第7話 至福の時
「ここなのですよ!」
そう言ってノエルが連れてきてくれたところは「レストラン クレシェント」という看板がある赤と白のレンガからなるシンプルなデザインの建物だった。建物からぶら下がったランプが作り出す光と影のコントラストが美しい。店の外観からして高級感が漂っている。
ノエルの行きつけの店なのだろうか?懐が全く温かくない俺には縁遠い店っぽいな。
「ここにはよく来るのか?」
俺はさりげなくノエルに質問した。
「違うのですよ。知り合いが教えてくれたのです」
そう答えるとノエルは金色の装飾を施された木製のドアを開けた。
「いらっしゃいませ、お二人様でよろしいでしょうか?」
そう言ったのは30代くらいの男だった。スーツのような服を着ており、細身なのだがガッチリとした体躯だ。髭はきれいに剃られ、髪の毛を七三分けにしておでこを出しているため清潔感を感じる。
「はい」
ノエルが答えた。
「ではこちらへどうぞ」
俺たちは店員について行き、席に座った。店の内装だが、店の中央の天井に大きくて豪華なシャンデリアが店内を照らしている。明るすぎず暗すぎない。俺が座った椅子は木製で、腰を掛ける部分だけ皮が使われている。目の前にあるテーブルには純白のテーブルクロスの上に、シャンデリアの光を反射したコップ、フォーク、ナイフとスプーンが並べられていた。本当に高級そうだな。
「こちらメニューでございます」
店員は俺とノエルにメニューを手渡した。さて、なになに・・・。
アンデル産ジージャー牛のステーキ、カルピーク湾産ロックフィッシュのムニエルか。
料理名はわかるのだが食材はどういったものだろうか。ウルフとシルバーベアーと闘ったとき、狼と熊のような容貌をしていたことからおそらく牛と魚に似たものだろう。
「タクミは何を注文するのですか?」
「俺はよくわからないからノエルと同じものを食べるよ」
「わかりました。では、肉料理をお願いします」
「かしこまりました」
注文を受けると店員は厨房へ行った。
肉料理か。肉汁があふれ出た肉にかぶりつくのはなんともいえない悦び。俺は肉が大好物なのだ。
「知り合いが、ここの肉料理は絶品だと教えてくれたのです」
「それじゃあ期待しておこうかな」
そんなふうにノエルと談笑しているとしばらくして店員が料理を運んできた。
「アンデル産ジージャー牛のステーキでございます」
店員はじゅうじゅうと音がでている鉄板とパンをテーブルに置いた。
鮮やかな赤色のトマト、
程よい焦げ目がついている黄金色のポテト、
水気がついたことで輝く緑色のアスパラガス、
様々な色の野菜が彩られている。メインのステーキは厚さ3cmで鉄板から少し飛び出しているほど大きな肉の塊だった。切れ目からは肉汁が溢れ出して熱い鉄板の上で飛び跳ねていた。
これだよ、俺が求めていたのはこれなんだ!
ステーキにはソースはかかっておらず大きな白い塊の岩塩が散らばっていた。
ステーキを一番おいしく食べられるのは塩だ。ソースをかけた肉というのは、肉が上質ではないからごまかしているだけなのだ。
俺はフォークとナイフを手に取り、ステーキの左端を左手に握るフォークで固定して、右手に握るナイフでゆっくりと切る。
するとスッとナイフが肉を切り落とし、同時に少しばかりの肉汁がより一層じゅうじゅうと鉄板の上で鳴り響いた。
俺はフォークに刺さった肉を口に近づけてパクり。
「・・・・・・!」
なんということだ、口に入れた瞬間に肉が溶けてしまった。自然と頬が緩んで声を出すことができない。普段なかなか食べることができなかったステーキ。これはなんともいえない至福だな。
「こ、こりぇはとっひぇもおいひいれふね・・・!」
ノエルも同じように頬が緩んだのだろうか、何とかその感想を言った。
俺はもう一度ステーキを切り、今度はパンにバターを塗って一緒に食べた。
「・・・・・・・・・!」
こんどはもう頬がたるみ切ってしまったようだな・・・。こんなのを毎日食べていたら舌が肥えてしまいそうだ。
俺は生きていることに感謝―――いや、死んだことに感謝をしながら食べ終えた。
女神様ありがとうございます。俺、木崎拓海は幸せでございます。
「美味しかったですか?」
「それはもう勿論だよ!こんなおいしい肉を食べたのは初めてだ!」
「ふふふ、私に感謝するといいのですよ!」
ノエルは少しえっへんと鼻を高くしたように言う。すぐに調子に乗ってしまうノエルが可愛かった。そして俺たちは会計を済ませて店を出た。
帰り道、突然ノエルが
「タクミ、おぶってほしいのです・・・」
と言った。レストランで出された料理があまりにも美味しくて味わって食べていたので、成長期のノエルが眠くなるような時刻になっていた。
するとノエルが俺の首に手をまわし、強制的におんぶする形になった。うぉ!?
ノエルの胸はないものばかりだと思っていたが背中にはフニフニとした柔らかな感触を感じる。やはり、ノエルも女の子ということか。しかし、これはまずいぞ。恋愛経験皆無の引きこもりが対応できるわけがない!
このまま教会の宿泊所に戻ってもいいのだが、朝起きたときにノエルにケダモノ認定されて黒魔道を受けるという未来が見えた。また死ぬのは嫌だ!痛いの無理!
「お、おい起きろって!お前いつもどこで寝泊まりしてるんだよ!」
俺は体を揺らして起こそうと試みる。
「・・・・・・・・・」
返事がないただの屍のようだ・・・・・・。俺はこのまま立ち止まっていても無駄だと思い教会へ歩いた。そして女性冒険者に頼みこみノエルを預かってもらった。
少し手がかかってブラックなところもあるけれど、年下の女の子と食事をしておんぶをしながら帰るなんてそうそうあることじゃない。俺はノエルに感謝の念を抱きながらベッドに横になった。
あぁ、なんだか俺充実してる気がする。