余り語られない撮影所のあれこれ(168) 「芸能界や撮影所内での『呼称』と『敬称』」
★余り語られない撮影所のあれこれ(168) 「芸能界や撮影所内での『呼称』と『敬称』」
●呼称と敬称
一人称や二人称は元より三人称に至るまで一般的には、その人間関係によって呼び方が変わるものです。
友人関係や上下関係など、様々な人間関係によって呼称と敬称が変わってきます。
芸能界をはじめとした撮影所内の方々にも呼称や敬称の独特のルールが存在します。
今回は、芸能界や撮影所内の「呼称」や「敬称」に関して語ってみたいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前です。
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。
また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在します。
その点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点も予めご理解ご了承下さい。
●上下関係による呼称と敬称
芸能界や撮影所内は、上下関係がとても厳しい世界です。
基本的には年齢による上下関係よりも経歴による上下関係が優先されます。
ですから、経歴が長ければ自分よりも年齢が下の方々にも「敬称」を付けて「呼称」しなければならなくなります。
まぁ、これは芸能界や撮影所内に限った訳ではありませんが、芸能界や撮影所内では特に厳しくなります。
複雑なのはOBやOGの方々です。
スタッフやキャストであった人達が引退した場合には、少し複雑になります。
経歴としては引退した時点で終わりを告げますが、その方を先輩として接していた人達にとっては、慣習的に「先輩」の立場として接してしまいます。
その中で、双方の呼び方は複雑になります。
ですから、芸能界や撮影所内の序列や上下関係から離れて、「先輩」呼びと「くん・さん」呼びや双方が「さん」付けにする一般人同士の呼称になってしまうのが一般的です。
それが、スタッフであればもっと複雑となります。
先輩であったスタッフが途中で引退し、後輩が当時の先輩よりも高い序列へ登ってしまった場合等は、双方の呼称に関しての感覚がおかしくなってしまうのです。
例えば、私はセカンド助監督で引退しましたが、たくさんの後輩の中には監督になった方々も多くいらっしゃいます。
そうすると、私は後輩に対しても敬意を込めて「監督」と呼ばせて頂きます。
それは当たり前な事なのですが、問題なのはかつて先輩であった人が一般人となっている後輩側からの呼称と接し方なのです。
呼称としては通常は「さん」付けされます。
少なくとも私に対しては、覚えて貰えていない後輩もいらっしゃいますので、あくまでも一般人扱いで良いのですがねぇ。
●スタッフ間の敬称
スタッフ間の呼称は、基本的に敬称です。
「監督」は「◯◯監督」の敬称が呼称として一般的です。
同じ「組」と呼ばれる撮影チーム内のスタッフ間では、単に「監督」と呼称されています。
ですから、少なくとも「監督」に対しては「◯◯さん」とは呼称しません。
「カメラマン」は制作会社や撮影所によって変わっていて「◯◯撮影監督」という古い敬称で呼称するところもあれば、「◯◯カメラマン」と呼称する場合もあります。
しかし、スタッフ間では「◯◯さん」と呼称するのが一般的です。
「◯◯撮影監督」や「◯◯カメラマン」の敬称は、対外的な場合の呼称と言えます。
「照明技師」や「録音技師」さんは、対外的には「◯◯照明技師」や「◯◯録音技師」、「制作主任」は「◯◯主任」、「制作進行」は「◯◯くん・さん」との呼称が一般的ですが、撮影所内のスタッフ間では「◯◯さん」や「◯◯くん・さん・ちゃん」呼びが一般的でした。
「記録」は「◯◯さん」呼びか「記録さん」と呼称されていました。
上下関係的には「監督」や「カメラマン」は勿論、「技師」もスタッフ内では上の立場でしたから、役職としての敬称を付けなくとも、少なくとも「さん」の敬称を必ず付けて呼ばれていました。
