余り語られない撮影所のあれこれ(59) スタッフルーム「東映東京撮影所・第二製作&本館&Vシネマ編」
★スタッフルーム
「東映東京撮影所・第二製作&本館&Vシネマ編」
●表示されない制作部署
特撮作品を含めて東映が制作する番組には、東映制作や制作協力東映と表示されている作品が多いのですが、制作された作品によって制作部署が別れていました。
東映東京撮影所の制作部署としては多くの細分化された部署があり、30年前の東映東京撮影所内には以下のような制作部署がありました。
○「東映テレビ・プロダクション(=通称:テレビプロ)」
仮面ライダー、メタルヒーロー、スーパー戦隊等の制作。
○「東映東京第二企画制作部(=通称:第二制作)」
不思議コメディ等のテレビ朝日以外の作品の制作。
○「東映東京第一企画制作部(=後に第一企画部と第一制作部に分離)」
東映の映画作品の下請けを中心に制作。
○「東映大泉ビデオスタジオ(=通称:ビデオセンター)」
火曜サスペンス劇場等の制作。
○「東映ビデオ」
Vシネマ等の制作。
これらが東映東京撮影所という敷地内に内包されていて、各々が映画やビデオ作品やフィルム作品等を撮影し製作していました。
この内、「第一企画部」「第一制作部」「第二制作部」は、現在名称的には無く、東映東京撮影所に吸収合併されています。
また、「東映大泉ビデオスタジオ」は「東映テレビ・プロダクション」に吸収合併されています。
敷地内といえば、厳密には「東映アニメーション」も東映東京撮影所の敷地内に含まれるようです。
さて、今回はそんな部署の中から幾つかのスタッフルームをピックアップさせてもらいます。
尚、例によって情報のほとんどが30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
●30年前の第二製作のスタッフルーム
前途したように正確には「東映東京第二企画製作部」という名称でしたが、所内では通称の「第二製作」の呼び方で定着していました。
作品としては「東映不思議コメディシリーズ」を中心にテレビ朝日の制作作品以外の作品を制作していました。
そんな「第二制作」事務所は、現在ではT-Joy大泉の一部になってしまっていて残っていません。
そして、スタッフルームはその事務所の二階にあり、記憶の中では1ヵ所ぐらいしかありませんでした。
前回にご説明した「テレビプロ」のスタッフルームとは違い、倍近い広さがありました。
事務机と事務椅子、折り畳み式長机2脚に折り畳み式パイプ椅子が数脚というのは、広さと椅子の数の差はあれど他のテレビ番組のスタッフルームと余り変わりはありませんでした。
但し、部屋が広い分、過去台本やポスター何かも多くて、メタルヒーローシリーズやスーパー戦隊シリーズでは、自分達の撮影している今の作品の番宣用のポスターが貼られているぐらいでしたが、女の子が主演でアイドルという「不思議少女シリーズ」では、主演のアイドルの歌のポスター何かも貼られていました。
しかし、そのスタッフルームを私達助監督は余り使用していませんでしたw
流石に、新しい監督の組(監督が変わる毎に監督の名字+組の名称で撮影チームを区別します)が始まる時には(30分番組の連続モノの場合は、奇数話と偶数話の監督が同じ2話同時撮影が通例)打ち合わせとしてスタッフルームを使用しますし、助監督でもチーフ助監督は常時というくらい使用していました。
更に他のスタッフも使用していましたが、一番スタッフルームに居たのはチーフ助監督で、頻繁に出入りしていたのが制作主任や、すぐ近くに部屋がある美術部署のトップの美術監督、そしてプロデューサーでした。
では、セカンド助監督とサード助監督はというと、セカンド助監督は定番の衣装部さんの処で打ち合わせを済ませた後にサード助監督を訪ねて小道具製作の手伝いをしていました。
まぁ、私がそのセカンド助監督だったのですが、私じゃなくても手伝いは定番だったようですw
「第二製作」は基本的に予算が少なく、本来ならば「レインボー造形」さんに一から頼む様な造作物も「怪人倉庫」の廃棄キグルミの怪人のパーツをかき集め「これで○○風なモノを造って下さい」という無理難題な要求をしてみたり、造形物でも小さなモノならば小道具さんと助監督で造っていたりしていました。
また、操演さんの参加費用も削る傾向があり、従来ならばピアノ線を使って小道具を吊ったりする場面でも、助監督や小道具さんがテグス(=釣り用の糸)で吊って操作したりしていましたし、アクション監督の剣友会の岡田勝さんですらレギュラーキャストとしてキャスティングするという、テレビプロの2時間ドラマや特撮番組の製作風景と比べるとある種無茶苦茶だと感じる現場でした。
しかし、どの現場のスタッフ達よりも一番チームワークが固く、助け合い笑い合うスタッフ達でした。
