9 お茶会に招待されました
ある日のこと、部屋のドアをノックする音が聞こえてキーロがニコニコしながら入室してきた。
「マリィ様。本日の午後、エグザティユル様がお茶会にどうかと御招待がきております。」
エグザティ・・・、誰だっけ?眉を寄せて考え込む私の様子にキーロは補足をしてくれた。
「エグザティユル王女殿下です。マリィ様と是非お茶会をしたいと仰ってます。」
おお、あの可愛い子ちゃんか!たしかそんなような名前だった気もする。私は喜んでご招待を受けた。ちょっとだけ普段着よりもお洒落をして、ガティに控え目な化粧をして貰ってエグザ様のもとを訪問したのだった。
10代始めだと思っていたエグザ様は予想通り12歳になられたばかりだそうだ。黒味の強い灰色の髪にやはり黒味の強い瞳で、色彩のせいでちょっと恐そうにみえるこちらの世界の人の中ではかなりほんわか系。皇太子殿下が30近い年齢にみえたから、スエリ様ってばすごく頑張ったんだねぇ。
エグザ様は私の元の世界が気になるようで色々な事を聞いてきた。
「ねえ、ソメィヤマーリィ。元の世界の遊びを教えて。一緒に遊びましょうよ。」
「どんな遊びがお好みですか?」
「うーんとね、雨の日でも楽しめるのが良いわ。」
エグザ様のリクエストに私はしばし考え込む。雨の日でも大丈夫と言うことは室内遊びだ。子供の時、室内遊びって何をしたっけと記憶を辿ってゆく。
「エグザ様。厚めのカードサイズの紙が沢山と、ペンはありますか?」
「紙とペン?待って、すぐに用意させるわ。」
言葉通りに数分でそれを用意させたエグザ様は興味津々でこちらをみる。目をキラキラとさせて身をのりだして、期待に満ちていた。
「ではエグザ様。こちらのカードの左上と右下に1から13までの数字を書いて下さい。赤字と黒字それぞれ二枚ずつです。」
エグザ様は言われた通りに数字を書き込んでゆくので、私はそれを受け取ると♤♢♡♧の記号を追記する。そう、私はトランプを作ろうとしていた。ふたりで黙々と作業すること数十分、お手製トランプの完成だ。
「それで、これでどうやってあそぶのかしら??」
「色々な遊びがあります。今日は特によく遊ばれるゲームをいくつかお教えしますね。2人よりも多くいたほうが盛り上がるので、侍女の方にも入って貰いましょう。」
私はお手製トランプを使って早速エグザ様達にババ抜きの仕方を教えてゆく。エグザ様はすぐにルールを理解したようで、裏返ったカードと侍女の顔を交互に見ながら真剣な表情でカードを抜いてゆく。2回戦やって2回戦目は一番に上がったエグザ様はたいそうご機嫌になった。
次はダウトを教えた。裏返したカードの数字を言うだけのとても単純なゲームだか、エグザ様はいたく気に入り大盛り上がりだった。王宮の一室でキャッキャとはしゃぐ声が響き渡った。
「クライは嘘をつくときに片眉が上がるからすぐにわかるわ。」
エグザ様は得意気にクライという侍女に話しかける。嘘をつくときの特徴を見極めるとは中々の観察力でございます。
「ずいぶんと楽しそうな声が聞こえたが、何をやっているんだ?」
突如、頭上から低い声が聞こえて跳び上がるとそこにはどこかで見たことがあるような凛々しいイケメン。えっと、誰でしたっけ?
「まぁ、お兄様。今ソメィヤマーリィに元の世界の遊びを教えて貰っているの。邪魔なさらないで。」
おお、そうだよ。そういえばこのイケメンは第2王子だ。座ったままでは無礼にあたるかもしれないと慌てて私は席を立ち上がった。
「座って居てくれて構わない。どんな遊びなんだ?僕も同席していいかな?」
「はい、もちろんですっ。」
私の返事にちょっぴり不満顔のエグザ様だったけど、侍女のクライの力量に不服だったようなので殿下が参加することでゲームが面白くなると口添えすると機嫌を直した。殿下が来たついでに私は新たに大貧民も教えた。
「このカードゲームはある程度人数がいたほうが面白いな。よし、お前もやれ。」
殿下は後ろに控える護衛のような付き人に声をかけて、その護衛さんも仲間に入る。さらに、もう何人かということで、私が知っている人の方がリラックスできるだろうと言う理由でジュンとユーリが呼ばれた。
***
かつて、私が体験した中にこれほどにシュールな大貧民があったであろうか、いや無い!
思わず反語を使いたくなるほどの真剣さでございます。皆さん、負けず嫌いのようで勝利に対する執念が並々ならない。初回にやったゲームで私が大富豪になると殿下は本気で悔しがっていた。大貧民になったジュンに至っては机を叩いて突っ伏して悔しがっていたほどだ。
「えーと。みなさん、これゲームだからね?そんなに悔しがらなくても・・・」
「いや、王族の男たる者必ず勝負には勝たねばならぬ。」と殿下。
「本日は無礼講との仰せですから手加減はしませんよ。」と返すのはユーリ。
「次こそ一抜けしてやるから覚悟しとけよ。」とカードを睨むのはジュン。
「俺だって負けませんよ。」と冷静に言い放つのは殿下の護衛さん。
「いいえ!次の大富豪は私ですわ。」と早々に勝ちを宣言したのはエグザ様。
そして勝負の度に喜びの雄叫びと悲痛な悲鳴が響きわたる。一体あと何回やれば気が済むのだろう。流石に疲れてきた・・・
「そろそろ疲れてきたわ。」
エグザ様の一言に私は顔を輝かせた。やった!やっと終わる!
「ソメィヤマーリィ。ちょっと祝福を贈って癒して下さらない?お母さまによくやって貰うの。」
「え?祝福??」
続いたエグザ様の言葉に私は困惑した。祝福って何?戸惑う私にエグザ様は癒しの言葉と伴に相手に手を触れるのだと言った。言われた通りにするとエグザ様をキラキラが包み込む。ついでに他の人達にも祝福を贈った。私にこんなチートな能力があったとは!こんなことで皆さんの疲れが取れるならお安い御用だ。
「ソメィヤマーリィの祝福は凄いな。母上のよりも効くぞ。」
先ほどの勝負で平民となりご機嫌斜めだった殿下のご機嫌も疲労回復と共に回復した。よしよし、じゃあそろそろお開きにして戻ろっかな。立ち上がりかけた私の顔は殿下の続けた言葉に流石に引き攣った。
「回復したところでもう一勝負だ。大富豪になるまではやめられん。」
えぇ!まだやるの!?皆さんは元気でも私は回復していないんですけど!!しかし、このぎらついたシベリアンハスキー集団にそんなことを言い出せる筈も無く・・・。
そして、この負けず嫌いの集団の空気の読めない事と言ったら・・・。だれも殿下のためにわざと負けてあげると言う思考にはならないらしい。
結局、私は暫くはカードを見たくないと思うくらいにこの大貧民勝負に付き合わされたのだった。そして、王都でトランプもどきのカードゲームが大流行するのはこの数ヶ月後のこと。
私の住む地域ではかのカードゲームのことを「大貧民」といいます。「大富豪」という地域もあるみたいですね。