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妖精  作者:    
32/36

32 ご実家にご挨拶に行きます

 「マリ。気楽に構えてくれて大丈夫だから。マリが来るのを凄く楽しみにしているんだ。」


 「う、うん。」


 ユーリは『気楽に』って言うけど、緊張せずには居られない。今、私はユーリの休暇に合わせてユーリのご実家に向かっている。

 既に結婚して数ヶ月が経っているのに、実は私はユーリのご両親やご兄弟には会ったことが一度も無い。それどころか、ユーリに「両親がマリに会いたがっている」と言われてようやくユーリにそう言う存在がいるという当然のことに思いが至った体たらくだ。


 ユーリによると、ユーリは地方のごく一般的なご家庭に生まれ育ったそうで、ご両親とお兄様の4人家族だそうだ。お兄様ももう結婚していて、最近赤ちゃんが産まれたとか。

 お土産にベビー用品でもと思ってユーリと2人で入った商店では私がおめでたなのかと勘違いされていつものプレゼント攻勢にあい、誤解を解くのが一苦労だった。ご家族の分のお土産も2人で選んだので、気に入ってもらえたら嬉しいなと思う。


 移動用馬車で約半日かかるユーリの故郷はのどかな田舎町だった。王都に比べると建物の平屋率が高くて、かわりに並木の背が建物よりずっと高い。中心部は商店などが並んでいたが、中心部を外れると途端に建物はまばらになり畑が広がり始める。


 「のどかで良いところね。」


 「そうか?何にも無いけどな。」


 約一年ぶりの帰省だというユーリは懐かしそうに目を細めて回りを見渡した。私もつられて見渡すと、昔旅行で行った北海道の観光地がこんな感じだったなと思い出す。自然豊かで良いところだと思う。ここでユーリが子供時代を過ごしたのかと思うと不思議な感じがした。

 ユーリに手をひかれて辿り着いたのは、一軒の素敵なおうちだった。木造2階建てと思われるそのお家はクリーム色をしていて屋根は赤い三角屋根、正面と裏には庭が広がっていて、庭には鶏の仲間らしき鳥が何匹かいる。

 ユーリは何の迷いもなくその家の扉を勢いよく開けると「ただいま。」と言って中に入っていく。私も慌てて後を追った。


 「あらまあ、本当に妖精だわ。かわいらしい子ねえ。ユーリには勿体ないわ。」


 「おい、本当に金粉がキラキラしているんだな。初めて見たぞ。」


 「凄いわ、キラキラして綺麗ね。妖精が親戚になるなんて!」


 「なんでうちのユーリなんかに妖精が・・・」


 部屋で対面して挨拶をしたと思ったら、私は早速ユーリのご家族にとり囲まれて動物園のパンダ状態になっている。妖精の居住地は王都に集中しているようで、こういう田舎町では噂に聞いても見ることは無いらしい。皆さん珍しそうに私を眺めては色々と馴れ初めとかを根掘り葉掘り聞いてくるので地味に照れます。


 ユーリの実家には年相応に凛々しく渋みのあるお父様、色彩は灰色だが可愛い雰囲気のあるお母様、見た目はユーリによく似ているけど格段に愛想の良いお兄様に綺麗な奥様と生後3ヶ月位に見える赤ちゃんがいた。

 このお兄様一家は普段は同じ町の違う家に住んでいるけれど、今日はユーリが帰ってくると聞いてわざわざ戻って来てくれたらしい。皆さん私を歓迎してくれているのがすごく伝わって来るし、プレゼントと私の作った御守りを渡していくととっても喜んで下さった。


 「マリィさん、本当にこんな子で良いのかしら?愛想無いでしょう?気の利いたことも言えないんじゃないかしら。」


 お母様が心配そうに聞いてくる。そうか、ユーリはなんだかんだでやっぱり昔から愛想は悪いんだな。


 「いえ、大丈夫です。愛想ないのは慣れましたし、婚約して結婚した後からは割と優しいです。」


 「おい。割とって・・・」


 ユーリは私の返事を聞いて渋い顔をした。ユーリは確かに優しくなったけど、でろでろに甘いわけではない。特に、回りに人が居ると恥ずかしいのかちょっと素っ気なくなる。ユーリもそこの所に自覚があるのか居心地悪そうに顔を顰めた。


 「ユーリがうちを出て行った時は本当に心配したのよ。田舎者だし、うちは親戚に警備隊なんていないから全く知らない世界だし。でも、そこそこ出世もしてるみたいだし、マリィさんみたいな可愛いお嫁さん連れてくるし、安心したわ。」


 お母様はにこにこしながら話しかけてくれる。お父様が寡黙なのは何処の世界も一緒のようだ。ここに来る前は姑からのイビリを恐れていた私だったが、このお母様に限ってそれは無さそうで安心した。

