余り語られない撮影所のあれこれ(174) 「縁の下の力持ちの『大道具さん』」
余り語られない撮影所のあれこれ(174)
「縁の下の力持ちの『大道具さん』」
●「大道具」さん
撮影所には多くの職業が存在します。
私が所属していた演出部と呼ばれる監督、助監督をはじめ、撮影部であるカメラマン(撮影監督とも呼ばれます)、計測、ピントマンなどなどといった細分化された職種が、ひとつの作品の為に集まり様々な仕事をして作り上げて行くのです。
そんな撮影現場に対して、余り顔を出さない職種のスタッフも存在します。
スポンサーは勿論、プロデューサーや脚本家といった職種の方々も余り顔を出しません。
それは、撮影現場に居なくともスタッフとして名前を連ねている意味があるからで、多くの場合は撮影段階に入る前の仕事であったり、撮影とは別の方向で作品を支えているのです。
そんな「撮影現場に余り顔を出さない職種」として、美術部という部署があります。
基本的には「美術さん」と呼ばれる舞台装置の設計・デザイナーとその装置やデザインを形にする「大道具さん」で成り立っています。
今回は、この「縁の下の力持ち」である「大道具さん」にスポットを当ててみたいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年程前です。
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在します。
その点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
●「大道具」の姿
「大道具さん」は、全く撮影現場に姿を見せない訳ではありません。
そんな「大道具さん」の普段の格好は、軽装備の「大工さん」といった様相です。
タオルを頭にハチマキのように巻くか首に垂らして、腰袋(現場ではガチャ袋とも呼ばれていました)に「ナグリ」と呼ばれる金槌と釘やペンチや雑巾等を詰めて、セットのベニヤ板状の壁の裏や、二重と呼ばれるセットの天井に居て、そっと撮影風景を見守っているというのが「大道具さん」の印象です。
中にはガチャ袋も着けずに、「ナグリ」一本をベルトに差しているといった様相の「大道具さん」もいらっしゃいました。
●「大道具」の仕事
そんな「大道具さん」は、前途したように撮影現場には余り顔を出しません。
と言っても「時と場合による」という事です。
それは、「大道具」さんの仕事内容に関わってきます。
「大道具」さんは、基本的に「ステージセット」「オープンセット」「ロケセット」などを含む「セット」と呼ばれる舞台装置を製作するのが仕事です。
これら「セット」は、基本的には木材だけで組まれています。
ベニヤ板やコンパネ板に数センチ角の角材を周囲に釘で打ち付けて壁を作り、ペンキ等で彩色して仕上げるのが基本ですが、角材等で枠を作った後にウレタンや発泡スチロール等を周りに貼り付けて「岩」を作り洞窟の壁を作るという場合もあります。
つまり殆どの場合、「大道具」さんの仕事は舞台装置としての「セット」が出来上がった時点で大半が終了しているのです。
しかし、「大道具」さんの仕事はそれだけでは終わりません。
撮影時の「セット」では、壁を取り除いてカメラアングルを確保する場合があります。
その場合、「セット」の壁を取り除いたり元に戻したりする人物が必要となります。
それが「大道具」さんという事になります。
元来「セット」を組む事が出来る職種の人達ですから、解体もお手の物です。
「セット」に常駐して撮影に協力する「大道具」さんを、特に「セット付き」と呼んでいました。
●撮影現場にいない
「セット付き」と呼ばれる「大道具」さん以外は、基本的に「大道具」さんは直接撮影に参加しません。
そして、「セット付き」ですから「ステージセット」と呼ばれる撮影所内のセット以外では「大道具」さんは余り見かけません。
しかし、撮影所内の「セット」は「ステージセット」だけとは限りません。
「オープンセット」と呼ばれる「撮影ステージ」の外に建てられた青空セットが建つ場合もありました。
この「オープンセット」には、予め恒常的に建てられ撮影に使用されているセットと、短期間だけの限定的に建てられ撮影されるセットがあります。
恒常的な「オープンセット」とは、東映太秦映画村に代表されるような既に建て込まれたセットです。
このセットに関しての「セット付き」は、基本的に建て込みセット内に壁などの追加した「セット」を足し込み、その維持や展開を担当する事になります。
恒常的でその後も撮影に使用する予定がありますから、「オープンセット」自体を壊したりはしません。
