Ⅰ
「っああ!!」
いつものように悪夢を見て飛び起きる。私がざっくりと殺される夢だ。
時計を見れば深夜の三時。屋敷の者たちも家族も当然だけれど寝ている。背中にべっとりと汗をかいているから気持ち悪かったが、こんな時間に使用人たちを起こすわけにもいかない。
ふうと大きく息を吐いてベッドに横たわるが、残念ながら眠れそうにない。あの悪夢を見てしまったせいだ。
夢の中での私は十五・六歳の少年の姿をしており、戦場で剣を振って戦っている。そして前方から来た敵にぐっさりと心臓を刺されて殺されるのだ。その痛みと絶望が夢の中で私を襲い、いつも飛び起きて苦しむ。
この夢はもう十二年の間、毎晩毎晩私の元にやって来る。六歳前後の頃からもうずっとだ。決まって深夜の三時前後に起きてしまい、朝までずっと眠れない。そして昼頃睡魔が襲ってきて寝てしまうも、また悪夢を見る。私に安眠などという言葉はない。
悪夢のせいで、万年睡眠不足な上、精神的にも不安定。こんな私が社交界に出られるはずもなく、シュテルツ子爵の次女のアリステア(つまり私のこと)は病気なのではないかと噂されているそうだ。病気ではないが、ある意味病気よりも質が悪い。治る見込みなんてないんだから。
私の両親は既に他界しており、この子爵家は兄のカールが継いでいる。その兄は私の事を心配してくれているが、いつまでも兄に頼れないことは分かっている。なぜならば兄はつい先日お嫁さんをこの屋敷に迎えたから。いずれ子供も生まれてくるだろうし、いつまでも私がこの屋敷に居てはいけないだろう。修道院に入って神に仕えればどうにかなるかと考えたこともあったが、祈ったところで悪夢は離れてくれず、次第に信仰心も薄れていった。そんな私が修道院に入ったら、周りの人達に迷惑というもの。
なぜ私はこうなんだろう。どうして私が殺される夢ばかりを見るんだろう。私の望みはただ一つ、こんな悪夢を見ずにゆっくりと眠りたい。気持よく、のんびりとベッドで眠ってみたい。それさえ守られるならば、私はどんな事でも耐えられるのだ。
***
そんな私に、兄は縁談を持ってきた。
相手はユリウス様と言って、ケーベルシュテルツ侯爵家の次男だ。社交界に出ない私でもユリウス様の噂は耳にしたことがある。曰く、「控え目ながらも芯の強い、美しい青年」である。
ユリウス様は次男ということもあって、幼い頃からケーベルシュテルツの屋敷にはおらずに騎士団に所属をしていたが、跡取りであるお兄様が流行り病で亡くなったことで屋敷に戻され、家を継ぐことになった。長年騎士団でバリバリ仕事をしていたこともあり、気づけば今年二十八歳。家を継ぐこともあって、急いで結婚を決めたそうだ。
ユリウス様は美しく強い男性だ。そんな彼の結婚相手にどうして私がと怪訝に思えば、どうやら兄とユリウス様は割と仲がいいそうで、兄の方からユリウス様に結婚をお願いしてみたとか。ユリウス様もユリウス様で、結婚を決めたのはいいが、多くのご令嬢の中から結婚相手を選ぶのが面倒だったし、誰でも良かったからあっさり承諾して下さったと…。
私の知らぬところで全て整えられ、気づけばケーベルシュテルツ邸に入ることとなっていた。ゆくゆくはケーベルシュテルツ侯爵夫人としてやっていかなくてはならないけれど、上手く出来る自信なんてこれっぽっちもない。毎晩私を襲う悪夢と睡魔で頭が一杯だと言うのに…。私の為と思って動いてくれた兄には感謝をするところだろうが、実際は物凄く憂鬱だった。
「アリステア嬢、この屋敷を好きに使って下さって構わない。あなたはケーベルシュテルツ家の一員になるのだから。何か困ったことがあったら言ってくれるといい」
ユリウス様は噂通り美しい男性だった。そしてすごく礼儀正しく、優しく、こちらを気遣って下さる。こんな素敵で完璧な男性が私の夫になるという実感が全く沸かない上に、本当に申し訳ない。私みたいな、家柄だけが取り柄の地味で面白みもなく、悪夢持ちで万年寝不足の女を妻とするなんて。誰でも良かったとは言え、ユリウス様はもう少し吟味した方が良かったのではないか。
「私もいい年齢だ。こんな私に嫁ぎたいと思ってくれるご令嬢ならば文句はない。むしろ有難いと思っていた」
初めて一緒にした夕食の席でユリウス様はこんな風に仰ったものだから、思わず反論せずにはいられなかった。
「何を仰るのですか…。ユリウス様ならばどんなご令嬢でも嫁ぎたいって思いますよ!どちらかと言うと私の方が不釣り合いですよ…」
「それは買い被りと言うものだ。私はずっと騎士団に居たせいで、女性の扱いには慣れていない上に気の利いた事もできない。おまけにもうすぐ三十路だ。私の元に来たいという女性はあまりいないだろう」
そんな事はないと思うけれど。変なところでユリウス様は自己評価が低いようだ。いや、こういうところが「控え目」と言われる所以なのかな。ともあれ、未来の夫となる人は本当に良い方だった。