余り語られない撮影所のあれこれ(133) 「『尺』〜長さの単位で時間を計る〜」
★余り語られない撮影所のあれこれ(133) 「『尺』〜長さの単位で時間を計る〜」
●単位『尺』
「尺」とは、多くの方々が「日本に於ける長さの単位」「昔の長さの単位」ということは知っておられると思います。
古代中国から伝わった「長さの単位」で、1000分=100寸=10尺=1丈となります。
西洋のメートル法に合わせると1尺(曲尺)は、約30.3センチメートル。
曲尺は建築関係での「ものさし」で、和裁で使われる「ものさし」の鯨尺では1尺(鯨尺)は、約37.9センチメートルです。
日本での「尺」からメートル法への換算の場合は、一般的に「曲尺」が使用されています。
また、アメリカでよく使用されるヤード・ポンド法にすると、1フィート=30.48センチメートルなので、1フィート≒1尺と考える方もいらっしゃるようです。
ですから、フィルムの「フィート」数を日本では尺貫法に換算した「尺」と訳され、呼ばれます。
映像業界の中では、良く「『尺』が足りない」と言って「撮影済みの時間の中から、放送に使える時間が少ない」事を表す「時間の単位」として使用されます。
厳密には「放送尺が足りない」なのですが、そこは他の業界用語のご多分に漏れず縮めて「尺」と約されます。
今回は、映像作品と上映時間や放送時間との関係を「尺」を通してお話したいと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
●フィルム
映像の記録は写真という静止画からフィルムによる動く写真「活動写真」へと移り変わっていきます。
高速で撮影することで連続写真を記録していくフィルムは、一般的には1秒間に24コマ(フレーム)のフレーム数が必要になります。
そして16mmフィルムの場合、約40フレームで1フィートのフィルムが必要となりますから、換算すると5秒間で3フィートのフィルム長が必要となります。
さて、撮影所で一般的に使用されていた16mmのカメラは、他の映像業界でも使用されていたアリフレックス社製のモノで、フィルムマガジンは400フィートのモノが通常でした。
この400フィート(約122m)のフィルムは、長さでみれば長そうに思われますが、24フレーム/秒で撮影した場合、撮影可能時間は約11分〜12分間分しかありませんでした。
ですから、予算の少ない邦画や日本のTVドラマでのフィルム撮影の時代の同時録音のカチンコは、カメラに映る場所で打ってからどれだけ直ぐにカメラフレームの外へ引っ込められる事が出来るかが、良いカチンコかどうかの基準になっていたところはありました。
但し、カメラ側にも事情はありました。
フィルムカメラの場合、編集時に最初と最後の数十フレームはカットされますから、最低でも撮影しなければならないフレーム数がありました。
亡くなられた瀬尾脩(浄空)カメラマンが生前に仰っていました。
「心の中で『守るも攻むるもくろがねの〜♪』って口ずさんでいる4〜5秒の間は、フィルムの『最低撮影時間』だからな。撮影時間が短いと使える部分がねぇよ。って先輩から教わったもんだ」
ですから、1本のフィルムマガジンに収められる有効な「尺=フィート」数は、本当に少なくなります。
●時代は変わっても
フィルム撮影によるフィルムのフィート数をフィルムの長さから「尺」と呼び、撮影出来た量を「撮れ高」と言っていました。
つまり、「長さ」の単位の「尺」で撮影「時間」を表し、フィルムを入れて置くフィルム缶が積み上がった感覚の「高さ」の単位の「高低」でも撮影「時間」を表していたのです。
ビデオ撮影に変わっても「ビデオテープ」が変わらず「長さ」の感覚を示していましたし、積み上がる「ビデオカセット」が「高さ」を継続して使用する事を容認してくれている感覚さえありました。
これだけ長い間使用されてきた言葉は、習慣化され「業界用語」としても定着してしまうと、「なかなか変化しないもの」へと変わってきます。
ですから、「時間」だけが記録単位になってしまい、積み上がる物質的なものも失くなってしまったデジタル撮影に変わってしまった現在でも、この言い方は継続されています。
