余り語られない撮影所のあれこれ(145) 「“吊り”のお供に『ポスカ』」
★余り語られない撮影所のあれこれ(145) 「“吊り”のお供に『ポスカ』」
●一応、リテイク記事です
助監督、特に東映の特撮ヒーロー番組のサード助監督ならば必須アイテムの様に持っていた「ポスカ」。
それを、「今では使っていないだろう助監督の道具」として「その12」で語らせて頂きましたが、まだまだ詳しく語っていなかったこともあり、個別にタイトルを作って語らせて頂こうと思います。
あ、助監督が使っていたと言っても他の一般的なテレビドラマ番組では使用する事はありませんでした。
そういう意味では、特殊なアイテムだったのかもしれません。
今回は、そんな「ポスカ」について語ってみたいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますww
その点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
●ポスカとは?
三菱鉛筆が1983年から発売している、不透明の水性顔料インクを使用したペンタイプの塗料です。
塗料としてはポスターカラーと同じく鮮やかに発色し、乾燥後には耐水性もあります。
また、乾燥後には重ね書きもできます。
「ポスカ」本来は紙への筆記が基本で、裏写りも滲みも殆どありません。
しかし、水性顔料インクの為に金属、ガラス、プラスチック、発泡スチロール、木材、コンクリート等にも書く事ができます。
但し、紙以外の顔料インクの浸透性の悪いモノでは、乾燥後に爪等で引っ掻いたり布で強く擦ると、固着した顔料が剥がれてしまいます。
そして、現在では黒・赤・青・緑・黄緑・紫・うすだいだい・山吹・黄・橙・桃・水色・茶・灰・白の15色に金・銀を加えた17色を基本色に、スカイブルー・パステルグリーン・パステルイエロー・パステルオレンジ・コーラルピンク・ライトピンク・パステルパープル・フューシャ・ダークレッド・カーキグリーン・ネイビーブルー・ダークブラウンといった12色、更にはラメ入りのラメ入りオレンジ・ラメ入りグリーン・ラメ入りライトブルー・ラメ入りバイオレット・ラメ入りピンク・ラメ入りレッド・ラメ入りブルーの7色の最大34色のカラーバリエーションがあるのも特徴となっています。
発売当初は太字タイプしかありませんでしたが、私が東映東京撮影所に入る1989年時点では太字タイプに加えて中字・細字・極太タイプといったラインナップも発売されていました。
私は「中字」タイプを主に使用していました。
簡単に言ってしまえば、瓶タイプのポスターカラーを筆に取って塗る行為を、飛躍的に楽にしてくれた様な水性塗料マーカーなのです。
尚、同じ三菱鉛筆の「Do!POSCA」は極細タイプのみを発売していてインクの出方が優しい「ポスカ」です。
また、同じ三菱鉛筆の水性顔料インクの「プロッキー」も「ポスカ」の後継とも言われていますが、「ポスカ」が不透明なのに対して「プロッキー」は半透明です。
●特撮作品だけ?
