33 あなたを幸せにするよ
やっと祝福が上手くいったのでホッとしたのもつかの間、ジェーンさんはちょっと私を睨んできた。
「お願いしたのと違うんだけど?」
「ごめんなさいっ。上手くできなくて・・・」
祝福を失敗して責められるのなんて初めてだったので、しょぼーんと落ち込んでしまう。ユーリが横から「気にするな。」と言って頭をぽんぽんとしてくれた。いつも外では素っ気ないのにこんな時に頭ぽんぽんするなんて反則だ。惚れ直しちゃうじゃないか。
「なあ、そう言えばさ、妖精の女の子って耳噛まれると喜ぶってほんとか?」
「え?それは・・・」
ユーリのお友達は微妙になった雰囲気に構うことなくどんどん質問責めしてくる。よっぽど妖精が珍しいんだな。質問の答えを言い淀む私に変わってまたしてもユーリが横から助け舟を出してくれた。
「マリの来た世界は耳を噛むんじゃなくて違う方法なんだ。まあ、俺はマリの耳も噛むけどな。」
「結局噛むのかよ。違う方法ってどんな?」
「それは教えられない。マリがエロい顔するから俺しか知らなくていい。」
隣に座るユーリはニヤッとして私の髪を撫でてきた。エロい顔って!なんてこと言うの!!羞恥心で真っ赤になった私をニヤニヤ顔のユーリがチラ見する。この人、絶対に私を恥ずかしがらせていじめて面白がってるな。友人たちは「えー。やって見せてよ。」とか囃し立ててるけど、そんなの人前で出来るわけ無いでしょー!!流石のユーリもそこはわきまえてくれて適当に流してくれた。
「はぁ、ラブラブだな。あのユーリルーチェがこんな顔する日が来るなんてね-。マリィさん、あいつ愛想無いけど良い奴だからよろしくね。」
「あ、はい。」
「ああ見えて面倒見も結構いいんだ。後輩とか、俺の妹のこともよく面倒見てくれてさ。」
友人の方達が口々にユーリをよろしくと言うのを聞いて、ユーリはきっと色んな人たちに愛されながらこの町で育ったんだろうなと思った。面倒見が良いというのも、メーリンに対する態度を見ればよくわかる。私の面倒も一応は見てくれてたのかな、かなり冷たかったけど。
その後、ユーリは久しぶりに男友人達と飲みに行くと言うのでそれに合わせて他の友人達も帰宅する事になった。
皆さんを玄関先まで見送りに行くと、ユーリを含めて皆さんが町の中心街に向かって歩いて行く中でジェーンさんだけが私に振り返って近づいてきた。
「私の方が先に好きになったのに。妖精だからってちやほやされて酷いわ。」
泣きそうな顔をしてそれだけ言うとユーリ達の背中を追い掛けて走って行くジェーンさんを見て、私は呆然とした。
『私の方が先に好きになったのに。』
そっか。なんで気付かなかったんだろう。きっとジェーンさんはお兄さんのお友達で自分の面倒をよく見てくれた彼のことがずっと好きだったんだ。
今日、私達の結婚を祝福するこの会の最中、彼女はどれだけ辛かったんだろう。それなのに、私はずっと浮かれてて。
そんな思いするのはわかってるんだから来なきゃ良いとも思うけど、一方でそれでもユーリに会いたかったのかもしれないと思うと心が痛んだ。
私、最悪だな。物凄い自己嫌悪だ。私はとぼとぼとユーリのご実家に戻って行った。
「マリィさん、疲れてない?」
「あ、大丈夫です。お食事手伝います。」
家に戻るとお母様が疲れているだろうから休んでいろと気を遣ってくださったけど、今は何かしていたい。手を動かさないと落ち込んでしまう。私はユーリのお母様にいわゆる『お袋の味』を教えてもらい、しっかりとそれをメモした。肉じゃがに似た味のするそれは、私にとっても懐かしい味だった。
ユーリは夕食は友人達ととったようで夜もだいぶ遅くなってから帰ってきた。ご実家の客間の椅子に座っていた私に後ろから抱きつくと、そのまま耳をはむっと甘噛みしてくる。
