5 王妃様も妖精さん
キーロに連れて来られた部屋はそこまで大きくは無いものの、質の良さそうな家具類で統一されて落ち着いた上品な仕上がりのダイニングルームだった。って言っても普通の家のリビングルーム3つ分くらいはありそうだけど。
既に先客が着席しており、一番上座に威厳のありそうなおじ様、その人を取り囲むように綺麗なおば様、格好いい男性2人、綺麗なお姉さま1人、可愛らしい女の子1人の計6人が座っていた。私が入室すると一斉にこちらに視線を向ける。
「えっと、おはようございます。染谷茉莉です。お世話にななります。」
とりあえず無難な挨拶だけを行うと、一番上座にいたおじさまは柔やかに笑ってくれた。
「これはこれは愛らしい妖精だな。ドルエド王国にようこそ。わしはこの国の国王タイヤッティ・ドランカ・ド・ドルエドだ。ソメィヤマーリィを歓迎しよう。」
はい?きたよ、きたよ、最強の名前が!!『タイヤってどーなんか、ドルエド』って聞こえましたけど??国王陛下に名前を聞き返す訳にもいかないので笑顔でスルー。あとでキーロに聞くことにして、とりあえずこの人のことは『陛下』と呼ぶことにしよう。そして席に座ると食事と共に次々に自己紹介が始まる。
30前後と覚しきイケメンその1は皇太子殿下、その隣りに座る美女は皇太子妃、20代半ばと覚しきイケメンその2は第2王子、ローティーンと覚しき可愛い子ちゃんは第1王女。そして、唯一髪と目が灰色で無いおば様は王妃様のスエリ様。スエリ様以外はなんて言ってるのかよくわからなかったから陛下同様に役職で呼ばせて頂くことにする。
ところで、スエリ様はハニーブラウンの髪にピンクの瞳だし、なんか腕を動かしたりするとキラキラしてる。もしかして自分と同じなのかと思ってじーっと見ていたら、それに気づいたスエリ様に微笑み返された。
「私も貴女と一緒で妖精なのよ。色々と戸惑っているでしょう?あとで紅茶でも飲みながらゆっくり話しましょうよ。」
「妖精?」
「別の場所から来たって事よ。あとでゆっくりおしゃべりしましょ?」
スエリ様はそれだけ言うとお茶目にウインクをして食事を再開したが、私は驚いて食べる手がすっかり止まってしまった。妖精は別の場所から来た人を指す言葉?じゃあ、マンホールから落ちた人がここには沢山居るって事なの??
「ねぇねぇ、ここの食事はソメィヤマーリィの口に合わない?」
考え事に耽っていたら、いつの間にやら王女さまが心配気に私の顔を覗き込んでいる。慌てて「美味しいです!」とスープを掻き込んで、不覚にもちょっと口の中を火傷してしまった。
「ねえ、ソメィヤマーリィ。お母様とのお話が終わったら私と遊びましょうよ。いいでしょ?」
「エグザ、ソメィヤマーリィはまだ来たばかりで疲れているだろう。我が儘言うな。」
「まあ!お兄様はソメィヤマーリィがとっても可愛いから自分がいろいろと案内しようとでも企んでいるのね。可愛いし、若いし、爪も水色だし。でも、そうは行かないんだから。それにお兄様はもう婚約者がいるじゃない。」
王女様は頬を膨らませて殿下に文句を言うと私の腕に腕を回してぎゅっとしてきた。そうか、王女様は『エグザ』っていう愛称なのね。それなら覚えられそう。
「まぁ、二人ともおやめなさい。ソメヤマリは私が借りるから、あなたたちは明日以降ね。」
2人の母であるスエリ様は兄妹喧嘩をし始めた二人をサクっと宥めると、早々に話を終了させたのだった。ここの国の王室ってアットホームな感じなんだね。
食後はスエリ様に誘われて庭園のガセボでお茶をしながらお喋りすることにした。スエリ様に連れて来られたのは花が咲き乱れる美しい庭園の中にある小さな東屋のような場所で、程よく風が通り短くなった髪の毛がさらさらと風に揺れた。
「改めましてドルエド王国にようこそ、ソメヤマリ。」
「ご招待頂きましてありがとうございます?」
私の返事がおかしかったのかスエリ様は口元を手で隠してふふふっと笑った。
「ソメヤマリは強いわね。私の時は取り乱してしまってまわりにはとても迷惑をかけたわ。恐くなかった?」
スエリ様は優しい目をして私を見つめて来た。
「うーん、確かに怖かったけど今まで居た場所で嫌なことがあったばかりだったので正直気が紛れてホッともしました。スエリ様もある日マンホールから落ちてここに来たんですか?
