余り語られない撮影所のあれこれ(175) 「『映像フィルム』のトリセツ」
★余り語られない撮影所のあれこれ(175)
「『映像フィルム』のトリセツ」
●フィルムとデジタル
1980年代までは、映像の世界では「フィルム」が主流でした。
その「フィルム」が主流の1980年代にテレビドラマ番組を中心に「ビデオ」撮影が始まり、2000年前後には「デジタル」撮影化が始まります
現在の映画界では「フィルム」撮影は殆ど駆逐されてしまっています。
一般家庭でも、映像の記録媒体であった「フィルム」式の「8mmカメラ」から1970年代から1980年代には「ビデオカメラ」に変わり、今や「デジタルカメラ」が主流になっています。
このように映像業界はもとより一般家庭でも「デジタル」に飲み込まれてしまっているだけに、一般世間では「写真フィルム」すらも手に取る事はなく、その取り扱いの方法も知らない年代が出て来ている事は否定出来ません。
かつての「8mmフィルム」はおろか「ビデオテープ」ですら、その映像を映し出す映写機やビデオデッキが今や製造されていない状況です。
そのうえで今回は、廃れゆくであろう「フィルム」の取り扱い方法を敢えて考察したいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前です。
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。
また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在します。
その点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。
その点も予めご理解ご了承下さい。
●フィルムの歴史
映像フィルムは、勿論「写真フィルム」の発明が元になっています。
1810年代の終わり頃に、ピンホールカメラを使用した画像記録装置の木版の上に光を黒く感光し定着させる薬剤を塗ったモノを設置した事が「フィルム」の原点です。
当初は木版であった「フィルム」は、銅版やガラス版を経てセルロースに変化していきます。
コレがセルロースに薬剤を塗布した「フィルム」です。
1950年頃まで使用される事となる硝酸を含むニトロセルロース製の「ナイトレート・フィルム」は、自然発火してしまうものでした。
このニトロセルロースは、現在でも紙状の物はフラッシュペーパー、綿状の物はフラッシュコットンと呼ばれ、燃やしても灰が出ない特性を活かして手品等で使われています。
セルロース製の「ナイトレート・フィルム」は、1880年代にそれまでの「フィルム」になかった特性を取り入れる事に成功します。
それは、セルロースの柔らかい特性を活かした「ロールフィルム」という発明でした。
それまでの「銀盤」等の「フィルム」が1枚づつ新たな「フィルム」に詰め替えなければならなかったのに対して、「ロールフィルム」は連続して何枚もの撮影を可能としたのだ。
これが現在まで続く「フィルム」の原型となり、コレが「映画」という芸術を創る元となるのです。
●フィルムの種類
「映像フィルム」の種類には、その利用方法の違いからくる次のような種類があります。
◯ネガフィルム
カラーとモノクロの2種類があり、フィルム上に色や明暗が反転した画像が作成されます。
◯リバーサルフィルム(または、ポジフィルム)
フィルムを複製しない場合に使用されるフィルムです。そのまま上映が可能で、一度ネガフィルムに起こしてからポジフィルムに焼き直すよりも工程を飛ばせるだけに格段に早く、昔のフィルムによるニュース映像等はリバーサルフィルムで作られていました。
◯プリントフィルム
映画を上映する際に映写機に使用されるフィルムで、編集済みのフィルムから複製・量産されたポジフィルムのことです。
◯ラボフィルム
撮影用のフィルムの画像をプリントフィルムに複製する工程で使用されるフィルムです。例えばフィルムを加工して映像を得る手法で使用されるフィルムの事で、透明なフィルムに絵を描いたり、黒味フィルムを削ったり、他人の作品を使用したり、現像済みフィルムをコラージュしたりするなど、さまざまな手法があります。
