139 大山鳴動
その139です。
「ところでゲアハルト殿下は、よもやその一件を私が道筋を整えたと思っているのではなかろうな?」
エックホーフが笑いを堪えながら尋ねると、エスマルヒは即座に否定した。
理由としては、暗殺者たちの後始末を駐在の騎士団に任せている点と、夜が明けるのを待たず出発した点である。
この二つの理由に、侯爵は満足したように頷いた。
「なるほど。私が手を下したと考えるのなら、同じく息がかかっているであろう駐在の騎士団を頼れないし、急いで闇の中を動く愚も冒さない、と。……ふふふ、私もなかなか信頼されているようだな?」
同意を求められたが、どう返せばいいのやらエクヴィルツには分からない。そして、経験からこの場は沈黙が正解だとも分かっている。
ところが、エックホーフは更に追撃してきた。
「さっき、不満があると言ったな?」
それは事実だ。
エクヴィルツにとって侯爵に対する信頼や忠義に一切の揺らぎはない。だからといって不満が生まれない道理などない(わざわざ口頭で伝えるのは珍しいが)。
もちろん、そんな部下の本音を見透かしているエックホーフは、破顔の一歩手前を維持しつつ語りかける。
「数時間前はともかく、現在の我々は国王陛下の方針に賛同する立場だ」
仰るとおりです、とエスマルヒが答える。
「その国王陛下が下した決断を挫き、あまつさえ祭騎士たる王子殿下の暗殺までも企てた不忠者がいるらしいな?」
仰るとおりです、とエスマルヒは繰り返す。
「エクヴィルツよ、不満を発散するには、仕事に打ち込むのが良いかもしれないぞ?」
侯爵から放たれた冷たい眼光に、エクヴィルツは「はッ!」と姿勢を正す。すぐさま回れ右をすると、先ほどの不満など完全に忘却の彼方へ飛んでいた。
次回からはまた新たな展開になります。