「ん。どうしたの?ユーリ酔っ払ってる。」
「んー。ちょっとだけな。」
そう言うと今度は深く口づけてきた。覆いかぶさるユーリからアルコールの香りがふわっと香る。さすがにご実家であんまりいちゃつくのはまずいでしょう。私はあやすようにぽんぽんとユーリの背中を叩いた。
「どうしたの?」
「あいつらにマリがいかに可愛いかを自慢話してたらマリに会いたくなった。」
私の首もとにおでこをコツンの乗せてぐぐもった声でそう言うユーリはいつもよりだいぶ素直だ。お酒効果かな。
「ふふ。私もユーリに会いたかった。ユーリ大好き。」
ユーリは私の首に腕を回すとぐりぐりとおでこを擦りつけてきて甘えたような態度をとる。こんなふうに甘えてくるのは珍しいな。
「ねぇユーリ。ジェーンさんの片想いの相手って誰だか知ってる?」
「・・・なんとなく。でも、マリは気にするな。」
「そっか。」
誰かが両想いになった時って、同時に誰かが失恋するときでもあったりするんだ。そんなことにも気付かなかった自分の幼稚さにちょっと呆れた。
「こら。気にするなって言っただろ。」
いつの間にかユーリの顔が至近距離にきていて、おでこをコツンとされて耳を甘噛みされ、最後にキスをされた。
もしかすると他にもユーリに思いを寄せていた女性はいたかも知れない。それに私だって、散々パーティーで口説かれても聞き流してきたけど、ひょっとしたら本気の人もいたかも知れない。
その人達の想いにこたえることは出来ないけど、彼らの思いに負けない位にユーリをずっと愛したいと思った。
翌日、ユーリのご実家から帰る直前に「ユーリルーチェ!マリィさん!!」と言う声が外から聞こえてきて私が窓の外に目をやると、なんとジェーンさんが笑顔で手を振っていた。
「ジェーンさん!どうしたの?」
私は慌てて家の外に飛び出した。ジェーンさんは満面の笑顔で息を切らしている。
「マリィさん!私も遂に出会ったの。運命の相手に。」
「はい?」
運命の相手って、昨日の夕方に私にユーリが好きだったって匂わせて涙ぐんでだよね??
「昨日の帰り道のことなんだけど・・・」
ジェーンさんが話すには昨日の帰り道、ハートブレイクでやさぐれ気味だったジェーンさんは夕方の薄暗い道をまわりも確認せずに飛び出してしまい、馬車にひかれそうになったところを間一髪で助かったそうだ。その馬車から出てきて彼女を抱き起こした隣町の商店のバイヤーと一目でフォーリンラブしたらしい。
なんというか・・・、私の落ち込み時間は一体何だったのだろうか?
「馬車にひかれなかったのも、彼に出会えたのもマリィさんのおかげだわ。」
昨日、私を睨みつけた事など完全に忘れ去って最高の笑顔でお礼をしてくるジェーンさん。うん、良かったですね。効いてくれて私も罪悪感が減りました。
「だから『気にするな』って言っただろ?」
幸せな笑顔の彼女を見送った後、ユーリと目が合うと私達は苦笑しあった。
「ねえ、ユーリ。私をここに連れてきてくれてありがとう。ユーリが凄くまわりから愛されて育ったのがわかったよ。これからは私が負けない位にユーリを愛して幸せにするね。」
ユーリは目を見開いた後に片手で目元を覆って天を仰ぐようなポーズをし、私をジロッと見下ろして拗ねたように口を尖らせた。
「マリ。それは反則だ。それは俺の台詞。」
心なしかちょっと耳が赤くなったユーリは私のおでこにコツンと自分のおでこをあてて、「絶対にマリを幸せにする。」と言った。別れ際、一部始終を自宅の窓からこっそりと見ていたご家族に散々冷やかされたユーリが茹で蛸みたいに真っ赤になって悪態をついている姿をみて、胸の奥がぽかぽかと温かくなる。
ねえ、ユーリ。私はあなたと過ごせている今がとっても幸せだよ。だから、これからもよろしくね。




