180 凱旋魔王
その180です。
この時、エックホーフ伯は騎士団の寮を兼ねた別宅で一息つこうとした矢先だった。
自分の優位性を確保するため、今回はとにかく短期決戦で臨み、そしてほぼ予定どおり蹂躙し尽した。予想外のアクチデントも当然発生しているが、現時点では軌道修正可能な範囲で収まっている。
そして何より、あのラインターナーをほぼ封殺できたのは大きかった。
時間を無駄に浪費すれば、あの老人があれこれと手を打ってくるのは明白だ。それを許してしまえば、エックホーフの手に鎖が繋がれる危険も発生し得る。それだけは問答無用で回避しなければならない。
一日に満たない時間で、誰の干渉も受けず決着させる――この難事を、リンクス騎士団は見事果たしてくれた。彼らを庇護したことこそ、エックホーフにとって人生最大の成功だったと言える。
賭けの勝利で精神的に満たされた彼が、少なからず披露した身体にアルコールという慰撫を与えようとしたその瞬間に、魔王サマの声が響いてきたのだ。
思わずバルコニーに歩み寄った彼は、中空に浮かんでいる悪夢の化身と呼んで差し支えのない巨大な何かを目の当たりにし、そのまま彫像のように固まってしまう。
「……エスマルヒ」
どうにか数秒で我を取り戻した伯爵は、すぐ近くにいるであろうリンクス騎士団団長へ声をかけた。案の定、視界には入らないが気配が動くのを感じる。
「お前がニホンで見たという、切り札とやらがアレなのか……?」
「仰るとおりです」
返答は簡潔だ。だからこそ重い。
エスマルヒの報告は間違ってなかった。こんなシロモノがどう動くかなんて、実際に視認している今だって理解が追い付かない。あらゆる常識を根底から破砕してくれた。
「エスマルヒ」
「はい」
「私は、怖い」
「……私もです」
部下の言葉が本音かは図れない。だが、口が堅い腹心へ弱音を吐き出せたのは、エックホーフの精神を安定させるのに充分だった。
本日はここまでです。