98 汚れた部屋へ
その98です。
彼の姿を確認すると同時に、雪郷と大陽寺は姿勢を正した。
「奥墨警視長、お疲れ様です!」
元気よく挨拶をする大陽寺に軽く手を挙げるその人物――奥墨は、外見を説明すると手塚治虫作品に出てきそうな――顔面は「鉄腕アトム」の天馬博士、頭部はお茶の水博士といった印象の人物である。
私立大を卒業後に警察庁のキャリア組となり、外務省へ出向するなどして順調に実績を積み上げ、現在は公安の実質的なリーダーとして陰に陽に活躍している。
警察庁内でも特別≪アンタッチャブル≫な存在として畏怖の対象となっており、キャリア組では目標と設定している者も多い。もちろん、大陽寺もその中の一人だ。
「雪郷。そろそろ時間だ」
奥墨に促され、雪郷はまだ半分以上残っていた六本目の煙草を灰皿で押し消す。
質問をしようとする大陽寺に、奥墨はその目を見据えながら口を開いた。
「大陽寺よ。お前が進めている警察庁内全面禁煙運動、私も応援しているぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
背筋をピンと伸ばす大陽寺に、奥墨は軽く頷いて背中を向けた。その後を雪郷が続き、有無を言わさず喫煙室を後にする。
「いいんですか?」
「なにがだ」
「警察庁内全面禁煙って、奥墨さんだって愛煙家でしょう」
「分煙なんて馬鹿らしくて面倒なだけだ。止めるなら中途半端にせず、一気呵成に終わらせる方が効率的だ」
「効率だけで考えないでくださいよ……」