それに対して「カメラマン」以外の「撮影部」の方々や「照明部」「録音部」の技師以下の方々は「◯◯さん・くん・ちゃん」の呼称が一般的でした。
これに対して「監督」を含む「演出部」の助監督は、「◯◯さん・くん・ちゃん」以外に、チーフ助監督だけは「チーフ」と呼ばれる事がありました。
勿論、年配スタッフから部下や格下への呼称で一番多いのは、「◯◯」という敬称無しの苗字のみの呼称でした。
敬称無しの呼称と敬称付きの呼称が交わされる事で、上下関係が周りにも分かり易いぐらいに判る状況でした。
私もご多分に漏れず敬称無しの呼称をされていましたが、それでも悪い気はしていませんでした。
何故ならば、例え敬称無しで呼ばれたとしても「自分の名前を覚えてくれている」という事実はあるのです。
名前も覚えて貰えず役職+「さん・くん・ちゃん」だけで呼ばれるよりは、気に掛けて貰えていると感じるからです。
●「ちゃん」呼び
スタッフ間では「ちゃん」呼びが頻繁に行われます。
大体は、年配スタッフから若い女性スタッフに対しての呼称の際に使用されますが、仲の良い年配スタッフ間にも使用されます。
女性スタッフに対しても年配スタッフに対しても、本当に仲の良いスタッフ間にだけ使用されますから、信頼関係が築けていないスタッフ間で「ちゃん」呼びをすると白い目で見られる事は必至でした。
仲の良い年配スタッフや若い女性スタッフだけでなくても若い男性スタッフに対しても「ちゃん」呼びをする場合はありましたが、大体は良からぬ相談でした。
●「ニックネーム」呼称
「ニックネーム」という呼称もありました。
大体は、苗字や苗字の一部や名前に「ちゃん」を付けた「ニックネーム」でした。
例えば、私の場合には「タケちゃん」や「タケ」と呼ばれた事があります。
先に述べた「敬称無しの苗字のみの呼称」よりももう一歩仲間に近付いた感があって、私はこの「ニックネーム」での呼称は好きでした。
後輩からも「タケさん」と呼ばれる事もありましたが、それはそれで親しくなれている感があって好きでした。
「監督」の中にも「巨匠」や「先生」といった「ニックネーム」というか「別称」を持つ方もいらっしゃいました。
御本人に対してこの「別称」を使う事はありませんでしたが、御本人が居ない処で御本人の名前を出さずに「符号」の様に話されるという使い方でした。
●キャストの呼称
俳優さん同士の場合は、年齢の上下でも関係が変わりましたが、基本的には芸歴によって上下関係ができます。
有名ドラマや有名映画への出演や主演などの配役によっても上下関係に変化は出ます。
エンドロールに表示されるキャストの名前順は、この芸の上下関係によって決まる最たるモノです。
また、新人賞や助演男優賞や助演女優賞、主演男優賞や主演女優賞などの賞レースを獲得しているかどうかも大きく関わってきます。
様々な芸歴が関わって上下関係が決まって来ます。
「さん」「ちゃん」「くん」等の上下関係によって様々な呼称がなされますが、余り敬称を省略して名前だけを呼ぶという場面には出くわした事はありません。
若山富三郎さんの様な大御所の役者さんが自分の弟子や取り巻きを呼ぶ時に耳にしたぐらいでしょうか…
芸人さんのまだまだ売れていない人にも「さん」付けしますが、売れてくれば「師匠」呼びするのが一般的です。
落語や漫才の大御所に「師匠」呼びするのは当たり前で、これは上下関係を抜きにしても「師匠」間でも「師匠」呼びをされていました。
スタッフは、キャストを呼ぶ際には基本的には「◯◯さん」と敬称を付けます。
まだまだ新人の様に若いキャストや子役には「◯◯くん」や「◯◯ちゃん」呼びをする場合もありました。
前途した若山富三郎さんの様な大御所になると「若山先生」と「先生」の敬称で呼ぶ場合もありましたが、まぁその様な方は稀でした。
何かの「先生」であれば別で、その場合は「◯◯先生」と敬称を付けてお呼びしました。
勿論、「師匠」には「◯◯師匠」という敬称を付けてお呼びします。
さて、たまにお呼びするのに戸惑うお名前の方もいらっしゃいます。
明らかに「苗字」と思われる名前が含まれている方ならば、「苗字+さん」でお呼びします。
しかし、「苗字」なのか、「愛称」なのか分かりにくい方もいらっしゃいます。
