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妖精  作者:    
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25 恋愛文化の異文化交流

 ユーリは最近、仕事が終わってからあまり遅くならなければ会いに来てくれる。それは時間にして30分にも満たない短い時間だけど、そんな時間だけでもユーリに会えるのが嬉しくてたまらない。

 ユーリは、自分から仕事のある日に私に会いたいと言いだすのは会う約束を守れなくなる可能性もあるため言い出しにくかったのだとか。私から会いたいとおねだりすると、いつもの仏頂面を崩して喜んでくれた。

 どうやら、妖精である私がユーリを伴侶に選んだと言うことは、もう私達は婚約関係にあるのと同等とみなされるようだ。なので、キーロも気を利かせてユーリが来ると部屋を後にするので、いつもゆっくり2人の時間を過ごせる。うふふっ、婚約関係だって。きゃー、どうしましょう!!


 そして、ユーリは最近私にきついことをあまり言わなくなった。大抵は優しいし、時々は可愛いと褒めてくれる。好きな人に『可愛い』って言われて嬉しく無いわけないよね。時々きつい言葉や冷たい態度が出るのは、多分根がS系なんだわ。でも、私を大事に思ってくれているのは十分伝わってくるから、私もあまり気にならない。

 そう、私達はどっからどう見ても幸せな恋人達。そのはずなのに、私には悩みがある。それは・・・ユーリが一度もキスしてくれない!!


 外に出掛ける時も部屋に居るときも必ず私の手を握る。手袋越しだけど。

 そして人の視線が無いときには顔を近づけて額をコツンと合わせてくる。そこからキスに流れるかと思いきや、何故か毎回のように耳を甘噛みしてくるので、その度に私は「うひゃっ。」とか「やんっ。」とか、とにかく変な声をあげる羽目になって顔から火が出そうだ。

 しかも、あらかじめ身構えて変な声を耐えたときは怪訝な顔をして今度は耳を舐めてきた。いや、もうびっくりですよ。耳を舐められたのなんて人生初よ?思わず変な声が出たらユーリは何故かとても満足そうな顔をしていた。


 これはもう悩まずにはいられないよね!?私の口が臭いのかと思ってそれはもう念入りに歯磨きをしているけど全く効果なし。もしかして、ユーリは耳フェチのアブノーマルな性癖があるのかも知れない。そんなこんなで、私は真剣に悩んでいるのだ。


 今日は久しぶりにバネットとメーリンと3人でお茶をしている。私は悩んだ結果、2人にこの悩みを相談してみる事にした。


 「恋人がキスしてくれない?」


 私の悩みを聞いたバネットとメーリンは怪訝な表情で顔をみあわせた。やっぱりキスしてくれないなんておかしいんだ。私は最近すっかり緩くなってきた涙腺からまたもや涙がこぼれ落ちそうになる。


 「その、マリが悩んでいるのに、なんと言えば良いのかわからなくって。『キス』って何かしら?」


 バネットは酷く言いにくそうに私とメーリンの顔を伺った。


 「よかった!実は私も知らないわ。ねえ、マリ。『キス』って何??」


 メーリンも体をグイッと前に乗り出して私の表情を伺う。一方の私は完全に予想外の回答にびっくり仰天だ。


 「え!?キスはキスだよ。恋人達の愛の確認行為よ!恋人になったら普通するでしょ!?」


 「知らないわ。」


 「私も聞いたこと無いわ。」


 2人とも冗談言っているようには見えないし、本当に知らないように見える。キスを知らないって本気??今どき幼稚園児でも知ってるよ?


 「その、キスというのは何をするのかしら?」


 バネットは大真面目な顔をして聞いてくる。メーリンも興味津々にしてるし。まさか、友達相手にキスの説明をする羽目になるなんて!


 「それはその・・・口と口を合わせるのよ。」


 「え!?口と口?信じられないわ。」


 「見たことも聞いたことも無いわね。」


 えっ、ええー!!本当に?本当にキスを知らないの?このカルチャーショックはこの世界に来て一番激しい。ユーリはキスをしたくないんじゃ無くて、知らないってこと??


