29 妖精の祝福、贈ります
可愛らしい色合いのカーテンは金色のタッセルでまとめられ、統一感のあるクラシックな雰囲気の家具、ところどころに高そうな陶器製の花瓶が置いてあり、美しい花々が飾られている。まるでモデルルームのようにセンスの良いこのおうちはバネットの新居だ。バネットは予定通りスバルさんと結婚して、今日は私とメーリンが新居にご招待されたのだ。
「素敵なお家だね。」
「ふふっ、ありがとう。彼のご実家の所有する物件なの。」
バネットは幸せそうにふわりと笑う。表情と雰囲気から彼女が幸せだと感じているのが伝わってきた。お手伝いさんが紅茶とお菓子を用意してくれるので、私たちはゆっくりとバネットの新婚生活について話しを聞くことが出来た。スバルさんはバネットをとても大切にしてくれるらしく、バネットには笑顔が絶えない。本当に、ついこの間まで伴侶がみつからないと悩んでいたのが嘘のようだ。
「ところでマリ。お仕事はどう?」
バネットの新婚話を一通り聞き終えると、バネットは今度は私の仕事の話しを興味津々に聞いてくる。
「祝福をかけるだけだから楽だよ。最近ね、色んなこと試してるの。例えばね、魔法石じゃないただの小石や小物に『交通安全』とか『心願成就』って祝福をかけたりして。効き目の程はよくわからないけど、祝福は掛かってると思うんだよね。」
二人はふーん、と感心したように目を丸くしていた。私は最近、魔法石作りに加えていわゆる『御守り』作りをしている。妖精としてこの世界で受け入れて貰った以上は色んな人に祝福を贈りたいと思うが、時間的にも物理的にも限度がある。そこで考えてのだ『御守り』だった。
「マリはいいな。物にも祝福が効くんだから。私なんて、完全に役立たずだわ。」
「あら、メーリンが役立たずなら私はどうなっちゃうの?メーリンの爪はピンクで私よりずっと力が強いのだから。」
紅茶を一口含んで目を伏せたメーリンにバネットはぷうっと頰を膨らませる。バネットのこの表情はリスみたいで本当に可愛い。私はふふっと思わず笑いをこぼしてしまった。
「まぁ、マリ。笑うなんてひどいわ。」
「ごめん、バネットが可愛いんだもの。スバルさんメロメロだろうなぁ。」
私がにこにこしながらそう言うと、バネットはボッと浅黒い肌でもわかるくらいに赤くなった。うーん、本当に可愛い。私が男だったら惚れたかもな。
「それはそうと、私の大切な親友2人が役立たずなんて聞き捨てならないわ。ちょっと考えたんだけど、定期的に祝福を贈りに行くのはどう?」
「定期的に祝福を贈る?」
バネットとメーリンは顔を見合わせた。私は2人に自分の考えを説明した。それはゲリラライブならぬゲリラ祝福をすること。
妖精が外を出歩くとどうしても目立つし、祝福を贈ることを事前に予告するとそれを求める人が前日から座り込みとかをしでかす可能性がある。だから、ゲリラ的に神出鬼没で祝福を贈るのはどうかと考えたのだ。
「危なくないかしら?」
「国王陛下に護衛を出して貰うから大丈夫!」
私は胸を張って2人に答えた。だって、これこそが私が魔法石作りの交換条件として出したものの1つ。私は魔法石の報酬として、
・私を政治利用しないこと
・私が必要としたときに要求した護衛を配置すること
・私の日常生活を優先させること
の3つを要求した。そのかわりにお金は頂いていない。
護衛を配置するのだって人を雇うわけだからそれなりにかかるはずだし、それで十分だと思っている。そもそもユーリが居ないときは祝福を求める人に揉みくちゃにされてしまう可能性があるから、私一人では出かけられない。ただ、ユーリの稼いだ大切なお金を護衛に割くのを心苦しく思っていた私としては大助かりなのだ。
「面白そうね。」
「うん。いつやる?」
2人は一気に乗り気になってきた。かくして、3人の妖精の『ゲリラ祝福プロジェクト』が始動したのだった。
数日後、3人の妖精に対して10人の護衛を配置して貰い、私達は王都中心部のショッピングセンター前に馬車から降り立った。
道行く人々は若い女性の妖精3人組というかなり珍しい光景に足を止めるが、厳つい護衛が10人もいるものだから声をかけて良いのかと迷っているようだった。周りに遠巻きに集まってくるけど、近付いてくる人は居ない。
「あ、妖精がいるよ。」
母親に手を牽かれた子供が私達を珍しそうに指さす。こっちに近づこうとしてるのに、母親が手を引き返して揉めていた。メーリンはその子に近付いていくとふわっと頭を撫でて何かを話しかける。すると男の子にキラキラが舞った。母親がぺこぺこと頭を下げるがメーリンはそれをとめてまた何かを言うと、母親にもキラキラが舞った。
「何の祝福を贈ったの?」
「今夜はご馳走が食べられますようって。」
「あ、そう。」
ちょっと予想外の祝福にびっくり。メーリンって可愛くてふわふわしてて癒やし系だけど凄い不思議系。対するバネットも10代前半と覚しき男の子に話し掛けられて祝福を贈っていた。
「妖精さん。僕、頭が良くなりたい。」
「任せて。あなたが勉強する時間をたっぷり確保出来ますように!」
今度は男の子にキラキラが舞う。なるほど。『頭が良くなりますように。』って祝福を贈るのは簡単だけど、本人に努力をまなばせるのも大事だものね。勉強になります。
その後も私達は調子にのって1時間近くにわたり祝福を贈りまくった。たぶん3人合わせたら200人くらいいったんじゃないかしら。みんな喜んでくれてて嬉しいな。しかし、そんな楽しい時間は突然の怒声によって終わりを告げた。
「おまえら、何やってる!」
「へ?」
「え?マリィ??」
なんと怒鳴ってきたのはジュンだった。予想外の出来事に私は阿呆みたいにボケッとした顔をしてしまった。気がつけば、いつの間にか警備隊員にあたりを包囲されている。
「マリィ!何やってんだよ。何かを見ようとする人で周りが大混雑して道が通れないって連絡が警備隊に沢山来てるんだよ。とにかく来て。お友達も一緒にね。」
確かに最初はちょっと人垣があった位だったのに、今は向こうが見えない位の通勤電車並みの大混雑になっている。
連行された私達はジュンに叱られ、更に私は話を聞きつけてすっ飛んできたユーリにこっぴどく怒られたのだった。でも、楽しかったねと3人で笑い合う。後日から私達の祝福タイムは王宮の一角で厳正なる抽選により行われるようになったのだった。




