14 伴侶探しは難航中
穏やかな陽気で心地よい風が吹く昼下がり。私はバネットと庭園の東屋でアフタヌーンティーを楽しんでいる。何回もパーティーで顔を合わせては成果報告会を行っていた私達は、今や気の置けない親友になっていた。そしてそれは、それだけ長い間お互いにこれはと思う相手を見つけられずにいるということ。雑誌でも婚活パーティーに何年も通う万年婚活常連客の存在は知っていたけれども、まさか自分がそこに片足ツッコむことになるとは。
「なかなか巡り会えないものね。」
バネットはキーロの煎れてくれた特製フレーバーティーを口にふくんで、はぁっと軽い溜息をつく。
「だってさー、ちょっとばかし良い雰囲気になりかけると途端に向こうに環境変化が起きて駄目になるんだもの。」
私もハァッと息をついてバネットに愚痴る。そうなのだ。クリクリィートに始まり、ちょっとばかしいい雰囲気になると必ず横槍と言うか相手にとっては良いことがあり、その関係は敢えなく終わりを告げる。それは留学だったり、密かに想いを寄せていた人と相思相愛になったり、急激な事業拡大による多忙だったりと理由は多岐にわたる。
「マリは特に酷いわよね。茶色と水色の爪でこんなにも幸福を呼ぶ力に差があるのね。マリと関わると漏れなく幸福が来るってもっぱらの噂よ。みんなマリと何とか関わりたくて男女共に虎視眈々と狙ってるんだから。」
「うー。私の幸福はどうなってるのよ-。」
「だから、それは伴侶が・・・」
「どこにも居ない場合はどうすれば??」
「この広い世界の何処かにはいるはずよ。」
バネットは最早年齢不応相の達観した台詞を吐き、オレンジ色の瞳で遠い目をする。本当に巡り会えるのか?このまま周りに幸福を振りまき続けるとなるとバネットと初めて会った日に彼女が口にした『不公平』と言う言葉もしっくりくる。まだ見ぬ愛しい人よ、、貴男は一体どこに!?
それから、私達はお茶を飲みお菓子を摘まみながら世間話を小一時間程して、次回のパーティーこそは必ず!とお互いに検討を祈り合って別れたのだった。
その後、私は一人でふらふらと日課となったルビン舎へと足を向けた。中を覗くといつものようにユーリが自分のルビンの世話をしているのが見えた。
「ユーリ。」
私は声を掛けてユーリの元に歩み寄る。ユーリはこちらに視線を向けると、視線を一瞬合わせただけで無言でまた愛騎の世話を始めた。冷たい態度は相変わらずだけど、もう諦めたのか最近は『帰れ』とか『煩い』とかは言われなくなったのだ。そのまま横に立ってユーリがルビンを世話している様子を見つめていると、珍しくユーリの方から口を開いた。
「俺、次の人事異動で第1小隊隊長じゃ無くなるんだ。」
「え?転勤??」
「違う。来月から第1中隊副隊長になる。職場は今と同じ王宮だ。」
えーっと、第1中隊副隊長ってことは・・・。私は頭の中で事実関係を把握してパッと表情を輝かせた。
「ユーリ、凄いじゃない!まだ若いのに。」
「もしかしたらマリィのお陰かもな。」
「ううん、違うよ。ユーリの実力と頑張りのお陰だよ!」
ユーリは私が褒めると照れたように少しだけはにかんだ。うん、ユーリは美形なんだからいつもこんな風に柔らかい雰囲気でいるのがいいよ。思わず私も微笑むとユーリは灰色の瞳を見開いた。
「どうかした?」
「あ、あぁ。中隊副隊長になったら慣れない仕事で今のように毎日定時にルビン舎に来られないと思う。やるか?」
ユーリは濯いだタオルを私に差し出す。そっか、そうだよね。ユーリとのこの時間もルビンのお世話もユーリが中隊副隊長になっちゃうと当分はお預けか。その事実に私の胸はチクンと痛んだ。
今までありがとうの思いを込めてユーリのルビンを丁寧に拭いていく。速くなれ、元気になれって拭きながら声をかけると、そのたびにキラキラが空に舞った。
「指、どうしたんだ?」
拭いている最中に横から見ていたユーリに突っ込まれたくないところを突っ込まれて、私は肩はびくんと揺らした。既に誤魔化しようが無いくらい伸びてしまった爪はネイル部分が浮き上がって剥がれたり、ぶつけた指先が折れて欠けたりしている。そのたびにハサミとヤスリを使って自分で形は整えてはいるが、爪の色はどうしようもない。それを隠すため、私は普段から常時手袋を着用して、さらに指先にもテープを巻いて隠していた。ユーリは全ての指先に不自然に巻かれたテープを見つめて怪訝な顔をしていた。
「あの、爪を見られたくなくて。」
「なんで?綺麗な水色なのに。」
どんなに着飾っても決して褒めてはくれず、初めてこの人から引き出した『綺麗』の言葉が唯一の偽物の爪に対してだとは皮肉としか言いようがない。私は一抹の寂しさを感じて自嘲気味にフッと笑った。
「でも、見られたくないの。」
なおも何かを言いたげなユーリを無言で制すると、私は俯いて再びルビンを拭き始めた。そうこうしているうちに、もう薄暗くなっていた外が不意に昼間のように明るくなった。視線を外に向けると空に浮かぶ月から地面に向かって強い光が射しているのが見えた。
「妖精が現れたな。」
同じくそちらに目を向けていたユーリはボソッと呟くと、タオルを素早く私から奪い取りルビンに鞍をつけはじめた。腰に付けた通信器具が鳴り、話し相手に妖精保護の段取りを指示し始める。
「マリィ、悪いが送ってやれない。一人で戻れるか?」
「うん、大丈夫。そろそろ暗くなるし気をつけてね。」
申し訳なさそうに眉を寄せたユーリに私は明るく返事をした。妖精か。今度はどんな人が来るのだろう?そんなことを思いながらルビンに跨がるユーリを見送った。いつの間にか空の光は消え、自分が来たときのような暗闇が辺りを包んでいた。




