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妖精  作者:    
26/36

26 ファーストキス戴きました

 今日はユーリの休みに合わせて町にデートに来ている。と言うのは、ユーリと私が結婚したあとに一緒に住む家を探す必要があったため。そう、私はいつまでも王宮にお世話になっている訳にはいかないのだ。

 私とユーリは一月後を目途に一緒に暮らし始めようと話している。こちらの世界では王室以外は結婚式を行わないようで、私達は既に国王陛下に婚姻願を提出した。許可がおりれば正式に夫婦となる。


 国王陛下と王妃様は私が生涯の伴侶を決めたと聞いてとても喜んで下さった。特に王妃様は同じ妖精としてなかなか伴侶が決まらない私のことをとても気にかけていたようで、相手が王都警備隊の隊員だと知ると、「ならばソメヤマリが危ないときはいつも守ってくれるから安心だわ。」とご自分の事のようにはしゃいでおられた。

 ユーリと結婚するというのは正直まだ実感が湧かない。だって、付き合う=結婚の等式は私の生まれ育った世界ではそれほど多くはない。だけど、私はユーリとならきっと大丈夫だと信じている。


 ただ、私はユーリのことで一つ気にしている事がある。私達は国際結婚する外国人カップルのようなもの。もっと話をするべきなのだろう。


 「マリ、あんな所でごめんな。」


 「ううん、あそこ凄い素敵だったよ!ユーリと住むのが楽しみだな。」


 私が笑顔で心からそう言っているのに、申し訳無さそうに眉尻を下げるユーリ。本当に気にする事なんて何も無いのに。契約した新居はメルヘンチックな雰囲気のとっても素敵な可愛いおうちだった。一応わたしの身の安全を配慮して、王都でも特に警備隊の見回りがしっかりしている高級住宅街の一画に位置している。

 ユーリが自分のことを他の多くのパーティー参加者のように資産家の息子でもなければ、成功した実業家でも無いことを気にしているようだと言うことは何となく気付いていた。バネットとメーリンがほぼ同時期に結婚する相手のご実家がとんでもない金持ちだという事も相まって、ユーリは自分の甲斐性がないせいで妖精の私に贅沢させてやれないと気に病んでいる。

 でも、そもそも私は大学だって自分のバイト代と奨学金で通っていた位なのだから、そんなことを気にするわけがないのだ。それに、ユーリは同年代の人達の中ではかなりの高収入であってバネットとメーリンの相手がレアケースなのだ。私に迷子になるような広い家や何人ものお手伝いさんなど必要ない。贅沢したければ私が働けばいいだけだ。

 

 私はユーリと入ったレストランの個室で椅子へとエスコートしようとするユーリを制してユーリだけを椅子に座らせた。ユーリは私が座らないので戸惑ったように私を見上げた。私はユーリの顔をそっと手で包むと、おでこをコツンと合わせた。


 「ユーリ好き。大好き。私はユーリとあの家に住むのがすっごく楽しみだな。いつもユーリが近くに感じられるから最高だと思わない?」


 私からおでこコツンをするのは初めてなのでびっくりしたのか、ユーリは灰色の目を見開いた。そして嬉しそうに目を細めると、私の耳を甘噛みしてきた。


 「んっ。」


 思わず声が漏れるとユーリは嬉しそうに私を見つめて両方の口端をあげる。そっか、ユーリはこれが妖精の愛情確認だと思っているんだっけ。確かにこれはこれで慣れてくると結構ぞくぞくして気持ちがいい。でも、キスしたいな・・・


 私は無意識にユーリの唇にチュッと触れるだけのキスをした。初めて触れたそこは想像より柔らかくて温かくて満足したのもつかの間、ユーリの目を見開いた驚愕の表情に一気にふわふわしてた気持ちが急冷される。

 

 「あっ、ごめんなさい!あの、今の私のいたところの愛情表現の方法で、つい。気持ち悪いよね、本当にごめんなさい。」


 咄嗟に私は謝った。ユーリの色気に当てられてなんてことをしてしまったんだ。しかも、ユーリにとってはきっとファーストキスだ。


 「愛情表現?耳噛むんじゃなくて?」


 「えーと、茶爪の妖精と私は違う世界から来たから・・・。口と口を合わせるのが私のもとの世界では一般的な愛情表現だったの。ついしちゃってごめんなさい。」


 オロオロする私を後目にユーリは唇を自分の指で触れる。ふにっと自分の唇の感触を確かめてからニヤっとして私を見上げてきた。


 「もう一回やって。」


 「ユーリ?」


 「もう一回やって欲しい。駄目か?」


 駄目なわけ無い。私はもう一度ユーリにゆっくりとくちづけした。こんなふうに自分リードでキスをするのは初めてだけど、ユーリが相手だと思うと堪らなく嬉しい。調子にのって舌を入れて絡めたらユーリは一瞬だけ体を強張らせたけれどすぐに力を抜いて受け入れてくれた。ユーリとのキスは、今までのキスはなんだったのだろうと思う位にすごく気持ちがよかった。