 私は主にお母様からたくさんのユーリの昔話を聞かせて貰えた。小さいときはよくお兄様に喧嘩で負けて泣かされていて泣き虫だったとか、警備隊の乗るルビンに憧れてよくルビンに乗る自分の絵を描いていたとか、10代始め頃はやけに格好つけだしてツンツンしてたとか、好きな子を苛めてよく泣かせてたとか。ユーリの『思春期ツンツン』と『好きな子を苛める』は想像ついて思わず笑ってしまうと、ユーリは首まで真っ赤にして「余計なこと言うな。」と母親に抗議していた。ユーリの子供時代、可愛かっただろうな。


 暫く歓談しているとご家族に加えて、親しいご近所さんという事でユーリの幼馴染みの男女が数人訪問してきた。ユーリの回りの人って警備隊の人しか知らないから新鮮に感じる。ユーリに肩を回して仲よさげに祝辞を述べていく彼らにも交通安全の御守りを渡しておいた。


 「なぁ。妖精って祝福を贈れるんだろ?マリィさんも贈れるのか?」


 「ああ。マリの祝福はよく効くから祝福を贈る日は凄い抽選倍率だ。」


 今度は友人の方が興味津々に私を取り囲んで色々と聞いてきたので、かわりにユーリが返事をした。

 私とバネットとメーリンが王宮で週1位の頻度で行っている「祝福を贈る会」は、今では王都でそれはそれは人気イベントとなり、抽選倍率もおそろしい事になっている。皆さん喜んでくださるし、終わった後は3人でお茶をしながらお喋りしたりしてとても楽しい時間だ。


 「すげーな。やって見せてくれよ。」


 ユーリの友達が私を見つめて目を輝かせたので「いいですよ。」と笑顔で答えて私は彼の手をそっと握った。


 「何か贈って欲しい言葉はある?」


 「何でも。」


 「じゃあ、あなたのお仕事が益々上手くいきますように。」


 少し頬を赤く染めたユーリのお友達がおどおどしていたので、私は勝手に彼にお仕事が上手くいくようにと祝福を贈った。キラキラが彼を包み込んで輝く。


 「おお、凄い!」

 「キラキラだわ。」

 「俺も、俺も。」


 初めて目にする妖精の祝福にその場にいるご家族やお友達は大盛り上がりだった。このキラキラは綺麗だよね。ユーリは祝福を贈り終えると男友達の手に重ねていた私の手を掴んでそっと外した。

 私はその場にいる一人一人に祝福を贈っていった。ユーリは男性に私が祝福を贈るときだけすぐに手を外してくる。これはもしかして?


 「ユーリ?もしかして軽く嫉妬してる?」


 「何言ってんだ?」


 「嫉妬しなくても私が好きなのはユーリだけだよ。」


 「・・・」


 小声で確認してみたら、ユーリに怖い顔で睨みつけられた。うーむ、可愛い。異世界に来たからには溺愛系に憧れて甘い甘い伴侶を望んでいたけど、こういうタイプもキュンキュンしちゃうわ。睨みつけられてキュンキュンするなんて、やっぱり私は少しMなのかもしれない。

 最後に祝福を贈る女の子はユーリの男友達の妹さん。私と同じ歳位に見えるその子は、整った容姿の美人さんだった。


 「何か贈って欲しい言葉は?」


 「ずっと片想いの人がいるの。」


 「素敵ね。あなたの恋が実りますように。」


 私の言葉に合わせてキラキラが舞い、彼女を包み込む前にふわっと消えた。


 「あれ?」

 

 私はもう一度祝福を贈ったがやっぱり上手くいかない。こんなことは初めてだ。


 「透明爪のなのにこんな簡単な祝福も出来ないの?」


 「ご、ごめんなさいっ。」


 上手くいかないことにイライラしだした目の前の女の子が目くじらを立てて言い方がきつなってくる。何回かやったのに結果は同じで上手くいかない。なんで?


 「妖精同士で祝福を贈り合うとこういう感じになるんだけど、妖精じゃないよね?」


 「違うに決まってるでしょ。」


 はい、そうですよね。怖い顔して睨んでくる目の前の女の子の爪は黒だし髪と目は灰色。どう見てもドルエド人だ。


 「違う祝福にしたらどうだ?」


 困っている私を見かねたユーリが助け舟を出してくれた。


 「そうそう。ジェーンのと事だからきっと絵姿でしか見たことが無い皇太子にでも恋してるんじゃないか?流石の妖精もジェーンを皇太子妃には出来ないよな。」


 目の前の女の子、ジェーンのお兄さんは横から笑いながらからかってくる。ジェーンは「そんな高望みしないわよ!」と睨み返していた。うーん、なんで上手くいかないんだろう。


 「あなたが素敵な人に出会って幸せになりますように。」


 私は少し考えて言い方を変えてみた。祝福の言葉と一緒にキラキラがふわっと彼女を包み込み、ちょっと言葉は違うけど上手くいってよかったと私は胸をなで下ろした。


 


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