これに対して、短期間だけの限定的に建て込まれた「オープンセット」では、建て込む時から「美術部」さんである「大道具」さんが関わっていますから、その「大道具」さんのひとりが「セット付き」として撮影隊に付き添い「オープンセット」への足し込みや解体を行うのです。
但し、足し込みや解体が大掛かりになれば「セット付き」が数人付く事になります。
このように「セット付き」ででもなければ「大道具」さんは撮影現場には参加しません。
つまり、「美術部」としては「小道具」「装飾」と同じくくりに位置する「大道具」さんですが、「小道具」さんや「装飾」さん等のスタッフに比べると格段に撮影現場にご一緒することが低くなる「レアスタッフ」なのです。
●撮影に関わりたい
私が東京撮影所に居た当時では、「セット付き」の「大道具」さんは数名しか出会いませんでした。
その中でもNさんは、背が高く真面目で普段は寡黙なくせに人懐っこい明るい「大道具」さんでした。
彼とは、度々「セット付き」として撮影現場をご一緒しましたが、「もっと撮影現場に関わりたい」と呟いていました。
同じスタッフの一員として台本にも記載されているにも関わらず、実際の撮影の前には殆どの仕事が終了していて、「セット付き」でもなければ実際の撮影現場には関わらないのですから、撮影現場に興味津津になるのも仕方ありません。
そう意味では、一番視聴者目線に近いスタッフとも言えるでしょう。
だからこそ、撮影現場に関わる「セット付き」の「大道具」さんの眼は撮影現場をカメラの後ろから見ながらキラキラと輝いていました。
時として、助監督は多くのスタッフの補助をする事が多く、ちゃんと「金槌」も持ち歩いていました。
ですから「大道具」のNさんの「ステージセット」の一部解体や建て込みを手伝っていました。
これは、多分に「撮影時間の短縮」としての要因が絡んでいましたが、助監督が他の部署のスタッフの仕事を手伝っている事に見慣れていなく、他の部署のスタッフが自分達の仕事を手伝ってくれる事にも慣れていない「大道具」のNさんは、驚きながらも感謝していたようでした。
その証拠に「大道具」のNさんは、誰かが使っていたであろう「ナグリ」を一本譲ってくれました。
一般的に販売している事のない「ナグリ」でしたから、私は本当にありがたかったです。
この「ナグリ」は、大切に使っていました。
撮影所内の「ステージセット」では「ナグリ」を使い、ロケには「金槌」を持って行って撮影をしていました。
それからは、「大道具」のNさんとは様々な話も出来るほどに親しくさせて貰いました。
私も短い期間に様々な作品に参加しましたが、特撮作品の助監督は特に様々な方の補助をしていました。
予算的な事もあるのでしょうが、他のドラマ作品等では余り他部署の仕事に干渉出来ませんでした。
他部署である助監督に手伝わせて撮影に支障を来たす事があっても手伝う事を許した自分達の責任なのですから、最初から手伝う事を許して貰えなかったり、手伝えても非常に限定的なものでした。
それだけ自分達の仕事に誇りを持ち、自らが率先して「大道具」の仕事をこなしていました。
ですからドラマ作品に携わる時には「ナグリ」も「金槌」も必要ありませんでした。
悲しいことにその分、ドラマ作品に携わる「大道具」さんとの接点はなくなります。
特撮作品の「大道具」さんが職人気質がないとか誇りや責任がないと言っている訳ではありません。
特撮作品は、時間な無い一方で「セット付き」も最小人員しか割いていませんでしたから、自ずと他部署である助監督が手伝わなければ撮影自体が前に進んで行かないというだけなのです。
こんなにもドラマ作品と特撮作品の「セット付き」の扱いが違うからこそ「大道具」のNさんは、驚き感謝してしまったのだと思います。
●縁の下の力持ち
「撮影所の仕事だから『大道具』に就職したのに、殆ど撮影に関われないんだよなぁ」
と呟いていたNさんでしたが、私としてみれば「大道具」さん達が「セット」を組んでくれてメンテナンスしてくれなければ、撮影すらできないのです。
つまり、「大道具」さんは他のスタッフ達がスムーズに撮影が出来るように事前に「セット」を用意するという、まさに「縁の下の力持ち」としての仕事な訳です。
それは、他のスタッフが撮影所の外に出て撮影をしている間に、撮影所内の「ステージセット」をメンテナンスをして、次に撮影所に帰って来て撮影する際に滞りなく撮影出来るようにしてくれているという点でも表れています。
「大道具」さんは多くの作品に渡って同時に仕事をしています。