 唇を離してユーリを見つめると、口が半開きのユーリは肌が紅潮してただならぬ色香を放っていた。ヤバイ、ユーリが色っぽすぎる。

 

 「これいいな。」


 「え?」


 「マリが凄いエロい顔してる。気持ちいいし興奮する。」


 ユーリの言葉に私は一気に顔に熱が集まって自分でも判るくらいに真っ赤になった。慌てて両方の頬を手で隠す。恥ずかしいっ!


 「俺以外にはやんないで。」


 「やるわけ無いでしょ。」


 真っ赤な顔で睨む私をユーリは満足げに見つめると、頬に当てていた私の手を優しく外しておでこをコツンと合わせ、耳を甘噛みして、最後に今度はユーリからキスをしてくれた。

 数分後に料理を運んできたレストランの給仕人さんに「お暑いですか?窓を開けましょうか?」と心配されて私の顔は益々真っ赤になったけど、ユーリが嬉しそうに笑っていたから恥ずかしいけどまあいいかと思えてしまう。

 

 キスのことを受け入れて貰ったついでに、私はもう一つユーリに明かしてない秘密を彼に打ち明けたいと思った。それは爪の色のこと。未だに私は常に爪にテープを巻き、さらに手袋をしている。でも、ユーリと手を繫ぐときに手袋越しじゃなくて直に触れたいという想いは日に日に強くなっていた。


 「ねえユーリ。私、ユーリに1つ隠し事があるの。」


 「隠し事?」


 食事を口に運んでいたユーリは不安そうな目をして戸惑ったように首を傾げた。う、なんか可愛い。色彩と表情のせいでいつも怖そうに見えるからギャップ萌しちゃう。爪の色のことなんて忘れて抱きつきたいところだけど、いつまでも隠し事するのはフェアじゃない。私はすーっと息を吸い込んだ。


 「実はね、私の爪って本当は水色じゃないの!!」


 私の覚悟を決めてぎゅっと目を瞑ると声高々に宣言にする。数秒間の沈黙が続き、私は段々とユーリの反応が無い事に不安になってきた。もしかして、ずっと嘘つかれてたって怒っちゃったかな。

 恐怖に押しつぶされそうな気持ちを叱咤してそっと目を開けると、ユーリは顔を手で覆って肩を揺らしていた。あれ、もしかして笑ってる?そういう反応は予想外。


 「ユーリ?」


 「ははっ。マリが真面目腐った顔して向き直るから何言われるのかと思った。実は俺は伴侶じゃなかったとか言い出すのかと思ってドキドキだったのに。」


 「ユーリ!」


 「ああ、ごめん。爪の色な。爪の色なんて何色でもいいよ。なんだったら妖精じゃなくてもいい。俺はマリが好きなんだから。」


 なおも肩を揺らして笑いながら言うユーリはとっても楽しそうだ。なによ、私がすっごく覚悟を決めて言ったのに!でも、ユーリの言葉を聞き逃さなかった私は腹を立てるのも忘れてしまった。ユーリが今さらっと「好き」って言った。私を「好き」って!


 「私もユーリが好き!」


 「知ってる。1週間会えないと寂しくてまわりに嫉妬して泣いちゃうくらい俺が好きなんだろ?」


 ユーリはニヤニヤして私を見つめる。っていうか、何故その事を知ってるの!!キーロ→ジュン→ユーリのルートしか考えられない。私の一喜一憂がこれじゃあ筒抜けじゃない!

 ふて腐れる私をよそに食事を終えたユーリはなおも楽しそうに笑っていた。


 この後、私の素の爪を初めて目にしたユーリは腰を抜かしそうな位に驚いていた。どうやら私の告白を聞いて、本当はもっと暗い色の爪なのに何か塗って水色に見せていたと思っていたようで、まさか透明だとは夢には思っていなかったようで。


 「透明の爪の妖精が俺なんかでいいのかな・・・」


 「ユーリがいいの!次に私の大好きなユーリを『なんか』なんて卑下したら許さないんだから。」


 ぷうっと頰を膨らませて怒る私を見てユーリはまた笑って私をふわりと抱き寄せるとコツンとおでこを当てた。


 


 

 


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