余り語られない撮影所のあれこれ(51) 撮影所の喫煙事情
★撮影所の喫煙事情
今回は、今となっては全く変わってしまったモノ。
撮影所の「喫煙」事情です。
2003年5月に健康増進法の施行によって屋内での喫煙場所が大幅に制限され、更に2018年からの改定健康増進法の施行によって撮影所内での「喫煙」も大きく様変わりした状況になっています。
撮影所の喫煙事情なんてネタ。誰もやらないでしょう?
誰が読むのそんなもの?
でもね、誰も語らないことならば、初めてかも知れませんからね。
だからこそ、書きますww
尚、例によって情報のほとんどが30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
●30年前の撮影所の喫煙事情
30年前とは言え「消防法」はありましたから、撮影所も工場等の喫煙の仕方に準じていました。
ですから、喫煙する際はタバコの吸い殻入れ様に灰皿やバケツを用意してあるのが通常でした。
この灰皿やバケツの用意は、制作進行の仕事でした。
また、この灰皿やバケツには水が張られたモノも有りましたし、水も張られていないモノもありました。
セットの中での喫煙は勿論、撮影所内での歩きタバコも日常茶飯事でした。
更に、ロケーション先でも普通に喫煙していましたから、そこでも灰皿やバケツが用意されていました。
今の様に健康志向の人が多い御時世ではありませんでしたから、酒もタバコも大人の嗜みと云わんばかりに多くの人が愛飲していました。
咥えタバコで仕事をする人も少なくはありませんでした。
流石に撮影の本番中にはタバコの煙が映り込む等の邪魔になりますから、タバコの火は消します。
それでも消さない猛者もいましたw
まあ、チェーンスモーカーもたくさんいました。
でも、なぜだかタバコを咥えたスタッフを思い出す大半は京都撮影所です。
何せ、京都撮影所のステージセットの砂利には、多くの吸い殻が混じっていましたからw
昔のフィルム時代では、解像度の問題から吸い殻が混じっていることがフィルムに残ることは稀でした。
それでも、セット付きの大道具さんや助監督、撮影助手なんかが、ひとつひとつ手で取り除いていました。
勿論、タバコの基本は紙巻きタバコでしたが、中には葉巻やパイプ、またはキセルなんていう趣味の方もいました。
但し、紙巻きタバコに比べて葉巻は消しにくく、撮影現場で吸うモノではありませんでした。しかし、大御所のキャストの中には葉巻を吸われる方もいらっしゃって、撮影現場で出番前まで吸われていた葉巻を付き人に渡して、現場から離れさせるといったことを為さる方もいらっしゃいました。
そして、どんなにルールを守らない人でも、映画人には変わりありませんから、仕事中のあからさまな飲酒とタバコの煙が映り込むヘマはしないのが基本でした。
たまに、監督自身のタバコの煙が映り込むというチェーンスモーカー監督もいらっしゃいました。
●タバコエピソード
撮影所内では飲酒も喫煙も制限はありませんでしたが、特にタバコは小道具でも本物を用意する品物でしたし、スタッフやキャストの多くが吸われていました。
タバコを吸っているカットの撮影には、キャストのタバコを借りるとか、役柄に合わない銘柄の場合には別に用意するか等の準備は当たり前の出来事でした。
さて、ここで私が経験したタバコにまつわるエピソードをいくつかご紹介しましょう。
○「缶ピース」
喫煙者のほとんどが、決まった銘柄しか吸いません。ですから、自分のタバコは予備を持っているモノです。
特にタバコの自動販売機もないようなロケ地や、タバコの自動販売機はあっても自分のタバコの銘柄がなかなか売っていない種類のモノだったりするのであれば、尚更自分のタバコの予備は持ち歩きます。
ましてや海外ロケなどになると、売っていない可能性が高まります。
とある海外ロケの際に、監督が「缶ピース」しか吸わないと知っているチーフ助監督は、50本入りの缶ピースをロケ日数×1缶用意したらしいです。
「缶ピース」はその名前の通りに丸い筒状の金属缶に入っていて、非常にかさ張ります。むしろ、箱のショートピースの方が10本入りで小さな箱でしたから、荷物としては少しはマシになります。しかし、その監督に云わせると「薫りが違う」らしいのです。
だからこそ、気持ちよく仕事をして貰う為にもチーフ助監督は「缶ピース」を用意したのでした。