例えば「キラー・カーン」さんであれば、「キラー・カーンさん」とフルネームでお呼びする事が良いのでしょうか?「カーンさん」とお呼びすれば良いのでしょうか?少なくとも「キラーさん」でないのは分かります。
現代では「ファーストサマーウイカ」さんも難しいところでしょう。
私であれば「ウイカさん」とお呼びするでしょう。
また、「愛称」で呼ばれているキャストさんもいらっしゃいます。
特に年配のスタッフから「愛称」で呼ばれていたりするキャストさんだと、殆ど面識のないスタッフも釣られて「愛称」で呼んでしまいそうになります。
また、テレビ等で「愛称」で呼ばれているキャストを、そのままの「愛称」で呼びそうになってしまいそうになる事もあります。
キャスト御本人が呼ばれる事を望まれているのであれば、何ら問題はないのですが、全てのキャストが寛容とは限りませんから、注意が必要な呼び方となります。
まぁ「愛称」呼びは、本当に親しくなってからの方が良いでしょうねぇ。
「個人名」で呼ばれる事の多いキャスト達ですが、無名に等しいキャストの場合、スタッフ達にキャスト本来の「個人名」で呼ばれる事は殆どありません。
殆どの場合は、「役名」で呼ばれます。
スタッフ達にとっては、台本の最初に書かれている「キャスト・スタッフ表」に載るキャストの「個人名」よりも、台本の本文中に度々登場する「役名」の方が馴染みがある理由です。
「個人名」を無理やり思い出して間違えて礼を失してしまうよりも、間違えても許される可能性の高い「役名」で呼んでしまうのです。
この「役名」での呼称も、主要キャストかどうかで微妙に呼び方が変わってきます。
主要キャストであれば、同じ「役名」でも「下の名前」で呼ばれる事が多くなります。
これは、親しみが増す事にも繋がりますが、主要キャストだからこそ与えられている「下の名前」で呼ぶ事で、他のキャスト達と区別を図っていると言っても過言ではないでしょう。
まぁ、いくら主要キャストと言っても、名前の通ったキャストであれば、基本的には「役名」ではなくて「個人名」で呼ばれます。
これは、「役名」で呼ぶ事が礼を失している事になるからなのですが、それでもスタッフの中には咄嗟に「役名」で呼んでしまう場合もありました。
つまり撮影現場では、「役名」と「個人名」の呼び方が混在する事になっていました。
●エキストラさん達の呼称
勿論、エキストラさん達には「役名」はありませんから、「役名」で呼称する事はありません。
そして、殆どのエキストラさんは「本名・芸名」すらもスタッフに知られてはいませんから、「芸名」は無論「本名」でも呼ばれる事は稀です。
エキストラさん達を引率するタレント事務所の「まとめ役」の方が、かろうじて一部のスタッフに「苗字」を覚えて貰っている程度でしかありません。
ですから、殆どの場合は「タレント事務所名+さん」と呼ばれていました。
例えば、タレント事務所が「セントラル児童劇団」だと「セントラルさん」、「劇団東俳」ならば「東俳さん」という具合に、エキストラをまとめて呼んでいたのです。
まぁ、それすらも無くて大抵は「エキストラさん」呼びでした。
●協力会社の呼称
撮影所には、撮影所内に事務所を構える「協力会社」という存在がありました。
「衣裳部」「メイク」「小道具・持道具」「大道具・セット付き(大道具)」が、その主たる「協力会社」でした。
「衣裳部」は「◯◯さん・ちゃん」呼びをするか「衣裳部さん」「衣裳さん」もしくは衣裳部さんが所属する会社名+「さん」とも呼ばれていました。
「小道具・持道具」も「◯◯さん・くん・ちゃん」と呼ばれたり「小道具さん・持道具さん」や所属する会社名+「さん」と呼ばれていました。
「メイク」さんは、会社所属の方や個人事務所の方もいらっしゃった都合上、会社名+「さん」呼びよりも「メイクさん」や「◯◯ちゃん・くん・さん」の呼び方が一般的でした。
「大道具・セット付き(大道具)」も会社名+「さん」ではなくて、「大道具さん」や「セット付きさん」や「◯◯ちゃん・くん・さん」と呼ばれていました。
勿論、「◯◯ちゃん・くん・さん」と呼ばれる方々は、度々撮影で一緒になるスタッフ同士であるからこそ呼ばれる呼び方であって、付き合いの短い「協力会社」からのスタッフには、会社名+「さん」と呼ばれるのが一般的でした。
