138 大山鳴動
その138です。
それはそれとして、とエスマルヒは口調を変えて強引に場の空気を変えた。
「エクヴィルツが不満そうですな。ここはひとつ、自分がここに着く間に小耳にはさんだ、ちょっと面白い話でもしますかね」
わざわざ前口上をするのだから、普通に冗談話を広げるのではないのだろう。エックホーフは背もたれに身を沈め、微笑で先を促す。
「どうも、モーダーゾン侯爵が、ブルンニーカの暗殺団にゲアハルト王子一行を襲撃させたようです」
「ほほう?」
おそらくは、エックホーフも太陽が真上へ昇る前には得られたであろう情報だが、夜が明ける前に入手できたのは大きい。リンクス騎士団団長の面目躍如と評すべき手際である。
これには副団長も舌を巻かざるを得ない。
団長の抜け目なさにはいつも驚かされるが、今頃はセボルの街で休んでいるゲアハルトたちの動向を監視し、更に襲撃者の背後まで洗ってあるとは予想できなかった。
加えて、彼がもたらした情報のトンデモなさにも呆れてしまう。
モーダーゾン侯爵と言えば、エックホーフと同じ宮中伯の一人であり、立場的には国王寄りだと知られている人物である。とはいえ、その一方でシェビエツァ王国の南方に隣接するブルンニーカ連邦とは先祖代々からの親交があるのも周知の事実だ。
自分の立場や主義を強く主張するタイプではなく、かといって冷静・狡猾に事態の推移を観察して判断するでもない、要するに「甘やかされたまま大人になってしまった坊ちゃん貴族」の典型、とリンクス騎士団では評価されている。
エックホーフの表情が愉悦に変わる様を、部下二人は黙って見守った。