに滅ぼされるバビロンを描く「バビロン篇」
サン・バルテルミの虐殺を描く「フランス篇」
この4つのエピソードを同時並列的に描くという当時の映画としては斬新な手法を用いて、大胆なクローズアップ、カットバック、超ロングショットの遠景、移動撮影などの画期的な撮影技術を駆使して映画独自の表現を用いています。
製作背景には第一次世界大戦初頭の反戦ムードがありましたが、後途するような大掛かりなセットの製作や撮影の為に、製作年数が延びている間に反戦ムードから参戦ムードに変わってしまっていました。この事で作品としては大失敗に終わります。
そんな興行的には後世に残る大惨敗な作品にも関わらず「イントレ」の名前が残ることになったのは、この映画が映画文法を作った作品として高い芸術的評価を受けているだけでなく、のちの映画界に多大な影響を与えたアメリカ映画史上の古典的名作として映画史に刻まれていることも起因しています。
そして、その中でも「バビロン篇」ではサンセット大通りの脇に高さ90メートル・奥行き1200メートルにも及ぶ巨大な城塞のセットをつくりました。
城壁の上は馬車2台が余裕で通れるほどの幅があったと言われています。そして、実際に馬車を走らせました。
それは、ハリボテの様な映画撮影のセットだけではなく石造建築を含んている事を意味していて、この古代バビロンのセットは解体に費用がかかりすぎて、撮影終了後の大惨敗の影響から何年も放置された程でした。
その「バビロン篇」の巨大セットの壮大な景観を高所から俯瞰撮影する為に使用されたのが、全高30メートル程の超巨大な垂直移動式俯瞰台でした。
これは、垂直移動撮影が出来るモノで、手動式のエレベーター式カメラタワーと呼べる俯瞰台でした。
今では撮影クレーンを使う様な感覚ですが、流石に一般的な撮影クレーンでも30メートルには届きません。
この俯瞰台は勿論世界で初めての撮影機材で、独自製作されたモノでした。
この空前絶後の手法を考え実現した俯瞰台は、映画の内容と伴い撮影方法としても、後世の撮影業界に影響を与え、「イントレランスのような映像を撮影する為の台」として広まり、単に俯瞰撮影用の台であっても「イントレランスの…」と呼ばれ、それが略されて「イントレ」と呼ばれるに至ったといわれています。
余談ですが、私はこの「イントレランス」を1989年に大阪城ホールでオーケストラ付きでスクリーン上映した際に観賞しましたが、特に「バビロン篇」の何百人ものエキストラと巨大なセット、そして巨大な俯瞰台を使った自然な空間撮影が圧巻でした。色の無いモノクロの作品であり70年以上も前(当時。今なら100年以上前)の作品なのに、実際にそこにいるかのような空気感がありました。
●労働安全衛生規則
30年も前の撮影現場では、イントレの組み立ては誰でも可能でした。
まぁ、そんなに難しい組み立て作業でもありません。
折り畳んでいた枠組みを開いて天板を乗せるだけ。但し、しっかり枠を正方形に開いてないと天板がはまりにくく、ガタガタとなります。また、地面との接地面がしっかりしていないと、これもガタガタとなります。
更に、組んだイントレを幾つか重ねる場合もありましたから、接地面と枠と天板のガタ付きは乗る者に安全を保証出来ないこととなります。
現在では、「労働安全衛生規則」の改定が相次ぎ、2メートルを超える高さでは高所作業とみなされます。
更に高さが5メートルを超える足場を組み立てたり解体する際には、 労働安全衛生規則により「足場の組立て等作業主任者技能講習」を修了した「足場の組立て等作業主任者」が必要となっています。
それ以下の高さの場合でも、「足場の組立て等業務に係る特別教育」を受講し資格を持つものが作業しないといけない事になっています。
●あとがき
「イントレ」は、俯瞰撮影が出来る場所を確保出来ない場所の多いオープンセットやロケ現場で使う場合がメインでしたから、ロケ現場まで運ぶ事が要求されます。
その場合は、機材トラックやロケバスの天井に載せての運搬となりました。
因みに、一般的に使用していた高さ150センチのイントレでも俯瞰撮影に間に合わなければ、ロケバスの天井も俯瞰撮影に使用されることもありました。
更に、ロケバスの天井の上にイントレを組んで…
今となっては怖い事をしていましたw
尚、俯瞰台に使ったとしてもロケバスの事はイントレとは呼びませんがww