撮影所内に事務所のある各「協力会社」には、撮影所内外で行われる数多くの作品の撮影現場に少なくともひとりは付いていましたから、多数の従業員を抱えていました。
1年を通じて撮影スタッフがほぼ同じ(監督、記録を除く。また、次回作や前作とのブッキング撮影時には一部のスタッフが違う場合がある)という特殊な作品では、「協力会社」の方々もほぼ同じスタッフなので、次第と「◯◯ちゃん・くん・さん」呼びになって行きますし、前作からの引き続きのスタッフであれば尚更でした。
これが、短い撮影スケジュールでの作品であったとしても、「協力会社」内に所属するスタッフが限られた人数であればこそ、前途した様に「他の作品でも一緒に仕事をしたスタッフ同士」という存在も増えて行き、「◯◯ちゃん・くん・さん」といった親しみのある呼び方になって行くのが一般的でした。
●テレビ業界と撮影所での呼称の違い
今回の「呼称」とは少しズレがある可能性もありますが、撮影所内での呼称とテレビ業界での呼称には違う部分があります。
特に大きな違いは「監督」と「ディレクター(通称:D)」の違いです。
テレビ業界での「ディレクター」には、ドラマ作品やバラエティや報道番組等のジャンルによって立場や権限等が違ってきます。
テレビ放送されるドラマ作品の場合は、基本的には映像制作会社に委託されて制作されていますから、制作会社側の「監督」が演出をします。
そう言った意味でも、テレビ業界と撮影所では「演出」の意味合いも少し違う部分がある様に感じます。
また、「監督」と「ディレクター」の意味合いが違えば、「助監督」と「アシスタントディレクター(通称:AD)」も大きく違います。
「助監督」がスタッフ全体の補佐役であるのは勿論ですが、あくまでも「演出部」であり演出に対するある程度の裁量権を持たされているのに対して「アシスタントディレクター」は、事務業務を含めたスタッフ全体の補佐役であるだけで、「演出部」としての裁量権も無いのが一般的です。
これ以外にも、テレビ業界には撮影所には居ない職種や、撮影所では呼ばない呼称の職種が存在しますが、それは今回の内容と離れて行きますから、今回は割愛させて頂きます。
●あとがき
芸能界や撮影所内には、前途した様に様々な「呼称」が存在します。
ある種は「相手への敬意」を表し、ある種は「相手への親しみ」を表しています。
キャストであろうとスタッフであろうと、ベテランであろうと新人であろうと、そこに「同じ作品を創る仲間」という共通点がある以上は、この「敬意」と「親しみ」は大切な要素です。
「スタッフさん全員の名前を覚える様にしています」とおっしゃったキャストの方がいらっしゃいました。
「監督」や「カメラマン」をはじめとして職種の上下問わずで言えば、撮影スタッフだけでも最低20〜30名は居ますから、1年間続く撮影期間の作品ならば判る気はしますが、ほんの1〜2ヶ月間の短い撮影期間の作品であれば、顔を覚えるだけでも大変なのに「名前」までとなると、覚える人数が多いと言わざるを得ないでしょう。
しかし、そこに「敬意」と「親しみ」があれば覚えられると、そのキャストの方はおっしゃっていました。
勿論、そんなキャストは後々スタッフに可愛がられ、信頼されて出世して行く地盤を築く事に繋がります。
自分の関わりのあるスタッフの「名前」を覚えるのは必須です。
私も1〜2ヶ月間の短い撮影期間の仕事は多く経験しましたが、「監督」「カメラマン」「記録」「照明技師」「録音技師」「小道具・持道具」「制作主任」そして「演出部」である「チーフ助監督」「セカンド助監督」の「名前」は、最低でも「苗字」だけでも把握していました。
更に「照明助手」「録音助手」「メイク」「衣裳」「制作進行」などは、仕事をしながら「苗字」や「親しみ易い呼び方」で覚えていっていました。
キャストにとってもスタッフにとっても「一期一会」の出会いかもしれない「撮影チーム」ではありますが、今の作品の撮影期間だけではなく、未来に撮影する作品の為にも「敬意」と「親しみ」を頭に置いて、日々「名前」や「ニックネーム」を呼び合っているのです。
作品とは、スタッフ・キャスト全員で創り上げるモノなのですから。