動画用映像フィルムには,主にフィルム幅を表した8mm,16mm,35mm,70mmがあります。
フィルム幅は、そのまま映像の解像度に直結しますから、フィルム幅の広いフィルム程、映像が綺麗に記録されます。
しかし、フィルム幅の広いフィルム程、フィルム自体の値段、現像料金等が高くなりますから、制作コストが高くなってしまいます。
ですから、商業映画の分野では35mmが普及していますが,個人映画や実験映画では制作コストの低い8mmや16mmが多く使用されています。
特撮番組では「メタルヒーローシリーズ」と「不思議コメディシリーズ」ではシリーズの最終作まで16mmフィルムを使用して撮影されていました。
「仮面ライダーシリーズ」では2000年制作の「仮面ライダークウガ」よりデジタル特撮に切り替わっていて、それ以前では16mmフィルムが使用されていました。
「スーパー戦隊シリーズ」では2009年制作の「侍戦隊シンケンジャー」からデジタル撮影に切り替わっていますが、それ以前は他のシリーズと同じく16mmフィルムによって撮影されていました。
「映像フィルム」の中でも「写真フィルム」や「映画フィルム」などが製造されていますが、これら「フィルム」には、時代によって製法や材質に違いがありました。
◯ナイトレート・フィルム
1950年ごろまで使用されたフィルムで、ナイトレートセルロース(=硝酸)が使われているため、可燃性が高く約40℃の環境で自然発火したという例もありました。その為に各所で火災の原因となり、その危険性から1950年代には生産停止に向かいました。映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の中でも上映中のナイトレート・フィルムが燃えだした事による映画館の火事が描写されています。
◯アセテート・フィルム
1950年ごろから普及し始めたフィルムで、可燃性の高いナイトレート・フィルムに代わる安全なフィルムとして普及しました。しかし、大きな欠点として高温多湿の環境では酢酸臭を放ちながら劣化するビネガー・シンドロームを引きおこすことがあります。
◯ポリエスター・フィルム
現在のフィルムで、簡単にやぶれることがなく、化学的にも安定していて、ポリエステルをベースとしています。光の透過性が高く、光にかざしてアセテート・フィルムと比べた際に、光がよりすり抜ける方がポリエスター・フィルムで、透明度が低い場合にはアセテート・フィルムの場合が多いです。
●フィルムの保管
本来「フィルムのトリセツ」であれば、フィルムの取り扱いとしてカメラへの装填時の注意やフィルムを保存し管理する方法としての注意点を書き連ねるのでしょうが、フィルムの歴史や種類を先に述べたのは、そのフィルムの種類によって注意するべき保管方法が異なるからに他なりません。
撮影前のフィルムは「感光」が敵だという事は共通しています。
つまり、フィルムをカメラへ装填する際には、暗所というのが基本です。
ロケ先等の外で「映画フィルム」の「フィルム交換」をする際には、黒く厚い布でカメラと装填するフィルムを覆い、その黒い布の中で手探りでフィルムを交換・装填していました。
感光や火災や水没などに対する共通する保管方法は別として、フィルムの種類による保管方法を示してみます。
◯ナイトレート・フィルムの保管
40℃で自然発火した例がある程に、温度管理が一番大切です。
しかし、この厄介な温度管理をくぐり抜けて現存するナイトレート・フィルムが少なくなっている為に、まずお目にかかるフィルムではありませんから心配ありません。
◯アセテート・フィルムの保管
一般的に「フィルムの保管方法」として示される場合は、アセテート・フィルムの保存方法という事になります。
まず知って置かなければならないのは「フィルムの劣化原因」です。
主に「ビネガーシンドローム」と「カビ」と「紫外線」が「フィルムの劣化原因」となります。
◆ビネガーシンドローム(=酢酸化症候群)
