16 気付いた気持ち
ヒロインは思い込みにより盛大に拗らせ中。
鏡の前でクルリと一回りして自分の姿を確認する。今日はガティが「大人の女」をテーマに衣装選びからメイクアップまでしてくれた。これまでにないスリットの入ったタイトなワンショルダーロングワンピースに、大人っぽいセクシーさのある化粧、伸びてきた髪は結い上げられて一つまとめられ、髪にはキラキラと輝く石の髪飾りが飾られた。この格好なら手袋をしていてもしっくりくるし、なかなか似合ってると思う。
「マリィ様、美の女神のような美しさです。会場の男性は皆マリィ様の虜になること間違い無しですわ!」
「マリィもなかなか良いもん持ってるって事を知らしめてやるのよ。アタシが化粧したんだから自信を持ちなさい!全部新作使ったんだから。」
キーロとガティが私を元気付けるようにしきりに誉めてくれる。ガティは毎回私の化粧をしていることでパーティーに来ていた化粧品会社の娘に目を付けられ、最近遂に独自ブランドを発売するに至った。ガティは『マリィのお陰だわ。』と言うけども、ガティの実力だと思う。だってガティの化粧は本当に凄いもの。それなのに毎回毎回成果無しで本当に申し訳ない。そりゃ、私がこんなにも成果無しのパーティー常連客になれば2人とも気も遣うよね。私は背筋を伸ばして2人に微笑んだ。
「ありがとう、2人とも。行ってくるわ。」
広間の入口に一人で向かうとメーリンが途中のベンチに座っていた。私の顔を見るとぱっと表情を明るくしたので、どうやら私を待っていたようだ。メーリンはハニーブラウンの髪をハーフアップにして、可愛らしいリボンのついた淡いピンクのワンピースを着ていた。メーリンの守りたくなるような繊細で柔らかい雰囲気によく似合っていると思う。
「ねえ、マリ。一緒に行ってもいい?」
「もちろん。一緒に行きましょ。」
私とメーリンは並んで会場入りする。いつも目立たないようにしているけど、妖精が2人同時入場となるとどうしても注目される。周囲の視線に怯えたように私の後ろに身を隠したメーリンに気付いたが、私はいいかげんしっかりと相手探しに専念しなければならない。迷った結果、いつものように会場奥の定位置に立っている彼に彼女を預ける事にした。もうすぐ人事異動だし、彼がここに立つのもこれが最後かなと思う。
私はメーリンの手を取ると真っ直ぐに彼のもとに向かった。ユーリは私に気付くと全身を視線で追い、目を見開いて呆気にとられたような顔をしていた。
「ねえ、ユーリ。メーリンが人見知りしてるから、しばらく隣りにいてもらってもいい?」
「え?ああ、わかった。マリィは?」
「私は伴侶探ししないと。あんまりにも成果がないから、みんなに心配されちゃってるの。妖精のくせに情けないでしょ?」
「いや、そんなことは・・・」
言い淀むユーリに構わずメーリンは私から離れてすぐに彼の隣りに行くと、似合っているかを笑顔で聞いていた。すぐに背を向けた私の後ろで『似合ってる。可愛いよ。』と言う声が聞こえたけど、私は驚きもしなかった。私が何回聞いても得られなかった返事は、他の人ならこんなにも簡単に引き出せるんだと思うとなんだか笑っちゃう。
今日は真っ直ぐに広間の中央に向かい、最初に目が合った男性にこちらから声をかけた。男性はまさか妖精の方から声をかけられるとは思っていなかったようで驚いて、頬を染めていた。うん、いい人そうだな。
彼と私はテーブル席に座るとお互いの事を話した。銀行頭取の息子である彼は将来的に銀行を継ぐらしい。真剣な顔で困っている人に融資をしてやりたいが貸し倒れにより経営を傾かせて従業員を路頭に迷わせるわけにはいかないと悩みを話してくれたので、彼の手の甲に自分の手を重ねて『あなたに幸運の星が付いていますように。』と祝福を贈ると、パッとキラキラが彼の周囲を包み込む。この真面目そうな青年がきっと周囲の助けになることを祈った。
同じように自分から声をかけてはテーブル席で何人かの男性と話してみた。皆さんとても素敵な方ばかりで、もっと早くからきちんと色々な人と向き合っておけばよかったとつくづく思った。最後に話したのは聖職者をしているという、穏やかな雰囲気の男性だった。この国では聖職者も結婚が認められている。
「ソメィヤマーリィはどんな異性がお好みですか?」
穏やかに微笑む男性に尋ねられた質問に改めて考えてみる。
「そうですね。嘘をつかない人が良いです。私を裏切るような事を陰でしないで大切に思ってくれる人。」
そう、もう真二の時のような思いをするのはまっぴら御免だ。お互いを尊重して心から信頼できる関係を築きたい。
「それで、優しくしてくれる人が良いです。」
脳裏に何故か時折ユーリが見せてくれる優しい笑顔が浮かんだ。違う、あんな冷たい態度ばかりとる人じゃなくて、優しく包みこんでくれるような人がいいの。なのに、なんで顔が浮かぶの?
「意地悪を言わないで、時々褒めてくれたら嬉しい。」
好きな人からはお世辞でもいいから『可愛い』と言って欲しい。間違ってもお洒落した私に『似合ってない』なんて意地悪言わないで。
「私を愛してくれるなら、言葉でもそれをくれたら嬉しい。」
いつか、私が愛した人からの『愛してる』の一言が欲しい。それだけでいいの。
「そして、私の名前をちゃんと呼んで欲しい。」
ねぇ、わたしは『マリィ』じゃなくて、『マリ』なんだよ。
「ソメィヤマーリィ??」
目の前の男性が困惑したような眼差しを向けてきて、私は自分が泣いている事に気付いた。ああ、なんて滑稽なんだろう。私はどうやらユーリが好きらしい。相手に煙たがられていると知ってからこんな気持ちに気付くなんて、どうかしているわ。本当に私は男運がない。
男性は何か私の気を損ねたのかと心配げにこちらを気遣っている。彼は何も悪くないのに、申し訳ないことをしてしまった。
「ごめんなさい。あなたが近い未来に唯一の女性に出会い幸せになりますように。」
私は男性の手に軽く触れると祝福を贈り、男性をキラキラが包み込む。ユーリが私が祝福を贈ったのに気づき、こちらを見ているのが滲んだ視界の端に映った。好きな人が見ている前で将来の伴侶探しなんて、なんて惨めなんだろう。心がギスギスと悲鳴をあげた。
私はそれ以上、その場にいることが耐えられず、入口の警備隊員に体調不良なので席を外すと言い残して一人で会場を後にした。