他のスタッフは、ひとつの作品の撮影が全て仕上がるまでは他の作品の撮影には関わりません。
例えば、通常1年間の間撮影が続く特撮作品のスタッフは、他のドラマの撮影には参加できません。
契約上の問題ではなく、物理的に不可能なのです。
しかし、「大道具」さん達は撮影現場に常時張り付いていなければならない他のスタッフに対して、その縛りが無く、他の作品の「ステージセット」の建て込みに携わったり、他の作品の「セット付き」になったりということが可能なのです。
流石にダブルブッキングする場合もあります。
そんな「セット付き」が撮影現場に配置できなかった場合や時間的に間に合わなかった場合は、「美術」さんと呼ばれる「デザイナー=美術監督」が「セット付き」の「大道具」さんの代わりに撮影現場に立ち会います。
また、人数的に「大道具」さんが大勢必要な「ロケセット」の建て込みや解体の際にも「美術監督」が手伝う場合があります。
●大工仕事だけじゃない
「大道具」さんのイメージとしては「大工さん」の様な感覚が思い浮かべますが、実は「セット」を建て込む際には、大工仕事だけではありません。
床を貼ったり壁にクロスを貼ったりといった内装業の様なことも必要になってきますし、「セット」の壁の裏側に電線を這わせてコンセントを実際に使えるようにしたり、室内照明を設置したりといったことまで必要になる事すらあります。
流石に左官業の様な事はしていませんでしたが、ペンキ塗りである塗装業者の様な事は行っていました。
しかし、どんな建築業界の方々でもやらない「カポック(=発泡スチロール)の削り出しや彩色」や「秘密基地の電飾のセッティング」といった撮影所特有の仕事も有りました。
つまり、「大道具」さんは撮影所内の建築業全ての兼任職にして撮影所特有の装置も手掛ける「プロ職人」という部署なのです。
●あとがき
撮影現場に余り顔を出さないスタッフというのは、何も「大道具」さんに限った訳ではありません。
例えば、特撮作品だからといっても「操演」さんが常時撮影に参加している訳ではありません。
爆発や吊りなどの「操演」の仕事が必要とされる可能性のある撮影現場にしか呼ばれません。
「操演」さんをわざわざ呼ばなくても現場対応が可能な小さな吊りや仕掛けぐらいならば、撮影現場の「小道具」さんや「助監督」が協力して対応してしまいます。
「衣装」さんも「現場付き」以外の人員は殆ど衣装部屋から出てきません。
だからといって何もしていない訳ではありません。
「操演」さんは、予定されている次の撮影の為に準備したり、他の作品の「操演」として撮影に参加していたりしています。
「衣装」さんも前の撮影で使用した衣装を洗ったり補修したり、次に必要となる衣装のチェックや修正や修繕をしたりしているのです。
そんな撮影現場に余り顔を出さないスタッフの最たる部署が「大道具」さんなのです。
「操演」さんが時間的に短くても撮影現場としては絶対に必要な時に呼ばれ、「操演」さんにしか出来ない様な仕事を派手にやってのけたり、「衣装」さんのように「現場付き」が撮影現場に張り付く一方で撮影現場に行かないことで支えているという事に比べても、「大道具」さんを撮影現場で見る事は稀でした。
流石に、プロデューサーや脚本家などの撮影現場以外の場所が仕事の主戦場だからこそ撮影現場に殆ど全く顔を出さないという部署とは違うにしても、撮影現場に携わりながらも撮影現場に参加するスタッフ達とは「違う時間帯」に撮影現場に携わる為に、他のスタッフとは接点が出来にくい部署が「大道具」さんということなのです。
「大道具」さん達が作ってくださった「セット」があるからこそ撮影現場は回って行きます。
キャストという被写体だけでは作品は成立しません。
背景があって始めて作品として様々な顔をみせる事が出来るのです。
撮影に関わる「時間帯」が被っていないだけで、撮影の前と後には「大道具」さんの支えが必要なのです。
格好良く書けば、他のスタッフの知らない内に仕事の舞台をお膳立てしてくれて、他のスタッフの仕事が終われば人知れず補修や修繕をして次回の撮影を待つということをしているのに、他のスタッフの前には殆ど顔を見せない「精霊さん」や「こびとさん」の様な存在なのです。
極たまに姿を見せる「大道具」のNさんは、少なくとも180センチ以上の長身の筋肉質な方でしたから「精霊さん」や「こびとさん」とは呼びにくいですが、屈託のない笑い顔と映画好きな熱意は何よりも「作品の為に…」「作品を観る人の為に…」といった「映画人」「職人気質」の方ではありました。
このように、本当に文字通り「縁の下の力持ち」なスタッフなのが「大道具」さんなのです。