29 学校生活の始まり
その29です。
額に軽くハンカチを当て、紅茶(?)で喉を潤した山井嬢は、改めてイロハへ正対する(やっぱり大仰な動作で)。
「カワイイロハさん」
「は、はい?」
「何度か手紙を出してるから承知してると思うけど、改めてお願いするわ」
ばっ、と両手を広げたのでイロハ嬢がさすがに後ずさる。水筒の中身はアルコールだったのではないかと疑いたくなる唐突な行動だ。
続けて、優雅な微笑み(ドヤ顔とも表現される)とともに、スパッと空気を切り裂くかのような勢いで右手を差し出した。
「これからの皐会に、貴女の存在は必要不可欠よ。私たちと一緒に伝統を築いていきましょう!」
所作の一つ一つはいちいちアレだったのだが、ここまで自信満々に完遂されてしまうと、むしろ感心するレベルである。
完全に劇場と化した教室で、観衆たちが主演女優二人の動向を固唾を飲んで見守る。まばたきすら遠慮したくなるほどの緊張感が場を支配していた。
やがて、イロハがやや緊張した面持ちで口を開く。
「すみません。何度も返事を書いたように、あたしは皐会に入るつもりはありません。家庭の都合で引っ越してきましたが、学費は自分で賄うために、アルバイトをもう決めてあります。今日も、これからアルバイト先へ挨拶に行かなければいけないんです。すみませんが、失礼させてもらいます」
一息に言い終えると、一礼をして逃げるように――いや、文字どおり逃亡した。
あまりに素早過ぎて、止めるどころか声を発する暇すらなかった。
さすがは世界の頂点を狙える逸材と目されただけはある。