元来の言葉の持つ要因からかけ離れてしまっていても、その言葉が意味する内容や感覚が、使用する者の間で共有できているのであれば、言葉は生き続けるのかもしれません。
●テレビ番組の「尺」
30分の放送時間のある番組の場合でも、CMを除けば約23〜24分間しか番組自体の時間はありません。
更にオープニングやエンディングといった繰り返し使用される「バンク映像」を除けば、実際に新規撮影される部分は20分を切る時間ぐらいしかありません。
つまり、400フィートフィルムマガジン2本分以下になります。
しかし、そこに「最低撮影時間」や編集の際にカットされる「ノリシロ(ツナギシロとも言う)」の様な部分を加えると、少なくとも400フィートフィルムマガジン3本分は必要となる訳です。
勿論、1時間の番組の場合もCMを除けば45〜47分ぐらいしかドラマ部分の放送時間はありませんでした。
オープニングやエンディングが必要な番組の場合は、更に短くなります。
この1時間のテレビドラマの撮影には、2週間弱の時間が必要となりました。
約45分の「撮れ高」が必要ですから、1日に換算すると約3.5分/日となります。
NGやカットされる部分も「撮れ高」としての「尺」と考えても、1日に400フィートのフィルムマガジン1本を撮影する事は稀でした。
さて、これが「特撮番組」となると話が変わってきます。
約23分〜20分弱の「撮れ高」の為に1時間ドラマの撮影期間と同じ約2週間を費やしていました。
これは1日に2分弱の「撮れ高」で良いように思われますが、フィルム時代の「特撮」の撮影にはアナログ的な準備が必要となり、ドラマだけの部分よりも撮影時間が格段に多くかかってしまいます。
ですから、「特撮シーン」の撮影の場合には、1日に数カットしか撮影できなかったという事もありました。
しかし、これはフィルム時代の話です。
現場でアナログで「特撮カット」を準備する「SFX」の頃の話です。
現在の「VFX」という撮影後に行う加工技術では、現場での下準備が違ってきていますし、危険で慎重に準備しなければならない内容も「SFX」の頃とは様変わりしてきています。
映像業界にも「週40時間労働時間制」が導入されている様ですし、「撮休日」も7日間に1日は作られている様です。
「VFX」によって撮影現場で撮影される「尺」は短くなり、CG等の素材撮影としての部分が増えてきているのでしょう。
●パート分け
「尺」とは離れて余談になりますが、ついでに「パート分け」についてお話しておきます。
「パート分け」の多くは、オープニングやエンディングやドラマ部分の間にCMが割って入る映像作品にみられます。
それぞれの呼び方と順番は、一般的には「アバンタイトル」→「オープニング」→「Aパート」→「CM」→「Bパート」→「エンディング」→「Cパート」です。
「アバンタイトル(略してアバンと呼ぶ場合もあります)」が無い場合もありますし、「オープニング(OP)」や「エンディング(ED)」が無い場合もあります。
また、「CM」が複数回挟まる場合もあります。
その場合は「Aパート」→「CM1」→「Bパート」→「CM2」→「Cパート」→「CM3」→「Dパート」の様になります。
基本的にはドラマ部分をドラマ部分以外の映像で区切る場合に「パート」が別れて増えて行くことになるのです。
●映画の「尺」
さて、「尺」の話に戻します。
映画には、テレビの様に決められた「尺」がある訳では無いように思われますが、実は上映に関して「暗黙の制限」としての「尺」が存在するのです。
フィルム撮影の映画の場合、基本的には35mmフィルムが使用されています。
このフィルムを映画館の映写機に掛けて上映するのですが、一般的な映写機に掛かるフィルムの長さは10〜15分間の映写時間しか賄えないモノでした。
ですから、一般的な60分〜90分の1本の映画の上映に5〜10巻程のフィルムケースが必要となり、2台の映写機を使って途中で掛け替え(切り替え)をしなければなりませんでした。
昔は手動で掛け替え作業を行っていましたから、「チェンジマーク」と呼ばれる画面右上に現れる●を目印に切り替えを行っていましたが、その後半自動や全自動で切り替えしてくれる装置の導入で、切り替えが楽になっています。
