騒がしくも不思議なひと時
10月31日、ハロウィン。
そう、ハロウィンである。いつもは見慣れた大通りの雑踏の中に奇抜なのが混じっていてもこの日ばかりは誰も気にしない。当日が日曜と重なったこともあり、この騒動を止められるものは何一つない。
街は仮装した人々であふれ、日が落ちるにつれて今度は仮装していない人を見つける方が苦労するようになる。
仮装している人にとっては夢のような時間なのだろう。
「トリックオアトリ〜ト!」
少し前に佇んでいたジャックオーランタンがふいに目の前を行く魔女と魔法使いのグループに話しかける。手にはどこかの飲食店のメニューが握られているのだからおそらく客引きだろう。魔女達は少し考えたあと、カボチャの後ろの扉へ消えていった。
カボチャはというと一瞬こっちにも目をやったが仮装していない地味な格好をを確認すると別のターゲットを探しに人混みの中へと消えていく。
そんな光景を横目に見つつ早々と大通りを逸れる。
大通りを抜けた瞬間、さっきまでの人混みがうそのように途絶えた。もう二、三路地を曲がる頃にはあたりは閑静な住宅街に変わり、次第に大通りから聞こえていた喧騒も遠ざかり聞こえなくなる。
ほっと一息、コンビニにちょっと買い物に行くのも一苦労である。
「ねーねー、あの人とかいいんじゃない?」
「そうだね〜、ちょっと行ってきてよ!」
「え〜やだよ〜お姉ちゃん行ってきてよ!」
大通りから外れた住宅街。近くには人影はなかった。改めて見回しても、声の主と思われるような幼い子供どころか誰もいない。自分もハロウィンの熱に浮かされて幻聴でも聞こえたのだろうか。今日はさっさと帰って寝ようかな。
そんなことを考えて歩き出すと、
ーートテッ。
なにか軽いものにぶつかった。
見ると小さい女の子だろうか、ネコ科の耳と尻尾をつけて肩から小さめのカバンを掛けている。
「...」
「...」
無言の時間だけが流れる。咄嗟に声が出ず、女の子の方も何も話さない。
ふいに、耳がピクピクっと動いて、尻尾も一回だけ大きく波打った。本物の耳は髪に隠れていて見えなかったのも影響してか、その子がゲームなんかに出てくる本物の獣耳少女に見えて最近の仮装グッズは進化してるんだなあと少し驚いていると、
「お...」
上を向いた女の子は今にも泣きだしそうな顔で何かを言おうとしている。
「お...?」
「おかしくれなきゃいたずらする
ぞ!」
「...」
「...」
しばらく無言でいると、猫仮装の女の子は再び泣きそうな顔になって見つめてくる。こちらとしては最近同世代の人とすらまともに話していないのにてんやわんやである。
思考停止しかけた頭でようやく片手にコンビニの袋を持っていることを思い出し、中からちょうど買っていた袋に小分けで入っているチョコレートを取り出す。
ぱぁっ
っと効果音がつきそうなほど顔が明るくなる。
取り出したチョコレートの封を切り中から1つ、受け取ると早速封を開けようとする。
「あ、お姉ちゃんずるい!」
そう言って影からもう1人出てきた出てきた方に目を向けると服装や顔立ちなど瓜二つだった。双子だろうか。
「わたしにもちょうだい!」
そう言われて、もうひとつ、袋からチョコレートを取り出し、渡す。
やはりこっちもぱぁっと言う効果音が似合いそうなほどの満面の笑みで外装を剥がしにかかる。
2人同時に剥がし終わり、顔を見合わせるとそれぞれ手に持っているチョコにかぶりつく。
2人があまりにも幸せそうにチョコを頬張るのでついつい見いてしまい、食べ終わったあとの物足りなそうな顔を見てしまうとついつい次をあげてしまい、気がつくと袋の中は空になってしまった。
「「ごちそうさまでしたっ!!」」
そう言って、満足そうな顔をする双子に、今更ながらこんな時間に幼いふたりだけという異常なことに気がついた、迷子だろうか、その割には全然泣きそうであるといった感じでもない。
「君たちー」
不意に、通りを突風がかけぬける。突風は一瞬のことだったが咄嗟に目を閉じた。
「おじさん、甘いのありがと!」
そんな声が聞こえて、次に目を開けるとあたりにさっきまでいたはずの双子はいなくなっていた。まさか幻覚でも見てたんじゃないかと自分を疑ってみはしたもののさっき買ったコンビニの袋からはチョコの大袋一個分ぐらいの重さがなくなっており、中には大量のからの袋が入っていた。
時刻は午前零時丁度。
ハロウィンは終わり、新しい月がやってきた。
ー今年のハロウィンは街は騒がしかったけどちょっと不思議で悪くはなかったな。
そう思えたのは家に帰り、缶コーヒーを飲み干し、一息ついてからだった。