182 凱旋魔王
その182です。
脳味噌が沸騰したかのように歓呼の雄叫びに湧く群衆たちの中で、一人だけその熱情から完全に隔絶しているかのように佇む人影があった。
フードを目深にかぶって完全に顔や体型を隠しており、怪しいことこの上ないのだが、今の状況では見咎める人間はいない。それでもノリの悪さを指摘する声がありそうなのだが、誰もその人物を気に留めていない。まるでそこには誰もいないかのように。
「ふふふ……」
小さな笑い声が漏れ始めるが、それでも周囲の関心は向けられない。そして、その人物はそれが当然であるかのように、次第に声を大きくしていく。
「ふふ、――っはははは! あははははははっ! 愉快だ! 愉快じゃないか!」
その声は、他の怒号に近い歓声に比べたら微風のような声量だった。
けれど、男にしては高く、女にしては低い、よく通り好奇さを感じさせる――ゲアハルトのような好奇な身分を想起させる声音は、周囲の雑音を封殺するかのように明瞭に響いた。
しばらく笑い続けていた彼だったが、唐突にくるりと踵を返す。
「ははは……たまには虫の知らせとやらに従ってみるものだな。あまねく世界を渡り歩いた先に、このような高ぶりを得られようとは……うふふ」
すらすらと熱狂の中を歩み進むその身体は、誰にも触れることはない。蝶が人の手からすり抜けて飛び去っていくかのように、重さも澱みも速さも感じさせない動きである。
「愉快だ。この馬鹿らしい熱狂を焼き焦がす愉快。ならば、用意しなければなるまいな。この愉快な茶番に負けないもの――目を瞠る劇的な舞台を!」
唐突にその姿は喪失する。一瞬、笑い声と怪しげな人影を見た気がした者もいたが、周りの騒ぎに流されてあっさり忘却してしまった。
次がラストです。