高温多湿下での保管によって、空気中の水分とフィルムの素材が結合し、加水分解が起こる現象です。初期症状の酸っぱいニオイが特徴的で、放置しておくとフィルム表面にベタつきが発生し、次第に丸く反ったり波打つような変形を起こします。また、フィルムの表面から溶けたように水分がにじみ出たり、ひび割れが発生することもあります。更にフィルム表面がくっついてしまう固着を起こしてしまう場合もあります。
◆カビ
湿度が高い場所に保管していると、カビが生える恐れがあります。フィルムは一度カビが生えてしまうと、現像してもカビの部分だけ潰れたり色褪せたりして、綺麗に蘇らせることはできません。
◆紫外線
長期間に渡って紫外線を浴びたフィルムは、色素分解による変色や退色を起こします。ネガフィルムの時点では、それほど変色や退色を感じなくても、プリントすると一目瞭然です。
これらの「フィルムの劣化原因」を回避し保管する為には、以下の点に注意を払わなければなりません。
◇高温多湿を避ける
高温多湿の環境下でフィルムを保管すると、ビネガーシンドロームやカビの原因になります。ビネガーシンドロームは高温多湿を避けるだけでなく、風通しのよい場所で保管することで予防できます。
カビは湿度70%以上の環境で発生しやすくなるとされています。一年を通して適切に空調管理がされた、湿気の少ない環境に保管するのが基本です。
◇長時間、光に当てない
ネガフィルムであっても紫外線がフィルムに当たると、色素が分解されて綺麗に現像できないことがあります。直射日光はもちろん、蛍光灯が原因となることもあるので、通気のよい暗所に保管するのをオススメします。
◇包装を中性紙製包材へ交換する
フィルムを保存するための包装を、酸が発生しない中性包材に交換するのもオススメです。史料保存などの専門員も勧めている保存用の材質で、ビネガーシンドロームを防ぐだけでなく、フィルム表面を傷や汚れから守ります。
◇フィルムに直接触らない
フィルムに素手で直接触れると、手の皮脂や水分が付着し、カビや劣化の原因になります。フィルムを移動させたり確認したりする際はできるだけピンセットを使い、指で触れないように注意しましょう。
編集作業時には白く柔らかい手袋を着けて作業をするのが基本でした。コレは皮脂や水分の付着だけではなくフィルムへのキズも避ける意味があります。
◇早めに現像する
フィルムは保管条件が厳しいため、一般家庭では完全な空調管理ができないことも多いので、綺麗な状態で残したい場合は、フィルムのまま保管するのではなく、早めに現像しておくことをオススメします。
フィルムは、撮影のタイミングによっても保管方法が異なる点があります。
□撮影前
フィルムをすぐに使用する際は、高温多湿を避けて冷暗所に保管します。数ヵ月間保管してから使用するのであれば、密閉できるビニール袋に入れ冷蔵庫へ置くのが良いでしょう。1年以上保管するなら冷凍庫で保存すると良いでしょう。ただし、冷蔵庫や冷凍庫内の湿度は高いため、定期的なチェックと除湿剤の使用を忘れずに行わなければなりません。使用時は結露防止のため、室温に戻してからフィルムの包装を開ける事が大事です。
□撮影後
撮影済みのフィルムは早めの現像がオススメです。すぐに現像できない場合は、フィルムを密閉できるビニール袋またはフィルムケースに入れ、冷蔵庫の中で保管すると良いでしょう。
□現像後
現像後のフィルムにもビネガーシンドロームは起こりますので、湿度の低い冷暗所での保管が基本です。特にカビ対策として保存場所の定期的な換気は必須です。また、各フィルムにどんな内容の映像が入っているか分かるようインデックスシートと一緒に保管しておくとよいでしょう。
フィルムは熱や湿気を嫌うため、劣化を防ぐには低温で暗い場所で保管するう。また、缶など通気性のないものに密封することは基本的には危険です。
現像後であれば、定期的に缶を開けて通気しておけば、フィルム缶での保管も可能です。
基本的に映画フィルムには、現像後の編集時に大量の「ハギレ」が生じます。
ひと昔前には、この「ハギレ」や複製フィルムの数コマ分をカットしパーフォレーションに紐等を着けて売られている場合がありました。