デジタル化されている映画は、この切り替え作業も必要無くなっていて、切り替え作業後に行われる巻き戻し作業も必要無くなっています。
更に、上映時に何本も必要になっていたフィルムケースの準備も必要無くなっています。
フィルム時にはフィルムのコピーも必要で、初公開である封切り(=ロードショー)の時には何本もの複製が作られましたが、それでも足りない場合は、上映期間を終了したフィルムを次の映画館まで運んで上映するというスケジュールも組まれていました。
デジタルでは、映画館等への配信等の場合は、この複製作業も必要無くなっている様です。
さて、映画の「尺」の「暗黙の制限」に関してですが、それは「上映時間」に関するモノです。
上映の「尺」、つまり上映時間は「観客の集中力が続く時間」が基本になっているという事です。
個人差はありますが、90分〜120分までと言われています。
子供では更に短くなり、30分〜90分と言われている様です。
更に、この上映時間は映画館の上映回数とも関係があります。
1日に12時間の営業時間が有ったとしても、観客の入れ替え時間や清掃時間を入れると、120分の上映時間の作品を最高でも5回しか上映出来ません。
90分作品では7回に成ります。
上映回数が集客に直結するだけに、映画館にとっても上映「尺」は大切なのです。
確かに、この上映時間以上の映画作品も存在しますが、余り多くはありません。
フィルム時代の長尺映画として有名な「七人の侍」は3時間27分(=207分)ありました。そして、途中に「休憩」のテロップが入りました。
他の長尺映画も「ベン・ハー」「マイ・フェア・レディ」「2001年宇宙の旅」「戦場にかける橋」「トラ・トラ・トラ」等の3時間を超える映画には「休憩」が挿入されていました。
「七人の侍」でも公開当初は、地方の映画館用に160分の短縮版が編集されて上映されていた様です。
そんな長尺の映画でも、現在の様なシネコン形式の上映館では2館で上映開始時間をずらして対応して、集客をはかっている様です。
また、2作品に分ける事で集客をはかっている場合もあるようです。
因みに、日本で公開された「休憩」が入る最短の映画は「ファンタジア」で125分。
最長は571分の「人間の條件」。「人間の條件」は3回に分けて公開され、それぞれの上映時に「休憩」のある6部構成でした。
●あとがき
改めて言いますが、映画が生まれて131年。日本で映画が制作される様になって124年です。
そして、撮影方法がフィルムからビデオへ変わり、更にデジタルに変わって20年余り、「尺」という言葉が記録媒体的にはそぐわなくなっている状況なのですが、日本ではそれ以前の1世紀以上も「フィート」を「尺」として呼称し、様々な意味合いが足されて「根付いて」しまっている言葉になってしまっていますから、今更変更するにはさらなる1世紀を待たなければならないのかもしれません。
しかし、「尺」を時間の単位の様に使う使用方法は、少なくとも変わらない部分の様に思われます。
何故ならば、撮影所やテレビ制作の現場のみで使用される「業界用語」を超えて、一般の人達にまで浸透してしまっている言葉になってしまっている様に思えるからです。
最近、舞台出身の俳優さんに「尺」の事を聞かれました。
正確には「上映尺」と1日の撮影ノルマとしての「撮影尺」の事でした。
撮影期間が限られていて、最低「上映尺」が決められている映画だった様で、1日に撮影しなければならない最低の「撮影尺」の計算方法と計算結果をお知らせして、どれだけ困難な状況かを理解して頂きました。
舞台の業界用語が映像業界に輸入され、逆に映像業界の業界用語が舞台へと使用されている例はたくさんあります。
しかし、舞台では「尺」は関係ありませんから、詳しくはご存知ではなかったのでしょう。
ましてや「上映(放送)尺」だの「撮影尺」だのは、知らなくて当然だと思います。
フィルム等の「長さ」が関係する映像的な撮影が絡んで来た歴史があってはじめて、時間を長さの単位で表す「尺」は関係性を持って来るのですから……