17 女の友情
広間を後にした私は行く当てもなく、とぼとぼと歩くうちにいつの間にかいつもバネットとお茶をする庭園の東屋に辿り着いていた。いつもは気にならないけど、一人で改めて訪れると東屋はところどころのペンキが禿げてぼろぼろになってきている。いつも空いているし王室専用庭園は別にあるので、修理するまでもないと言うことなのだろう。私はこの東屋がなくなる前にここを出ることが出来るのだろうかと、ついつい自嘲的になった。
「いつもお世話になっているわね。もう少し付き合ってね。」
視界を涙で滲ませながらそっとテーブルを触ると東屋全体にふわっとキラキラが舞った。全くの予想外の出来事に私は唖然とする。祝福って人と動物のみならず、物にも通用するの??さっきまでぼろぼろだった東屋から、今建てたかのようにふわっと新築の香りが鼻孔に届いた。
「マリ。こんなところでどうしたの?」
後ろから高い声が聞こえて振り返ると、バネットがいた。一人でこっそり抜け出したつもりが、私が扉から出たのに気付いたバネットは心配して付いて来てしまったようだ。
「バネット!まだパーティー中でしょ?戻らないと。」
「マリが抜けるのが見えて、警備兵に聞いたら体調が悪いって言うから心配で探してたの。それに、そんな顔したマリを置いては戻れないわ。」
バネットは私に戻れと言われたのが不服だったようで不機嫌そうに眉を寄せた。私はバネットの顔を直視出来ずに思わず俯いてしまう。
「私、伴侶探しする自信がないの。一生このままで王室の穀潰しになるかも。」
「マリ、一体どうしたの?マリらしくないわ。」
ぽろぽろと涙を流して言葉少なに語り始めた私に近づいてきたバネットは心配げに顔を覗き込んだ後、ぎゅっと抱き締めてくれた。その優しさに私は堰が外れたかのようにエンエンと子供のように大きな声で泣いてしまった。
「落ちついたかしら。それで何があったのか話してくれるわよね?」
これでもかと言うくらいに泣いて泣きまくった私が落ちつくまでバネットは一緒に寄り添ってくれて、落ちついた頃を見計らって理由を聞いてきた。バネットは私より年下なのに、お姉さんみたいだね。
「私、好きな人がいるの。でも、相手からは煙たがられているみたいで成就見込みはなくて。こんな気持ちでパーティーに参加しても相手の人に失礼でしょ?それで逃げて来ちゃったの。」
「好きな人?パーティーで会った人じゃ無いの?」
「違うわ。」
「おかしいわね。伴侶探しは記録が残るこれまでの間、100%パーティーで会った人と成立しているのよ。何故だかわからないけど、必ずそうだわ。でも、あなたがそんなに泣くほど惹かれているならその人がマリの伴侶なんじゃ無い?伴侶にはどうしようもなく惹かれるらしいのよ。」
バネットは私の話を聞いて首を傾げていた。伴侶は100%パーティーで会った人と成立する。その話からもユーリが私の相手じゃ無いことは明らかだ。どうやら私はどうやったって好きな相手に煙たがられる星の下に生まれたらしい。
「ねえ、マリ。その彼には想いは伝えたの?」
「ううん。どちらかというと嫌われているから。」
「嫌いって言われたの?」
「言われてないけど、いつも態度が『俺に構うな。』って語ってる。みんなにそうなんだと思ってたけど、私に対してだけだって最近わかったの。」
なおもグスングスンしながらぽつぽつと語る私の話に、バネットは益々首をかしげていた。そんなに妖精に嫌悪感を持つ人なんているのかしら、とブツブツ呟いている。
バネット、彼は妖精と言うよりは私に嫌悪してるんだよ、とは思ったものの自分では怖くて口に出すことは出来なかった。
バネットはハァと息を吐くと、私の手をむんずと掴む。そして有無を言わせずに手袋を剥ぎ取った。手袋の下の指先をテープで不自然にぐるぐる巻きにした手が曝される。
「マリ。爪を見せて。」
「なんで?嫌よ。」
「見せて。」
バネットの真剣な表情に私は何も言えなくなってしまった。嫌だと言わないのを確認するとバネットは中指のテープを慎重に剥がしてゆく。
「え?うそ・・・透明だわ。」
私の爪は既に殆どすべてが自前のものに生え替わっていた。中指には見慣れた地肌の透ける半透明の爪がある。
「どおりでおかしいと思ったの。マリは水色の爪にしては随分力が強いなって前々から思ってた。だいたい、動物や物にまで祝福が効くなんて聞いたこと無いわ。それって凄い事なのよ。この東屋、マリがなおしたんでしょ?」
バネットに言われて私はコクンと頷いた。
「ねえ、マリ。その人と一度よく話してみたら?マリの周りの人は例外なく幸せになっているのに、こんなにもみんなに幸福を届けつづける貴女が幸せになれないわけ無いわ。マリはとても魅力的よ。友人の私がちょっと嫉妬しちゃうくらいなんだから、もっと自信を持って。」
「でも・・・」
「でもじゃ無いわ。その彼と話さなかったら絶交だからね。良いわね、マリ。」
バネットはなおも弱気でいる私にピシャリと言い放ち、更にはビシッと私の鼻先を指差すと絶交宣言をしてきた。バネットに絶交されるのは絶対に嫌だな。でも、ユーリと話すのも・・・
散々迷い続けた私だったが、ユーリはもうすぐ第1中隊副隊長になる。そうしたら今より顔を合わせる頻度はずっと減るはずだ。良いタイミングなのかも知れない。この気持ちに区切りをつけて早く次の出会いににかけた方が良いのは私もわかってる。
「大丈夫よ、マリ。貴女はきっと幸せになれるわ。」
バネットは泣きそうな私の顔をのぞき込むと自分自身も泣きそうな顔をして、もう一度私を抱き締めてくれた。妖精の祝福は妖精には効かないし、バネットの爪は茶色だから力もあまり強くはない。でも、私はバネットのキラキラ輝く祝福はきっと効くような気がした。