この様な重ねて保管していない短い長さのフィルムであれば、固着も防げるでしょうし通気性もあるでしょう。しかし、紫外線による劣化はありますから、湿度の低い冷暗所に通気に気を付けて保管する事をオススメします。
●番外編・フィルム缶
「映画フィルム」を写真等で見る際には、一般的に「フィルム缶」と呼ばれる丸く数センチ程度の厚みの缶を示される場合があります。
更にそのフィルム缶を厚い紙製の箱に入れて布バンドで束ねてある場合もあります。
これらの「フィルム缶」は運搬用であり、通気性が無いために保管に適しているとは言えません。
撮影前のフィルムが「フィルム缶」に入って納品されているので、撮影後や現像後のフィルムの「仮保管場所」という認識で使用していたのだと思われます。
実際、撮影所で冷暗所保管されている撮影済みフィルムも「フィルム缶」に入った状態でした。
撮影前は冷蔵庫保管で、「フィルム缶」に入った状態で更に「フィルム缶」を紫外線保護の袋に入った状態で納品されていました。
尚、海外等を含め空輸で「撮影前のフィルム」を運ぶ際には、X線検査機による感光を防ぐ為に「鉛でガードされた袋」に入れて運搬するのが一般的でした。
因みに「フィルム缶」は一般的な丸いモノだけではなく四角いモノも存在し、フィルムの巻きの大きさによって大小の違うモノも存在します。
我が家の母親の里は昔映画館を営んでいたらしく、伯母の家にその当時のニュース映画のフィルムが何本か大小のフィルム缶に入れて保管されていました。
私が映像の道に進んだ際にそのフィルムを託されようとしたのですが、フィルム缶を開けた際にビネガーシンドロームが起きているのがはっきり判る酢酸臭がしてフィルム自体も波打ち一部は固着しているフィルムすらありました。
勿論、フィルムの随所にカビも見られました。
保管方法に知識のない伯母の保管では、フィルム缶に入れたままで通気もせずに押し入れの奥にしまい込んで置くしかなかったのでしょう。
戦後直ぐのニュース映画ということから年代的にはナイトレート・フィルムの危険性もあったのですが、ビネガーシンドロームの臭いで却ってホッとしました。
まぁ、状態が悪過ぎてデジタル化しようという気すら起こりませんでした。
余談になりますが、「フィルム缶」は撮影所ではフィルムの保管場所以外にも使用されていました。
それは「フィルム缶」に角材を取り付けておいて、「フィルム缶」を皿代わりとして、そこで火を燃やしてカメラ前にかざす等の撮影現場で行う簡易的なSFXの為の道具としてでした。
炎そのものの映り込みや炎から出る陽炎を利用した撮影等に撮影現場で簡易的に使用されていました。
俗に「メラメラ」とかと言われていたと思います。
地面に直接「フィルム缶」を置いて缶の中でウエス等に火を着けて火事現場に見せる場合もありました。
●あとがき
先日、お知り合いになった方から「フィルムのハギレ」を頂きました。
勿論、現代の映画フィルムではなくて、40年程前の特撮作品の「フィルムのハギレ」でしたし、NGカットか編集時に短くカットされたフィルムの一部なのだと思われますが、「ハギレ」だからこそ保管に通気性が良かったのかカビもビネガーシンドロームも無く綺麗な状態でした。
頂いた数コマの映像の向こうには、私が参加した作品ではないものの役者さんの存在は勿論、フィルムに映されていないフレーム外の撮影現場の雰囲気まで蘇る様でした。
それだけに今後の「フィルムの保管方法」が頭を過ぎりました。
空気を遮断するラミネート加工が思い浮かびましたが、カビ対策には良くてもビネガーシンドロームには疑問が残りました。
年代的にもアセテート・フィルムですし現像後のフィルムですが、それでもビネガーシンドロームは起こりますからねぇ…
「フィルムのハギレ」を頂いた方を含めて、現在「映像フィルム」を保管されていたり、今後「映像フィルム」を手にされる方々に「フィルムの保管方法」が伝わればと想い今回の記事にしてみました。
まず手に入る事はないでしょうが、ナイトレート・フィルムの保管は特に危険ですからご注意を…