179 凱旋魔王
その179です。
それ《・・》は、説明し難い存在だった。
王都の中心である城に並ぶようにして浮揚しているそれは、形状も色彩も、そして醸し出している雰囲気に至るまで、どれもこれもヒトが作ったモノとは考えられない。
ビゼンテル三世もラインターナー伯も、国家の要職に就く身であるので、一般庶民が出会うことのまずない海千山千の者達と渡り合ったことはある。文字どおりの化物だって、内面が悪魔のような邪悪な人間だって、望まなくとも対峙してきた。
だが、これはまるで別の何かだ。
人間の魂の奥の奥を揺さぶるような異様な巨体は、貴族であろうが商人であろうが奴隷であろうが、大人であろうが子供であろうが老人であろうが、すべて一律に畏怖以外の感情を封じられてしまう。
陽が傾き始め、夕食の準備がそろそろ始まろうかという時間に突如現れた特大の異物に、シェビエツァ王国の首都があらゆる活動を停止させられていた。
(これが――これが、これが魔王なのか? どっちの魔王なのだ?)
城下の人々と同じように、ただ茫然と巨像を眺める国王の頭に、そんな言葉がよぎった。この禍々しい巨大物体は、魔城の奥で復活を待っていた魔王なのか、それとも異世界ニホンから派遣されてきた魔王なのか?
どちらであったとしても、ビゼンテル三世は自らの蒙昧さを、今さらだが猛烈に後悔した。「魔王」を自称する存在を軽く考えていた。とどのつまり、国王自身も危機管理に関しては反国王派と大した差はなかったと思い知らされたのだ。
無論、それは傍らのラインターナーも同じである。あの魔城の異常な堅牢さを知っていたからこそ、異界の魔王とやらをけしかけてみた。おそらくは攻略を諦めて引き揚げてくるか、良くて相打ちだろう――と。
その結果が現状だ。
都が、人々が一瞬で滅せられかねない危機のただ中にあるというのに、誰も恐怖で動けず、相手が見逃してくれる幸運が訪れるのをひたすら祈るばかり。
『あー、マイクテストマイクテスト』
巨像からと思しき声が響き渡る。
意外と可愛らしい、少女のような声音は、人々を逆に不安な気分に陥れた。
『では、自己紹介を始めるのだ。我が名は空の魔王、ルデルなのだ!』