166 魔王対魔王サマ
その166です。
バイラーは近衛騎士団の第一師団第二連隊長という役職に就いている。
この地位へ辿り着くまでには様々な任務を経験してきたし、一歩間違えれば死んでいたと背筋が凍ったことも一度ではない。
だが、今こそ彼ははっきりと悟った。
例えば、嵐によって砂浜に打ち上げられてしまった魚のように、己の力では抗えない理不尽な力の前では成す術なくねじ伏せられた末に安らかな死を一心に乞い願うしか選択肢は残されていないのだ、と。
この時のバイラーは、人生を賭けて築き上げてきた武人としての矜持も、王族を守護するという騎士として最高の名誉も、すべて余さず破壊され零れ落ちていた。
ゲアハルトことゲアリンデも同様であった。
本物の恐怖を前にすれば、王族だの騎士だのといった肩書なんて羽根よりも軽く紙縒りよりも細くて頼りないモノだ、と痛感させられる。
そしてカウニッツも、知的好奇心も命あっての話なんだ、と今さら気付いた。
知識欲は死の恐怖を凌駕すると思い込み、その信条があったから魔城まで付き合ってきたのだけど、思考の奥深くでは「自分は安全圏で守られる」と安心していただけだったのだ――と喝破された気分だった。
他の騎士たちも含めて、全員揃って恐怖に打ちひしがれて思索に耽る余裕すらなくなっている。まるで石像のように微動だにしない。
そんな異様な状況の中、呑気な声が上空から響いてきた。
「では、念のためにもう一度繰り返すが、穴から顔も出さないようにするのだ」
……そういうことか。
心のどこかで疑ってはいたが、実際に声を聞いてもなお異形がルデルによる何かだとは信じ難かった。
いよいよ対決が始まりそうですね