178 凱旋魔王
その178です。
「老いで人を見る目が衰えたということでしょうな。ニホンの魔王すらも――」
「いや、私が甘えて頼り過ぎていたのが悪いのだ。私が一人前の君主であれば、エックホーフが暗躍するような環境を与えずに済んだのだ」
ビゼンテル三世の胸に苦いモノが広がる。自分なりに努力はしてきたつもりではあるが、所詮は些細な一手に過ぎなかったと突き付けられた気分だ。エックホーフが本気を出せば、かくも簡単に逆転されてしまう。
今まではそれでも騙し騙しで過ごしてこられたが、いよいよ限界が来た。エックホーフがこちら側に転向してきたことで、勢力図は徐々に塗り替えられていくのは確実だ。
素敵な未来など思い描けない二人の元に、更なる災厄が訪れる。
「国王陛下。緊急事態です」
扉の外からの緊迫した声に、二人は頭を切り替えた。
何事か、とラインターナーが尋ねるが、どうも要領を得ない。訳の分からない何かがこっちに向かって飛んできている、なんて理解しろというのが無理な相談である。
不毛な会話へ陥らないうちに、国王が自ら立ち上がった。
「もうよい。私が直接監視室へ赴こう」
「へ、陛下! それは……」
部屋の外からは制止させようとしているが、部屋の内にいるラインターナーは半ば諦めていた。
本音を言えば、ラインターナーも気分転換のために外へ出たかったのである。ついさっきまでの陰鬱な気分を一掃できるなら、ある程度の厄介事も歓迎したい気分だった。
それに、城の内外に施された「感設置」魔法を集約している監視室は、説明するまでもなく王国にとって重要施設の一つであり、その防御の堅牢さは折り紙付きである。城外へ出て行くわけではないから、まだ大丈夫だろう。
国王が自分の足で監視室へ向かうなど異例だが、強固な反対の声が挙がらないのを考えると、想像以上に事態は深刻なのかもしれない。ビゼンテル三世も先程までの憂慮を捨て、意識を完全に切り替えた。
(よもや、これもエックホーフが……いや、まさか……だが、この状況で姿を見せないとなると……)
朝から落ち着くことのない城内の空気に、ラインターナーは必要以上の疑心暗鬼に苛まれていた。