152 強行行軍
バイラーとの打ち合わせは、ゲアハルトを愉快な気分にはさせてくれなかった。明るい材料などないのは分かっていたが、やはり沈んでしまうのを抑えられない。
馬車の中でも話していたとおり、日の出前から出発したおかげで時間には相当の余裕がある。朝食を摂り、一息入れてから出発しても、昼過ぎにはイツェローに到着できるだろう。
ただ、問題は妨害工作だ。
今まではエックホーフ伯に注意の大半を傾けていたのだが、昨晩の襲撃で別の勢力にも警戒せねばならなくなった。しかも、その勢力は正体不明な上に、この手の荒事に慣れてないらしいから頭が痛くなる。
「信頼できる相手がほとんどいないと言ってもいいです。我々だけならば、一気にルラント岬へ向かうか、王都へ帰還するかなのですが……」
イツェローなど前線の駐屯地に派遣された騎士たちは、どうしても厭戦派になってしまう割合が高い。家族と離れねばならない辛さや、魔王がいつ復活するか分からないというストレスに晒されるのだから、これを責められるはずがないというものだ。
けれど、それが王家や貴族に対する怨みに転嫁されたり、「早く故郷に帰してやろう」などという甘言に利用されたりしたら堪らない。
「エックホーフ伯だけでも厄介なのに、荒事に慣れてない者まで手を出してくるとなると……」
「最悪、周辺国による介入の好材料にされますな」
バイラーの返答に、ゲアハルトの頭痛はますます強くなる。そう、小悪党が不用意に動いた結果、他国からの干渉を許す事態になりかねないのが問題なのだ。
予定を変更して、イツェローではなく別の駐屯地へ回るのも一つの手段ではあるが、無駄に時間を浪費すると王都で不測の事態が発生する可能性もある。非常に悩ましい袋小路に追い込まれた――というのが騎士たちの認識だった。
……まさかエックホーフが一夜のうちに寝返って、反対勢力を精力的に追い込んでいるとは予想できるはずもない。