だからこそ、スタッフルームで頭を悩ませるのはメインスタッフであり、何かと集まって予算の厳しい撮影体制でのやりくりをしていましたし、他のスタッフ達は其を支えるかの様に自分達が出来ることを一所懸命にこなしていました。
だから、スタッフルームには覚えが余りありません。
●30年前の東映撮影所本館のスタッフルーム
30年前の東映東京撮影所の本館にも数は少ないですが、スタッフルームはありました。
むしろ、こちらのスタッフルームが本来のスタッフルームであるとも言えるでしょう。
テレビプロと同じぐらいの四畳半程度の広さで、事務机と事務椅子、そして、応接セットというありきたりなモノでしたが、大きく違うのは綺麗なしっかりした床に、プレハブではない厚く綺麗な壁でした。
現在の本館では、スタッフルームの機能を他所に委ね、打ち合わせ室として使用されている様に思われます。
その本館のスタッフルームの殆どが、特別な映画や2時間ドラマのスタッフルームとして使用されていました。
基本的にはどこの製作の作品の場合であっても限定せずに使用していました。
中には他社の映画作品のスタッフルームとして使用した場合もあります。
多くのスタッフルームがプレハブであったのに対して、本館は鉄筋コンクリート造りの3階建てで、スタッフルームとして使用していたのは、1階の数部屋でした。
本館は、東映東京撮影所の中枢の事務所が置かれる場所です。
しかし、その事務所の部屋自体も撮影場所として申請すれば使用可能だったのは、流石は撮影所だなぁと思います。
●30年前の東映Vシネマのスタッフルーム
さて、私が東京撮影所で仕事をし始めたのは1989年からでした。
この年、東映に「Vシネマ(=通称:Vシネ)」というジャンルの作品群が誕生し、量産体制に入っていました。
その為、スタッフルームが全然足りず、本館の裏に大型の二階建てプレハブを増設してスタッフルームを急造しました。
しかし、そのスタッフルームは今まであったテレビプロのスタッフルーム等よりもずっと広く、机や椅子の数も多く置けました。
更にホワイトボードや出始めたばかりのコーヒーの給湯器まで置かれていました。
30年以上経った今でも白いプラスチックのカップを黒い持ち手の付いたカップホルダーにセットする形状は変わらないモノでした。
Vシネマは、2時間ドラマと同じ作品時間でありながら、映画として位置付けされていましたから、量産体制とは言え予算がありました。かといっても本来の映画のような予算はありませんでしたから、撮影期間は2時間ドラマと同じぐらいの2週間~3週間ぐらいだったと思います。
その長い撮影期間のスタッフルームでしたから、資料関係だけでも多くなり、資料の絵やロケ現場の写真や絵コンテ何かを貼り出すスタッフルームもありました。
プレハブのスタッフルームの最大の敵は雨でした。
前回のテレビプロのスタッフルームの際にも書きましたが、雨が降って濡れたままの靴でスタッフルームに出入りすると、当時撮影所内に残っていた土のあるオープンセット兼駐車場や風にのって運ばれてきた砂などが、水滴と一緒にスタッフルームに入ってきます。
ベニヤの様な床材も濡れて、土や砂がジャリジャリと音を立てました。乾いた後は、スタッフルームを制作進行さんが掃いて土埃が立たないようにしますが、細かなジャリジャリ感は残ります。
そんな床に紙の資料が落ちようものならば、雨の時でなくても汚れは必至でした。
そんなVシネマのスタッフルームでしたが、殆どの撮影がロケ現場ということもあり、長居して居られるのは撮影前の準備期間でした。
撮影期間は2時間ドラマ並みでしたが、準備期間は長く取って貰えました。あくまでも私の超過密なテレビプロのスケジュールの感覚でいけばの話ですがw
キャスティング、ロケ地の選定、セット撮影の建て込みのデザイン、小道具の準備、細かなところでは、台本上で未定の架空の会社の名称決め等々といったことが行われます。
テレビプロの様な過密な量産スケジュールであれば、次の組の監督とチーフ助監督と制作主任とプロデューサー、そして記録さん辺りで決めてしまい、ペーペーのスタッフでは知らなかった動きも、準備期間があり最初からスタッフに名を連ねて居れば、自分も参加しつつ見ることが出来ました。
余談ですが、そんな中で
監督「この役、チョイ役なんだけど目立って欲しいんだが、誰か居る?」
プロデューサー「やっぱり漣さんかな」
監督「あぁ、漣さんなら大丈夫だな」
という無名時代だがスタッフに信頼性のあった大杉漣さんのキャスティング風景を目の当たりにしたのもVシネマのスタッフルームでしたw
●あとがき
東映東京撮影所の所内のスタッフルームは、粗方書かせて頂きました。
それでも書き足りないことだらけです。
さあ、後は「京都撮影所」と「他社」のスタッフルームですw
次回は、伝統ある「東映京都撮影所」のスタッフルームと私の知る限りの「他社」のスタッフルームをご紹介したいと思います。