私は、特撮ヒーロー番組は勿論、刑事ドラマや2時間ドラマ、更には時代劇の撮影現場も経験しましたが、「ポスカ」を常備していたのは特撮ヒーロー作品ぐらいでした。
しかも第2制作部で創られていた「不思議コメディシリーズ」では、殆ど出番はありませんでした。
ですから東映東京撮影所ではテレビプロ制作の「スーパー戦隊シリーズ」「メタルヒーローシリーズ」「仮面ライダーシリーズ」と特撮研究所の方々ぐらいではなかったかと思います。
何故ならば「ポスカ」を使用する基本が「吊り」と呼ばれる「ワイヤーワーク」のピアノ線の「バレ隠し」だったからです。
技術も無く安易に真似をすると危険な為に、安全に考慮して敢えてミリ数等は記載しませんが、「ピアノ線」は人を吊るために使用するとなるとかなり太くなります。
ですから、そのままでは「ピアノ線」自体に光沢があることもあり簡単にカメラに写ってしまいます。
ですから、「ポスカ」で被写体のバックになる色で「ピアノ線」を塗って誤魔化すのです。
更に、弾着等のスス等で汚れたりするアクション用スーツの色の「バレ隠し」にも使用されていました。
つまり、「ポスカ」はスーツの色が変色してしまったり剥げてしまったりした箇所等に塗るという簡易的な補修材としても使用されていたのです。
但し、この場合は勿論スーツと同系色の「ポスカ」や広範囲の誤魔化し用にスーツと同系色の色付きガムテープも必要になりました。
しかしそれは、現在のような綺麗なデジタル映像ではなくて粒子の荒いフィルム映像だからこそ「誤魔化す事」の出来ていた荒業ではありました。
即ち、当時使用していたカメラが16ミリフィルムだったり、まだまだ解像度の荒いビデオカメラだった為に、ある程度の解像度しかなかったからこそ「誤魔化せた」のだと思われます。
●今では…
30年前と現在の特撮番組の撮影現場では、何を言ってもCGの有り無しが大きいです。
今でも特撮番組の撮影では、お馴染みの「ピアノ線」が使われていますが、今ではCGで消してしまえます。
また、最初から消す事が前提であれば、「吊り」に使用するモノが何も「ピアノ線」にこだわる必要も無くて、「太いワイヤー」や「ザイル」でも良いのです。
しかし、30年前ではCGの使用はまだまだバカ高くておいそれとは使えませんでした。
そこで「消す」というか「見えにくくする道具」として使用されたのが「ポスカ」でした。
まだまだ予算的に厳しい低予算番組では「ポスカ」による「ピアノ線消し」が行われている場合もありますが、CGの処理能力の向上と素人でも処理が可能となった技術力の簡易化によって、低価格で「バレ隠し」が可能となっているのが実情です。
●良く使う色
「ポスカ」が使用される以前には、様々な塗料によって「ピアノ線」の「バレ隠し」が行われていましたが、少なくとも「光沢を失くす」事が必要とされていました。
「ポスカ」の様々な色が出てくる以前には、「ピアノ線」の「バレ隠し」は「黒一色」だけでした。
そして、「ポスターカラー」や「ポスカ」が出現すると「黒」を基本にしながらも何よりも「背景と同化」させる事が試される様になりました。
「ピアノ線」を使用する場所が「実際の空の下」や「ステージセットのホリゾントの前」というのが一般的でしたから、「黒」以外に「青」「白」といった「空」や「ホリゾント」に溶け込む色が使用され出します。
「ポスカ」に「水色」が発売されると、「白」と共に使用されました。
しかし、「黒」が無くなる事はありませんでした。
私は基本的に「黒」「白」「青」「赤」「黄色」と後に「水色」を所持していました。
しかも「赤」と「黄色」以外は2本づつ持っていました。
コレは、同色の「ポスカ」で「ピアノ線」を挟む為でした。
尚、「空」といっても一様ではなく「白っぽい空」や「青い空」もあるので、色調整は大変でした。
●使用例
「ポスカ」の利点は、水性にもかかわらず木、金属、プラスチック、発泡スチロール等の大抵のモノには塗装できてしまう事と乾燥が早い点でした。
更に、乾燥しない間には2色以上の混ぜ合わせも可能でした。
それを利用すれば、大抵のモノの色は作り出せました。
特に「ピアノ線を塗る」際には「ポスカ」の「二本使い」が早くて確実とされました。
