148 強行行軍
その148です。
一方、馬車の前方はむさ苦しい鮨詰め状態となっていた。
御者を務める若い騎士とカウニッツだけなら座席に余裕があったのだが、そこに筋骨隆々のヴェリヨが(上半身だけとはいえ)割り込んできたから堪らない。空間および精神的な密度が限界ギリギリだ。
(夜中で速度が出せないのが救いだな)
夜明けまではまだ時間がある。いくら舗装された街道を走っているとはいえ、ランタンの明かりだけが頼りでは速足が関の山だ。御者でなくとも神経が磨り減る道中である。
「ところでよ、カウニッツ」
ヴェリヨにいきなり馴れ馴れしく呼びかけられたカウニッツは、どう反応すればよいのか判断できないまま「は、はいっ?」と裏返った声で返事をしてしまった。若い騎士の「仕方ないよな、ウン」という同情の表情が羞恥を加速させてくれる。
無論、そんな相手の胸中など斟酌しないヴェリヨは、さっさと質問をぶつけた。
「さっきの襲撃、例のエックホーフ伯の仕業じゃないなら、他に心当たりはあるのかい?」
「心当たりですか。えっとですね、現状で推測できる範囲で答えるなら――」
襲撃者たちは、その戦法から南方系であると考えるのが自然だ。ブルンニーカ連邦に属する小国の多くは密林に覆われており、狩猟で生計を立てている。
土地をほとんど拓いていないので、風の魔法で足音や匂いを消した上での短剣による奇襲が基本であり、弓矢や槍は重要視されてないらしい。
「なぁるほどね。あの時に物音が全くしなくなったのは、そういう仕掛けだったわけか。じゃあ、そのナントカ連邦と繋がりが深いのが容疑者って訳か」
「ただ、それだけでは数を絞れません。我が国と連邦とは、表立っては敵対していませんし、貿易や文化的な交流などもしています。しかも、いわゆる裏社会にさほど詳しくない人物となれば貴族だけに留まりません。とてもじゃないですが、特定できません」
「さすがは学者さんだけあって、真面目クンだなぁ。政治家とかなら、自分の政敵をこじつけで首謀者に仕立て上げるだろうに」
はっはっは、と笑う巨漢だが、学者はもちろん騎士も同調できるはずがなかった。