18 2度目の失恋
昼下がりを過ぎて太陽がだいぶ傾いている時刻。キーロがワンピースを用意して、ガティがいつものように鋭い眼光で私と衣装を見比べている。
「よし、決めたわよ。今日はこれぞ妖精という可憐さと儚い雰囲気を全面に出すわよ。夕暮れに佇む儚げな妖精。これで彼はきっとマリィの虜だわ。アタシに任せなさい。」
ガティは鼻息荒くそう言うと目を付けた衣装を横に避け、それに合わせた化粧を私に施し始めた。化粧中は自分の姿は見えないけれど、ガティのことは全面的に信頼しているから何も心配はしていない。きっと今日もとびきりの私に仕上げてくれるはずだ。
おしろいを叩き、ベージュ系のアイシャドーを何種類か軽く乗せられる。キラキラと光沢があるものもなかには混じっていた。チークも2種類を使い分け、リップも唇の位置により何色かを使い分けていた。絶対に自分では出来ない化粧なのでガティが居てくれて本当によかった。
「ほら、出来たわよ。なかなかいいじゃない?アタシってば流石ね。」
ガティが自画自賛しながら私を見つめ、メイク道具を仕舞い始める。目の前の鏡に映る私は確かに妖精のように可憐に見えた。白い肌にほんのりと色づくピンクの頬、何色も重ねられて自然な凹凸に表現されたぱっちりとした目元、ぷるんとした唇。沢山メイク道具を使い分けていたのに、とてもナチュラルに見える。流石はガティだ。
「まあ、マリィ様。今日もお綺麗ですわ。」
キーロもほぅっとため息をついて褒めてくれた。アイボリーの胸下に切り替えがあるロングワンピースは今日の清楚な雰囲気にぴったり。うん、頑張れそうな気がする。頑張れ、私。
「ありがとう。じゃあ、二人ともまた後でね。」
「マリィ様!今のマリィ様は世界一魅力的ですわ。」
「今度こそ仕留めるのよ!これで駄目ならもう次は身体で落とすしか無いわよ!」
なんだかガティが物騒な事を言っていた気もするけど、彼女なりの激励かな?私は2人に手を振って部屋を後にした。
2人は、私が今日、パーティーで出会った人とデートすると思っている。確かに男の人に会いに行くけど、正確にはデートではない。私は今日、ユーリへの思いに決着をつけて次への一歩を進む決心をした。ガティに頼んで『今までの人生で1番私が魅力的に見えるように』とのテーマでお願いしたのは、最後くらいは少しは可愛いと思って欲しいと言う私のささやかな抵抗。
ユーリはあと数日で中隊副隊長になる。そして、あの訓練場に姿を現す頻度はガクンと減るはずだ。それくらいの甘えは赦して欲しい。振られた男が自分以外の女の子には優しく振る舞う姿を見て笑っていられるほど私は強くないのだ。
私は真っ直ぐに顔を上げるとここ最近すっかり足が遠のいていたルビン舎へと向かった。歩きながら空を見上げると、ユーリと相乗りして2人で出かけたあの日と同じように夕焼けが美しく空を染めていて、オレンジ色から赤へのグラデーションが見事だった。
ルビン舎の入口からそっと中を覗くと、少しだけ髪が伸びて灰色の髪のえり足が服の立て襟にかかるようになったユーリが愛騎の世話をしているのが見える。この姿を見るのも最後かと思うとすぐに声をかけるのがなんだか勿体なくて、私は少しだけ離れてその様子を見守った。
よくよく見るとルビン舎もだいぶくたびれてきている。大きな嵐が来たら壊れても不思議じゃ無い感じだ。私はルビン舎に手を当てると『いつもありがとう。これからもルビン達を安心させる場でいてね。』と声をかける。ルビン舎を包むようにぱあっと光がキラキラと舞い、継ぎ接ぎになっていた壁や剥がれかけた天井は真新しい輝きを放った。ユーリはそのキラキラと一瞬で変わったルビン舎の様子に呆気にとられたように上を向き、次の瞬間にハッとしたように入口であるこちらを見ると目を見開いて驚愕の表情を隠さなかった。そんなに驚くなんて、ちょっと傷つくわよ?
「久しぶり、ユーリ。近くで見ても良いかしら?」
「あぁ。」
「ルビン達は元気?」
「あぁ。」
ユーリは近づく私からすぐに目を逸らすと素っ気ない返事を繰り返す。相変わらず私には素っ気ない態度で心がチクンと痛んだ。でももう終わりだから、頑張れ、私。
「体調は・・・」
「え?」
「体調はもういいのか?この前のパーティーの時、体調不良だったんだろ?最近疲れやすいって言ってたし。」
「うん。平気。」
顔だけこちらを向いたユーリは心配そうに気遣う目をしていた。やめてよ、そんなふうに見られると馬鹿な私はもしかしたらと勘違いしてしまう。変な期待をして深く傷つきたくない。
「私も拭いて良い?」
私が聞くと無言でタオルが渡されたので、拭いても良いという事なのだろう。いつも大人しいこの子ともお別れか。
私はユーリのルビンを拭きながら『今までのありがとう。あなたがずっと怪我無く過ごせますように。』と声をかけるとユーリのルビンをキラキラが包み込んだ。背中に痛いほどユーリの視線を感じる。そんなに警戒しなくても、何もしないのにな。
全部拭き終えてタオルを渡すと、ユーリは何か言いたげに口元を歪めたが、結局は何も口にせず、また視線を外された。
「ねえ、ユーリ。」
「何だよ。」
返事はしてくれるけど、相変わらずユーリはこちらを見ようともしない。本当は目を見て言いたかったけど仕方が無いか。
「私ね、ユーリが好きなの。」
「え?」
私の言葉を聞いたユーリは信じられないものを見るように顔を向け大きく目を見開くと、次は私の言葉の真意を探るように眉間に皺を寄せて訝し気な視線をなげてきた。やっと目が合ったので、私はもう一度ゆっくりと思いを伝えた。
「私はユーリが好きよ。」
静かなルビン舎ではっきりと届いたはずの声に、ユーリは呆然としてて何も反応してくれない。ちょっと寂しいけど『No』の返事をはっきりと聞かずに済むと思えばこれでよかったのかもしれない。たぶん数十秒にも満たないこの沈黙が今の私には居たたまれない。
「でも、ユーリは私があまり好きじゃないみたいだからもうお終いにするね。今まで付きまとってごめんなさい。もうここにも来ないね。」
流石に私も涙声になってきた。でも、ユーリは真二みたいに何か酷い事を私にしたわけじゃ無いし、責めるのはお門違いだ。せめて、私のことを少しは憶えてて欲しい。あなたの事を好きだった勘違いな妖精を、幸せな未来で時々思い出して?
「ユーリがユーリの愛する人と幸せな未来を築けますように。」
額に手をあてたまま呆然と固まって動かないユーリの胸元をトンッと手袋をはめた指先で触れると、ユーリの体をキラキラが包む。自分の未練がましさに笑っちゃうわ。私は呆然と立ち尽くすユーリを置いてルビン舎を後にした。
「あーあ。終わっちゃった。ガティとキーロ、がっかりするだろうな・・・」
あの日のようにこぼれ落ちる涙を留めるために見上げた空は、キラキラと星が瞬いていてとても綺麗だった。




