156 強行行軍
その156です。
程なくして、カウニッツが朝食の完成を告げた。
ぐつぐつと小気味よい音を立てている鍋の周りに集まると、食事が――と思いきや、騎士たちは料理を盛った皿を手に再び警戒する位置へ戻っていってしまった。勤勉な職務姿勢に頭が下がる。
料理そのものは、干し肉と適当な野菜を煮込んだポトフ的なものだ。王族であるゲアハルトが口にするとあって、肉は元が乾物とは思えない厚さと柔らかさであったし、一緒に煮込んだ香味野菜も味と香りと食欲を高めてくれている。
(ぶっちゃけ、こっちに来てから一番美味いメシだ)
(同感です)
ヴェリヨの囁きに、泰地は全面的な賛成をする。無論、空腹という最高のスパイスが加味されていることも忘れてはならないけれど。
さて、少年の頭上を陣取る魔王サマは不満そうだ。しかし、これは単純に「牛乳がない」なんて不満に起因するものなので、特別に気を回す必要はないだろう。
一方、ゲアハルトことゲアリンデは――微妙な気分に陥っていた。
煮込み料理の味には文句はない。むしろ美味しいという感謝の念がある。カウニッツが何度も心配そうに顔色を窺ってくるのはどうかと思うが。
彼女にとって直近の問題は、孕石泰地少年である。さっき川辺に並んだ時から、視線を合わせようとしないからだ。
一緒に足を川面につけたのは、王族であるゲアリンデとしては人生最大の恥ずかしさと称しても過言ではなかった。素足を異姓に曝したことなどないのだから。
とはいえ、いわゆる「裸の付き合い」なる行為で互いの距離感が縮まる、という知識は彼女も知っている。だからこそ、一時の恥をかなぐり捨てて行動したのだ。
にもかかわらず、むしろ遠巻きにされているような距離感になってしまった。まるで、最初に城で顔を合わせた頃のように――――
「あっ、あのっ! ルデル様」
ゲアリンデは唐突に立ち上がると、驚く泰地を無視して魔王サマの耳元に口を寄せる。
(すみません。もしかして、昨晩の襲撃の際に、タイジ様の目を……)
(おお。そういえば、視界の感応力をまた最大に上げたままにしていたのだ)
(…………)