002 - 遠出
エルゼは街を出る。冒険者ライセンスを見せると、街の門番さんは「頑張ってね。」と手を振ってくれた。振り返す。
広く整備された道は一切の日陰が無く、陽炎があちこちに見え隠れしている。
「……やっぱり、暑い。」
自分の魔法で爽やかな風を送っているのだが、それでも日差しは防げない。日焼け止めの魔法も使っているが、効くかどうか怪しい。
一刻も早く洞窟へ辿り着こうと、その足を速める。この暑さだからか、道を歩く人も少ない。馬車が時折、エルゼの横を通るが、その度にエルゼは馬車を睨みつけていた。
「もっと高ランクになったら……絶対に飛竜を購入する。」
この時、エルゼは強く心に決めた。飛竜は文字通り飛ぶ竜。一つの種族として成立している竜族とは異なり、普通の魔物の竜を騎竜としてモンスターテイムしたものだ。そんな特別なスキルが無いエルゼには買うしかない。
「山が高いな……。」
太陽を見ないように上を見上げると、辺りは山に囲まれている。冒険者が国の法律に縛られずに活動できる、自由都市エルメス。そこでエルゼは生まれた。エルメスは冒険者ギルドが統括していて、最低限の殺人禁止や盗み禁止などの規則が存在するが、国の厳しい決まりは守る必要が無い。
その最もな例が貴族に対する対応だ。自由都市以外では、貴族は絶対の地位であり、それ相応の礼儀で接しなければならない。
だが、自由都市であれば、冒険者ランク以外に上下関係が存在しないのだ。つまり、自由都市を治めるのは、ギルド内最強の冒険者であるのだ。
現在のギルドマスターは35歳。Level.198……もはや災害級である。ランクとしてはTT級冒険者。国の騎士団長でもLevel.127なのである。
ギルドマスターはギルドを率いる前の時点で、とある事で有名であった。
────勇者。異世界から来た選ばれた者なのだ。特別なスキルを幾つも所持し、もはやズルとしか言えないスピードでそのレベルまで達したのである。
エルゼは勝てないとは思いながらも、イケメンなギルドマスターに憧れる一人の少女なのだった。
⁂ ⁂ ⁂
「やっと……着いた!!」
街から二時間歩いて漸く目的地に到着。目の前には小さな洞窟がポッカリと穴を開けている。
「これが初めての依頼。頑張らないと!」
声に出して気合を入れる。エルゼの足は少し震えている。これを武者震いと言えば、威勢が良いが、そうではない。怖いのだ。もう一人。誰かがいれば、その震えも止まった事であろう。
だが、軽い緊張は警戒心を強める点でも良いとされる。エルゼはこのような街の外の依頼に慣れる為にも、採取などではなく、この依頼を選んだのだ。
「じゃ、じゃあ、入るよ……」
この洞窟に住人はおらず、わざわざ許可をとる必要も無い。やはり、エルゼは緊張していた。
「うわわわ! 寒くなった!」
自分に施している【爽風】は涼しい風を送るが、寒い所で使えば寒い。この洞窟は一歩足を踏み入れた瞬間、温度が10℃以上下がったのである。
慌ててエルゼは魔法を解除する。それでも短めのスカートを履いているエルゼにはあまり変化が無い。
「今度は寒いの? ……勘弁してよ」
真夏から真冬。酷い温度の代わりようにエルゼは軽く愚痴を吐く。誰いないところならこれぐらい許されるだろう。そう、自分に言い聞かせて。
エルゼは【点灯】という魔法を使う。明るい光の玉を出す魔法だ。目の前をプカプカと浮いている。これで洞窟でも安心だ。
「道はまっすぐ、だね。」
何の捻りもないただの直線。一応、目に見える何らかの痕跡が無いか調べる。罠の類いは前の調査隊によって解除されただろう。そこは気にしていない。
「本当に誰もいないのかな……?」
エルゼの喋る声は洞窟によく響く。これは声が高いのもあるが、全く音がしないのだ。まるで外界と隔たれた世界のようだ。
「おーい……誰かいますかー」
小さな声で、誰も聞こえないような小さな声でエルゼは言う。本当は大声で尋ねたかったが、エルゼにそんな勇気は無い。
何処かで水滴のぽつりぽつりと落ちる音がする。まだまだ奥が続いているようだ。道に沿って突き進んで行く。歩くに連れて、その足取りは軽くなっていた。
何も無いからだ。身の危険が無いと感じたエルゼはすっかり気を抜いている。そればかりか鼻歌を歌っているのだ。まさに大胆。
そのまま奥へ奥へと進むのであった。