余り語られない撮影所のあれこれ(129) 「映像制作会社とレンタルビデオ店とVシネマ」
余り語られない撮影所のあれこれ(129)
「映像制作会社とレンタルビデオ店とVシネマ」
●レンタルビデオ店の台頭
レンタルビデオ店は、ビデオテープがまだまだ高額だった頃にレンタルレコード店の派生から1977頃にアメリカで出来たと言われています。
日本でも1980年代に入るとレンタルビデオ店が乱立する様になり、映画館の鑑賞料金の半額以下で自宅で映画やオリジナルビデオが鑑賞できるようになりました。
映像業界にとっては、テレビの限られた画面のサイズの中とはいえ格安で映画が観られるようになったお陰で、痛手を被っているかの様に見えてしまいますが、そうはならないのが世の中の面白いところでもあります。
今回は、そんなレンタルビデオ店と映像制作会社の共生関係を掘り下げて見ようかと思います。
尚、例によって情報のほとんどが約30年前ですw
今となっては変わっていることや、無くなっていることもあります。また、記憶の内容が30年の間に美化されたり劣化してしまっているものも存在しますwwその点をご理解の上、あらかじめご了承下さい。
そして、ここでの意見は、あくまでも個人的な意見です。
東映をはじめとした各社や映像業界の直接的な意見ではありません。その点を予めご理解ご了承下さい。
●収益
映画を製作した費用を回収する方法の主たるモノは、映画鑑賞料金の一部である事は明白です。
確かにパンフレットの売り上げや近年では劇場販売グッズの売り上げ等も入って来ます。
テレビでの放送権料やビデオやDVDやBDにすることによる売り上げも収益として入って来ます。
但し、そのビデオやDVDやBDは、ビックタイトルと呼ばれる有名作品でもなければ個人への販売だけでは数が限られます。
更に、劇場公開の無いテレビ番組やテレビドラマに至っては、放送権料以外の見返りであるビデオやDVDやBDは、個人への販売は映画に比べれば少ないモノです。
更に更に、Vシネマと呼ばれる劇場公開もテレビでの放送もないビデオやDVDやBDのみの作品の場合は、個人販売は限られたモノとなってしまうのです。
そこに映像制作会社に光明が現れます。
それは、「レンタルビデオ店」という存在でした。
●敵は味方
レンタルビデオ店は、元来は映像制作会社、特に映画制作会社にとっては映画鑑賞料金を減少させている要因の様に思われ、敵の様な存在でした。
しかし、レンタルビデオ店が乱立する様になると、レンタルビデオ店が店頭に並べる為に購入するビデオの本数が馬鹿に出来ない本数となり、制作会社としては大口の販売先となって行ったのです。
そこで、レンタルビデオ店の購入本数を見越して作品を創るという事が出来る様になりました。
封切ってみなければ何人観客が入るか分らない映画の鑑賞料金に対して、少なくともレンタルビデオ店の店舗数だけはビデオの購入本数が見込める計算になるのです。
しかも、コレは映像作品を製作する時点で最低でも見込める売り上げという、今迄存在しなかった事前での売り上げ見込みという収益計算のベースとも成りました。
●PPT
しかし、幾ら1980年代後半のレンタルビデオ店が全国に15000店舗を超えている最盛期であったといっても、ビデオ作品の購入価格自体が1本当たり10000円前後と高く、レンタルビデオ店としては回収が見込める劇場公開作品ぐらいしか購入が出来ない状況でもありました。
コレに対して映像制作会社は、1980年代の最後半に「PPT(Pay Per Transaction) システム」というシステムを打ち出します。
このシステムは、映画の興行収入モデルをベースにしていて、映像制作会社からソフト(=フイルム)の使用許諾を得たリース会社(=配給会社)が、レンタルビデオ店(=映画館)に対してソフトのリースを行い、レンタルビデオ店は貸出実績(=入場料収入)に応じて売上の中からロイヤリティをリース会社に支払い、リース会社は制作会社へ使用料を支払うというモノでした。
このシステムにおいて、映像制作会社は通常の販路ではビデオソフトの売上が期待できない劇場未公開作品や所謂B級作品であっても、ある程度の収入が期待でき、また作品ごとに貸出回数や客層などの統計情報を得られるメリットがありました。
レンタルビデオ店としても、購入に対して1本あたり平均10000円前後かかる商品が、ビデオソフトや条件によっては1割以下で仕入れられるために、資産として購入するより安価にソフトを揃えることができました。
これにより、ビッグタイトルの様な著名な作品は、大量に投入して顧客の満足と売上を確保できるとともに、知名度の低い作品も低リスクで幅広いジャンルの投入が可能となり、バラエティに富んだ売場を構築することで競合店との差別化を図ることができるというメリットもありました。
また、リース期間終了時には売上の良いソフトは買い上げて自店の在庫とし、人気の無いソフトは返却して不良在庫としないというメリットもありました。