 「じゃあ、恋人になったら何をするの?」


 私は逆に2人に聞き返してみた。メーリンはちょっと考えるポーズをしてからぽつりぽつりと説明を始める。


 「まずは手を繋ぐでしょ?」


 うん。それは一緒だわ。


 「ハグをして、お互いの血を舐め合うわ。」


 「は!?」


 「それから、最後は2人で子供をつく「ちょっと待って!」


 私は思わずメーリンの説明を遮ってしまった。血を舐め合うってなに??びっくりなんですけど!


 「私の故郷では恋人の血を舐めるのよ?一心同体ってことを表しているの。」


 メーリンはコテンと首をかしげかしげて何がおかしいのかと不思議そうにしている。首をかしげるメーリンは可愛いけど、言っている事は全然かわいくない。


 「それ本気?」


 さすがにバネットも衝撃的だったようで、眉をひそめていた。


 「もちろん本気よ。そういうバネットのところは?」


 「うちは、手を繫ぐのは同じね。あとは、男性は女性の耳を噛むわ。」


 耳を噛む?それってユーリがしてくるやつだ!!『耳を噛む』に異様に反応を示した私にバネットは更に詳しく説明をする。

 

 「男性は自分が想いを寄せる女性の耳を甘噛みするの。女性が男性の思いを受け入れる意思があるときは可愛く声をあげるのよ。受け入れる意思がないなら声を出さないか、相手を攻撃するわ。

 この世界の妖精って圧倒的に茶爪の私と同じ世界から来た人が多いでしょう?だから、この世界の人達はみんな妖精の女の子が恋人になったら耳を甘噛みすればいいって思い込んでるわよ。血を舐めるとか、口を合わせるとか、想像すらしてないと思う。」

 

 なんという衝撃的な事実!ユーリは耳フェチなんじゃなくて、私が妖精だから愛情を示すのに耳を甘噛みすればいいと思っていたってこと?だから声を耐えたときは怪訝な顔していたんだ。

 確かにユーリにされるからああいう声で済んでいるんであって、これが見知らぬオヤジとかだったら絶叫ものだ。想像するだけでも嫌すぎて鳥肌たってきた!


 異世界人が伴侶になるって、実は凄い文化の壁を乗り越えなきゃいけないんだね。知らなかった。バネットとメーリンもお互いの愛情表現方法の文化の違いにただただ驚いていた。

 ちなみに、ユーリがいつもしてくる『おでこコツン』はこの世界で最も一般的な愛情表現の方法らしいとようやく私は知ったのだった。


 「その・・・、フィクシスも血を舐めてくれないのかしら?」


 その時、下を向いて掻き消えそうな声でそう言ったメーリンはスカートを両手でぎゅっと握り締めていた。フィクシスと言うのはつい最近メーリンがパーティーで出会って伴侶に選んだ男性のこと。太い眉にぱっちりした目の男らしい見た目で、金属鉱山を所有している実業家一族の息子さんだ。


 「うーん。舐めないかもね。」


 おそるおそるそう言うと、メーリンは目に涙を沢山浮かべてポロポロと泣き出した。


 「血を舐め合うのはあなたと私は一心同体っていう愛の証よ?それがないなんて・・・」


 私とバネットは顔を見合わせてしまった。『血を舐め合う』って相当ハードル高いよ?どうやって舐め合うのか知らないけど。皿に少し垂らすのか、腕とかを傷つけて舐めるのか・・・とにかくどんな方法にしろハードルが高いのは間違いない。


 「えっと、とりあえずはフィクシスさんにその愛の表現方法を話してみたらどう?メーリンの事を心から愛してくれてるから、もしかしたらもしかするかもだわ。」


 バネットは言いにくそうに、でもしっかりとメーリンにそう言った。多分バネットもメーリンの言うその愛の表現方法は相当ハードル高いと感じているのだろう。でも、メーリンは違うようで逆に目を輝かせた。


 「そうよね!私、フィクシスに言ってみるわ!」


 フィクシスさん、ご愁傷様でございます・・・。でも、愛があればそれ位しちゃうものなのかな?うーむ、どうだろう。ユーリは私がキスしたいと言ったらどんな顔をするのだろう。悶々とした私の悩みは結論は出ないままなのであった。


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