108 帰宅までが宴会です
その108です。
ゾクッ、と悪寒が走るのを、いろはを含めた会場の半数近くが感じた。更にその半分が、周囲の風景がわずかに揺らぎ始める感覚に陥った(これもいろはを含んでいる)。この場に泰地がいたら「あの廃ビルの時と同じだ」と青くなっていただろう。
「本日貸切」の札を提げてある玄関が、一人の少女によって開かれていた。
いち早く反応したのは、店主である幹事の従兄弟だ。保護者としてカウンターに座って過ごしていた彼は、鍵をかけていたはずといぶかしみつつも速足で玄関へ向かう。
「すまないが、今の時間は貸し切りで、そもそもここは学生のキミが入る店じゃない。おとなしく帰ってくれないか」
少女の鼻先で仁王立ちになる。
百八十センチで百キロ近い体重の持ち主である男性を前にすれば、普通の女性なら素直に従って回れ右するはずだった。
しかし、店主の巨体が宙に舞って壁まで飛ばされた事実に、その場にいた全員が余さず異常事態の発生を認識させられた。メゾネットの二階にいた長谷野たちも、大きな音がすればイヤでも気付く。
蚊の羽音のような小声で何かを呟きながら歩き始める少女の姿に、幹事の何人かが「あれ? あれって――野久保?」と戸惑いを表す。
確かに闖入者は、いろはの記憶の隅に留められていた野久保麻佐美だった。しかし、様子が尋常ではないのは明らかだ。陳腐な表現だが、悪魔に憑かれたかのような異常なオーラに包まれていた。
「ナんデ……あタシを、ムシシテ……バカニ……」
歪みが徐々に強くなり、いろはは軽く吐き気を覚えた。
煩悩の数ですね。