30 もっとふれたい
今日はユーリの休みに合わせて私もお休みをもらい、新居への引っ越し作業をしている。私達の新居はとっても大きいので全てセットするのもとっても大変だ。
というのも、後から私が透明爪の妖精だと知った不動産屋さんが「大きな家に変えて欲しい」と言い出したのだ。そんなに広い家は必要ないし、あまり高い家賃も払えないからユーリが丁重にお断りしたのだが、「人助けだと思って大きな家に住んでくれ」と泣きつかれてとうとう私達も折れた。
不動産屋さんは「透明爪の妖精に家を貸している。透明爪の妖精も気に入るような好物件が揃っている。」というのを売りに宣伝したかったようで、私達は家賃は最初に契約した家のままで入れ物だけは比べものにならない位の立派なものへと移ったのだった。本来の家賃と全然違う家に住んでいることになるけど、向こうもそれを宣伝に使っているのだからお言葉に甘えようと思う。
新居にはあらかじめ家具が揃っているので、自分達で買う必要があるのはカーテンやリネン類、食器などになる。先日、私とユーリは適当に入ったお店でどんな色合いにしようかと相談しながら商品を選んでいたら、これまた私が透明爪の妖精だと気付いた店主さんに「結婚祝いだと思って受け取ってくれ」と言われて高級カーテンや高級食器類をプレゼントされた。
その後も入る店入る店で同様の事が起こるので、結局私達の新生活には殆どお金が掛からなかった。爪を隠すのをやめてからそういう事が続いてさすがに私もなれてきた。
透明爪の妖精は実に120年ぶりだそうだ。その宣伝効果も非常に大きくお店の方もとても喜んでいたから、とりあえず良しとすることにした。
新居に引っ越してきた日の夕方、ようやく台所で食器類を並べ終わった私は別の場所で作業するユーリの様子を見に行った。昼間はキーロが手伝いに来てくれていたから思ったよりも早く終わったけど、家が広いからユーリがどこにいるのか探すのも一苦労だ。
「ユーリ、終わった?」
「ああ。どうだ?マリのイメージする家になってる?」
2階の一室でユーリを見つけて声をかけると、ユーリは片手でカーテンを広げながら窓際に立って私に笑いかけた。夕日が後光みたいに差し込んでそのユーリの姿のかっこいいのなんの。私の旦那様がかっこよすぎます!私はまっすぐにユーリの胸にぽすんと飛び込んだ。
「どうした?寂しかったか?」
「うん。このうちは広いからユーリが見えなくて寂しい。」
私はユーリの胸元にぎゅっとつかまったままユーリを見上げた。ユーリは冗談のつもりでそう言っていたようで、私の予想外の返事を聞くと息をのんで、それからふわっと笑った。ユーリの笑った顔好きだな。
「じゃあ、俺たちの生活スペースは全部1階にまとめようか。2階は使わなくてもいいだろ。それなら寂しくない?」
「うん。」
「ん。じゃあそうしよう。1階の何部屋かが客間と使用人部屋になってたから、そのなかで一番広い部屋を主寝室にしよう。」
私は嬉しくてユーリに笑いかけると、ユーリはちょっと体を離しておでこをコツンと私と合わせて、耳を甘噛みして、最後にキスをしてくれた。
私は早速1階の客間に元から置いてあるクイーンサイズベッドに自分達用に購入したシーツをかけ直して最後の準備が終了した。今日からここにユーリと暮らし始めるなんてなんだか信じられない。シーツを撫でていたら段々と実感が湧いてきて、同時に恥ずかしさも込み上がってくる。
夫婦だから一緒にここで寝るんだよね?今夜からだよね?緊張し過ぎて一睡も出来ないかも、どうしよう・・・
「マリ、どうした?」
「えっ、あ、うん。ナンデモゴザイマセン。」
ユーリは怪訝そうに首を傾げてぎこちない様子の私を見つめたが、私は心臓がばっくんばっくんで笑顔が引き攣る。今までどうやって笑ってたっけ?笑い方がわからない。
「ご飯食べに行こうか。」
「ハイ。」
今日は作るのは無理だからと外食に誘われる。ユーリは家に料理人を雇おうかと言ってくれたが、王宮でもない自宅に他人が居るという状況に違和感を感じてしまう私が断ったから料理は私のお仕事だ。
ユーリに連れられて近所のレストランで食事をしたが、私の意識はこの後のことに完全に奪われてしまい味が全然わからなかったし、会話も殆ど頭に入らなかった。
「そろそろ寝るか?」
「ウン。ソウダネ。」
お風呂に入る時も特に一緒にという話にもならず、ユーリは私に触れてくるわけでもなく、いよいよベッドインの時がやってくる。
大丈夫だよね?今日の下着はバネットからの新婚祝いで淡いピンク色のレースがふんだんに入ったかわいい系。パジャマはキーロがプレゼントしてくれた上質のシルク製のネグリジェ。私、変じゃないよね!?煩い位にドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。
ユーリとベッドに入るとベッドの上でおでこをコツンとされ、耳を甘噛みされ、最後に触れるだけのキスをされた。そしてふわっと抱きしめられて2人でコロンと横になる。
「おやすみ、マリ。」
ユーリは私を軽く抱きしめたまま、おやすみの挨拶をして枕に頭をおろした。
ん?この後おきるであろう出来事に夕方からガチガチに緊張していた私は一気に拍子抜けだ。
この世界では新婚初夜は何もしないのだろうか?結婚式もしないし結婚記念品もないくらいだからこれが普通なの?しまった、バネットに聞いておくべきだった!ぐるぐると答えが出ない疑問が頭に回り続ける。
もしかして、考えたくは無いけど私に性的魅力を感じないとか?ユーリは26歳と言うことは今までに恋人とそう言う経験があっても不思議じゃ無い。いや、むしろある方が普通だろう。思い返せばユーリは一度も私にいやらしい触り方をしたことが無い。あの真二はチャンスがあればいつも胸や尻を触りたがった。いつも手を叩き落としてたけど。
考えれば考えるほど、嫌な方向に思考が行ってしまう。つまり、ユーリは私を好きだけどそういう対象としては対象外なのかもしれない。ということは、私とユーリは一生このまま進展なし?子供もなし??
段々と目頭が熱くなってきて勝手に涙がこぼれ落ちる。そんな、私は結婚しても一生処女ですか!?
「マリ?どうした?」
私の異変に気付いたユーリが慌てて起き出して手許のランタンに灯りをともす。突然泣き出した私にオロオロしていて、本当に心配しているのだとわかる。ああ、私はユーリが好きだな。こういう不器用な所も好き。なのに、なのに!!
「ユーリはどうしたら私に欲情してくれるの?」
「はぁ?」
ベットの上で座ってポロポロと泣きながら睨みつける私をユーリは呆気にとられた顔で見つめて、その後「はぁ」と盛大なため息をついた。
「マリに欲情はしょっちゅうしてる。今も襲いたい位だ。」
「じゃあ襲ってよ。」
「おまえな。マリがガチガチに緊張してて無理そうだからせっかく人が必死に理性で抑えてたのに。」
「抑えなくていい。ユーリにはいっぱい触れて欲しいもの。」
次の瞬間、私の視界は反転して背中がベッドに沈み、ユーリに押し倒されたのだとわかった。
真二とユーリは違う。ユーリにはもっと触れて欲しいし私も触れたい。ユーリの温かな体温と匂いに包まれると緊張と羞恥心は嘘のように無くなり、私を包むのは幸福感だけだった。