○貰いタバコ
東映で今でも活躍されている、名前を出せば超有名な監督がいらっしゃいます。
その某監督のタバコは、30年前の当時ならばマイルドセブンの系列だったと思います。
ある日、現場で仕事をしていた某監督は、タバコを切らしてしまいました。
側に居た若手スタッフに、自分のカバンの中にある予備のタバコを取りに行かせましたが、探してもカバンの中にはありません。
新しいタバコを買いに行こうにも周りに店はおろか、自動販売機すら周囲数キロメートルぐらいであるのかどうかもわからない場所です。
タバコを吸う他のスタッフに聞いても、あいにくマイルドセブンの新しい予備のタバコは見当たりません。
「軽いですけど、良いですか?」
と、私が吸っていたキャスターワンの予備の1箱を渡しました。
某監督の吸われていたマイルドセブンはニコチン1ミリグラムという私のキャスターワンよりも明らかにキツいタバコでしたが、
「ありがとう。煙が出りゃあ何でも良いよ」
と、受け取って早速一服されていました。
後日、私の手元には「助かった、ありがとう」のメッセージと共に1カートン(=10箱)のキャスターワンが某監督から届けられました。
持ってきたスタッフに対して「1箱だけだったのに…」と戸惑っていると、「監督なりのお礼だよ。嬉しかったんだと思うよ」と言ってくれました。
そのタバコは、最後の1箱を残して吸いきり、その最後の1箱は私が東映を去り何年も経ってからも実家で大切に保管されていましたが、当時ヤンチャだった妹に見つかり開封の餌食に会い「不味かった!(そりゃ、賞味期限を何年も過ぎているんだからw)」という感想と共に煙となってしまいましたw
○タバコは休憩
タバコは本来、茶道の御抹茶と共に1回吸ったり1杯飲んだりする単位を「一服」と言い、その短い時間に休憩を取る事から、一服=小休止という意味合いもあります。
30年以上前に京都撮影所での出来事です。
「若富さんの前でタバコを吸うなよ」
と事前に注意喚起がありました。
若富さんとは、「若山富三郎」さんの愛称です。
私は、若富さんの出演する時代劇の仕事をしていました。
大酒飲みでヘビースモーカーの「勝新太郎」さんを弟に持ちながら、若富さんは下戸で大の甘党でしたが、タバコは吸われていました。
その若富さんは、仕事に対しては特に厳しく、ステージ内でタバコを吸うのは休憩中だけであり、咥えタバコで仕事をしている様ならば「仕事をなめている」とばかりに、撮影現場を降ろされることは必至だといわれました。
流石にこの注意喚起は極論ではあるのですが、若富さんの仕事に対する真摯さは現場にいると伝わって来ましたから、この注意喚起は本当のことなのだろうなぁと思わされました。
因みに、ロケ先でも同様でした。
●現在の撮影所の喫煙事情
現在の撮影所内では、改定健康増進法を遵守しセット内では全面禁煙となっていますが、撮影所内の所定の場所でならば喫煙が許されているそうです。
それは、2~3ステージにひとつの割合でステージ外側に設けられた「喫煙スペース」です。
椅子と灰皿が設置され、パーテーションで仕切られた「禁煙スペース」が撮影所内に数ヶ所設置されています。
ひとつの「喫煙スペース」には2~3人が使用可能で、条例によって街中での喫煙が制限されている地域などで見られる駅前等に設置されている「スモーキングエリア」の縮小版の様な造りです。
また、屋内でも喫煙スペースが設置されている場所もあるようで、屋内の場合は隔離された「スモーキングエリア」で、椅子と灰皿の設置されたエリアはスライドドア等で遮断されています。空港等の「スモーキングエリア」の4~5人定員版を想像するとイメージが掴みやすいでしょうか。
尚、この様な処置は東映東京撮影所だけではなく、京都撮影所や東宝撮影所でも同様の「喫煙スペース」を設置して対応している様です。
●あとがき
昔の様にスタッフルームに居れば、何時でもスパスパと一服できるといった時代は終わりました。
咥えタバコで激論を交わしたり、夜中まで準備をする傍らにタバコがあるなんてこともありません。
喫煙者には肩身の狭い想いなのでしょうが、非喫煙者にはやっと安心できる時代が来たのでしょうね。
と、呟きつつ電子タバコの電源を入れて、今日もこの記事を無事書き終えた安堵感を煙にするのでしたw
※「貰いタバコ」のくだりは、関係者の意向により、修正させて頂きました。