あっ、あと私の名前ちゃんと言えたのスエリ様が初めてです。染谷と茉莉で分かれてて、染谷はファミリーネーム、茉莉が自分の名前なんです。日本出身です。」
「ふふっ、こっちの人は独特の名前よね。伴侶以外はその妖精の名前が発音できないことが多いのよ。勿論例外もいるけど。陛下以外は私のことを未だに『スィーリ』って呼ぶのよ。ところでマンホールって何かしら?私はね、まだ子供の頃に隠れん坊をして遊んでいたらいつの間にやらこの世界にいたの。ニホンと言う場所はごめんなさい、わからないわ。」
子供のときに隠れん坊をしていたら異世界!それは誰だって混乱するわな。スエリ様、大変だったんだね。
ところでスエリ様、日本を知らないと?自惚れでなければ地球上で最もポピュラーな国の一つだと思うのだけど。でも、スエリ様の瞳のピンク色からして、スエリ様はきっと地球じゃない世界から来たってことになんだなと妙に納得がいった。妖精と呼ばれる人は地球に限らず色々な世界から迷い込んできた人ってことになるのかな。
「妖精って私達以外にも沢山居るんですか?」
「沢山は居ないけど、多分世界中合わせれば100人近くはいるわ。茶やグレーの爪の妖精は半年~1年に一度位でどこかの国に現れるんじゃないかしら。マリと同じ青系は5~10年に一度、私と同じ赤系は15年に一度位の頻度みたいよ。
あ、大事なことを教えないとだわ。残念だけど帰る方法は今のところわかってないから恐らく帰るのは無理だわ。でも、妖精は幸福をもたらす存在としてとても大事にされるから、悪いようにはならない。その点は安心して。
あと、その幸福を引き寄せる力は爪の色が大きく関係するのよ。マリは青系だからそこそこ強いわね。伴侶となった人が1番妖精の恩恵を受けられるから、マリに愛を請う男性が今に沢山現れるわ。」
スエリ様はにこにこしながら私の爪を指さす。
帰れないと言うのは薄々感じていたので大して取り乱しもしなかった。それよりも、気になるのは『爪の色』って言ったよね?これ、人生初のジェルネイルなんですけど??そういえばスエリ様の爪は綺麗な濃ピンク色なのにマニキュアを塗っているような感じはない。もしかして、その濃ピンク色は地の色なのか?なんだか嫌な予感がしてきてスエリ様に聞かずにはいられない。
「普通の人達の爪は何色なんですか?」
「子ども達もふくめて全員黒いわね。」
「白というか、くすんだ透明っぽい人は?」
「まあ、マリは透明の人を見たことがあるの?私は無いわ。透明はね、1番幸福を引き寄せる力が強いのよ。透明の爪の妖精が記録に残るのは100年以上も昔よ。もし透明の爪の妖精が来たら、きっと色んな人が欲しがって大変な騒ぎになるわね。」
「・・・へえ、そうなんですね。」
和やかな笑顔のスエリ様に対して私は顔が引き攣つらないようにするのがやっとだった。思わず自分の爪を見ると、そこにはキラキラ輝くスワロフスキーのついた水色の爪。でも、爪ってそのうち生えてくるよね?生えてきた部分は水色じゃないんだよね?ジェルネイルってどの位保つんだろう?透明っぽいってばれたら大騒ぎ??背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
「妖精には国がバックアップして伴侶探しを手伝ってくれるのよ。私も独身の若い男女を集めたパーティーでまだ若かりし日の陛下にみそめられたの。私もすぐに陛下に夢中になったわ。マリと同じ位の年頃の妖精や男女を呼んだパーティーがもうすぐあるから、是非参加してね。」
「私と同じ年頃の妖精が何人か居るのですか?」
「ええ。今ドルエド王国で年頃で独身なのは男性1人、女性1人ね。パーティー自体は若く身元のはっきりした男女が100人程度が参加予定よ。独身で伴侶がいない妖精がいる間は大体、月に2回位あるわ。」
なるほど。そこで他の妖精と知り合えば色々と情報共有できるのね。
そして爪の色・・・そうだ、ばれて大騒ぎになる前に生涯の伴侶を決めればいいんだ!どうせ帰れないならさっさと身を固めて居場所を確立したほうがいいしね。うん、そうしよう!!
とっても名案が浮かんだような気がした私は来たる婚活パーティーにただならぬ意気込みを見せたのだった。