177 凱旋魔王
その177です。
「にわかには信じ難い話であったがな」
シェビエツァ王国の王であるビゼンテル三世の呟きに、腹心のラインターナー侯爵も「まことに」と頷く。
夜が明けてから、城内は急転直下の連続だった。
反国王派の首魁的な位置にいたエックホーフ伯の突然の翻意から始まり、モーダーゾン侯爵への逮捕拘留、ブルンニーカ連邦の潜入工作員や過激派集団のアジトに対する強襲等々、朝食が用意される前から書類が山と積み上げられていく。
あまりの唐突さに、逆に不吉なものを感じたビゼンテル三世を前に、エックホーフは頭を下げてこう告げた。
「私は国の将来を憂いていますが、国を売る気は毛頭ありませぬ」
無論、額面どおりに受け取るわけにはいかない。だが、これで王国内の混乱が一気に集束へ向かい始めたのも事実である。
かくして、逮捕者が3ケタに迫る一大事件は太陽が沈む前に幕が下りようとしている……はずだった。
「しかし、これからが問題だな」
「仰るとおりです。正直、私ごときでは最早……」
ラインターナーが弱音を吐くのは珍しい。とはいえ、今後を考えると多難などという言葉では足りない道程となるであろうことは明白だ。
この一件で、貴族や承認、外国のスパイ等々、王国内の「膿」が大量に排斥された。だが、日本で言うところの「水清ければ魚棲まず」の格言にあるとおり、清廉潔白だけでは政治が成り立たないのも残念ながら事実である。
加えて、この一件を完全に仕切ったエックホーフにすれば、自分に利する者とそうででない者との選別を速攻で終わらせてしまったと言っていい。自分の閥にまとわりついていた贅肉を削ぎ落とすのに格好の機会であった、と笑っているだろう。
わずか一日にも満たない時間で、エックホーフは辣腕と恐怖で影響力を更なる高みへと積み上げた。
彼に比肩できるのは、先王の時代から懐刀と呼ばれたラインターナーとなるのだが、壮年期であるエックホーフと渡り合うには生まれた時期が古過ぎた。弱気になってしまっても文句は言えない。
……というか、確固たる証拠のもとに逮捕された面々の中に、宮中伯の一人であるモーダーゾン侯爵が首班となっていた事実も衝撃的だったが、ラインターナーが自らの後継と考えていた若い貴族がいたというのだから、気力がドッと落ちてしまうのも道理だろう。