しかしその反面、通常は仕入にかかったコスト(=ビデオソフト購入費用)を償却すれば以後の売上は全て店の利益になるのに対して、リース期間中は延滞料金収入も含めた売上から契約に応じて最低補償額以上のロイヤリティを支払わなければならないことや、貸出実績を管理・報告する都合上POSシステムが必須となり導入にある程度の費用がかかること、そしてレンタルビデオ店側に有利な条件でリースされる作品には著名なものが少ない、などのデメリットもありました。
そして、ビデオソフトを販売する映像制作会社にも、供給本数に対してレンタル需要が低いと利益率が低くなるというデメリットがありました。
尚、当初はPPTシステム対象作品は洋画・邦画劇場公開作品中心であり、アニメ作品等においては利用が少ないという状況でした。
また、テレビ放送作品においてのPPTシステムの利用の大半は、2010年前後まで待たねばなりませんでした。
コレは2000年代初頭から映像媒体がビデオテープからDVDへ変化してきたのが影響されているとも言われています。
事実、1980年代後半のレンタルビデオ店には主要な劇場公開作品はあったモノの、マイナーな劇場公開作品やテレビドラマのレンタル作品は店舗によって品揃えがまちまちでした。
それが、1990年代に入ってくると品揃えが格段に増えて、それまでリバイバル上映すら観たことがない往年のマイナー劇場公開作品や往年のテレビドラマ作品がレンタルビデオ店の店頭に並ぶ様になりました。
NHKの少年ドラマシリーズ等は、この頃にレンタルビデオ店でレンタルして記憶を補完したぐらいでした。
●Vシネマ
PPTシステムでの劇場未公開作品でありテレビ未放送作品であっても、劇場公開作品と変わらない製作費で映像作品を創る事が可能になりました。
つまり、公開して映画館で収益をあげる事とレンタルビデオ店で店頭に並んでレンタルされるという収益が匹敵する様になったのです。
コレは、1980年代が邦画の苦戦時期にあったのに対しての光明となりました。
東映は、いち早くオリジナルビデオ作品を制作し「Vシネマ」と銘打ち、市場に供給を開始します。
「Vシネマ」は東映の登録商標でしたが、後にフリーパスとなって行きました。
勿論、東映以外の映像制作会社からもオリジナルビデオ作品が制作され「Vシネマ」とは称されないものの劇場未公開作品ながら、レンタルビデオ作品として世に出ています。
これも登録商標問題による混乱からですが、フリーパスとなってからは、オリジナルビデオ作品を「Vシネマ」と称するかどうかは、映像制作会社の裁量に委ねられています。
当初は劇場未公開作品を中心としていましたが、小規模な館数の劇場公開をした上でVシネマとしてレンタルビデオ店にも並べるという作品も出て来ます。
また、下火になっていた「任侠映画」や「ヤクザ映画」「アクション映画」「ギャンブル映画」等を下支えし、Vシネマとしてのジャンルを確立しています。
また、東映では「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」のスピンオフや往年のヒーロー作品をリブートさせた「特撮作品」のVシネマも製作し、対象年齢である子供の減少によるスポンサー玩具の低迷を下支えしている側面も見られます。
近年では東映は「VCINEMA」から「VCINEXT」と名称を変化させる作品群もあり、益々劇場未公開作品を製作しています。
コレは、ビデオテープに比べて安価になったDVDやBDだけが原因ではなく、より身近に劇場未公開作品を届けられる「配信」というシステムが大きく働いていると思われます。
●あとがき
映像制作会社とレンタルビデオ店は、それまで映像制作会社と映画館の関係を踏襲する形で、映像制作会社の映像制作を支えてくれている存在であると言えます。
そのレンタルビデオ店も「配信」という新たなシステムによって淘汰の岐路に立たされています。
小さなレンタルビデオ店は閉店を余儀なくされ、大手チェーン店が生き残る時代となって来ています。
確かに大手チェーン店のレンタルビデオ店の品揃えは眼を見張るし安心出来ます。
しかし、小さなレンタルビデオ店も負けてはいません。
DVDやBDにはなっていない様な作品を含めたビデオテープ作品だけを取り扱うレンタルビデオ店や、新作作品を短いレンタル期間で回転率を上げていちはやく多くの方に新作作品が鑑賞できる環境を作っているレンタルビデオ店などという特色を持たせたレンタルビデオ店が生き残りを掛けています。
そして、レンタルビデオ店が淘汰される事によって近隣にレンタルビデオ店が無くなってしまった田舎にも、ネット環境と受信機器さえあれば映像作品を届けられる「配信」システムには、素晴らしいモノがあるのも事実です。
ですが、個人的には「映画館」という大スクリーンと素晴らしい音響システムによる劇場が生き残り、その回顧としてのレンタルビデオ店というアーカイブを願って止みません。
だって、レンタルビデオ店にも在庫作品の数には限りがありますし、配信会社のアーカイブにもなかったり失くなったりする作品があるのですから……