「ポスカ」の塗料が着いたペン先を二本合わせて、その間に「ピアノ線」を挟むのです。
そのまま上下に二度三度塗って、乾くのに数秒待てば完成です。
場合によっては、人差し指と中指と親指を使って塗り延ばすという事もありました。
この場合の多くは、2色以上の色を混ぜ合わせたりグラデーションを作る為でした。
つまり、「黒」と「白」の2色の「ポスカ」で「ピアノ線」を挟み、「灰色」として混ぜ合わせたり、「青」と「白」の2色の「ポスカ」で「ピアノ線」を挟み、「水色」を混ぜ合わせたり、「水色」と「白」の2色の「ポスカ」で「ピアノ線」を挟み、「薄い水色」を作り出したりするのです。
また、被写体の中には発泡スチロールで造られたコンクリートブロックを模した(壊す事を目的とした)壁等に代表される様な本来の材質でない「セット建込み」等が存在していましたから、その隙間から本来あり得ない白い部分や色ムラ等の修整にも使用されていました。
この場合の多くは「黒」による「バレ隠し」が基本でした。
●誰が塗るのか
「ポスカ」をはじめとする「吊り」や特撮技術に関する「バレ隠し」の道具を使用するのは、東映では「操演」であり、また「操演」の手伝いをする「サード助監督」の仕事でした。
ですから、「ポスカ」を持っていたのも基本的には「サード助監督」でした。
コレが東宝や東宝の影響を色濃く受けている円谷プロになると、「バレ隠し」の担当部署も変わってきます。
勿論「操演」は「バレ隠し」を行いますが、「撮影助手」が「バレ隠し」を手伝いました。
それは、彼の国ハリウッドの部署体制が持ち込まれたからでした。
「撮影助手」であれば、カメラのファインダーを覗き込んで、何処に写ってはいけない「バレもの」があるのかを把握し易かったからだと思われます。
それが、東映では助監督の役割になった事にも理由があるのだと思われます。
余談ですが、「カチンコ」も彼の国ハリウッドでは「撮影助手」の役割です。
流石に、コレは日本では東宝も東映も「助監督」の役割になっています。
多分ですが、彼の国ハリウッドではカメラマンとその助手である撮影助手が、ファインダーに収められた映像に責任を持つのだと思われます。
だからこそ「バレ隠し」は「撮影助手」が担当し、東宝もそれに準じているのでしょう。
しかし、東映では「助監督」の修行の一環としてファインダーに写る映像を考えて「より良い絵作り」を目指す為にも「バレ隠し」は「助監督」が行い、最終確認を「撮影技師=カメラマン」や「撮影助手」の方々にして頂くという感覚なのだと思われます。
それだけ「監督」の権限が重いという事だと思うのです。
●あとがき
第2制作で撮影されていた「不思議コメディシリーズ」では「殆ど」使用されていなかったと書きましたが、それは「人を吊る」事が殆ど無く、たまに小物を「テグス(釣り糸)」で「吊る」際に「バレ隠し」として使用している程度でしたので常備されていませんでした。
そして、使用されても「黒」だけでしたし、1本だけで塗っていました。
尚、人を吊らない場合では「操演」さんは殆ど呼ばれません。
「プロップのヌイグルミが宙を舞う」「ラーメン鉢が宙を舞う」「タクアンが飛び跳ねる」等の小物を吊る場合は、竹竿や釣り竿に普通の「釣り糸」を付けて吊っていました。
この技法は、第2制作の撮影現場だけではなくて少なくとも他の撮影現場でも行われていました。
メタルヒーローシリーズの撮影現場でも、「特警ウインスペクター」の「デミタス」に代表される様な「小物の吊り」の場合は「竹竿」でしたし、それこそ、特撮以外のテレビドラマでも行われていた可能性もあります。
「ポスカ」は、CG全盛期の現在に於いては無用の長物として扱われているモノだと思われます。
現在では、同じマーカータイプの筆記具として、多くの「カチンコ」がホワイトボード形式になった事もあり「ホワイトボードマーカー」の方が持たれている可能性があります。
しかし、「ポスカ」が「バレ隠し」として全く使用されなくなっているとは考え難いのです。
「吊り」では使用されなくなっているのでしょうが、他の「バレ隠し」にはまだまだ現役だと思われるからです。