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妖精  作者:    
13/36

13 文字を覚えるのは難しい

 異世界転移マジックとでも言うべきか何なのかはわからないが、私はこの世界に来てから言葉に困ったことは無い。本も日本語で書いてあるように見えるので問題なく読めた。だから、キーロにそれを指摘されたときは本当にびっくりした。


 「マリィ様、こちらはマリィ様の元の世界の文字ですか?とても複雑な形をしているんですね。何と書かれているのでしょう?」


 「え?」


 「どうかなさいましたか?」


 マリィが見ているのは私の手書きのメモ書き。勿論日本語で書かれている。でも、この世界の他の文字も私には日本語に見える。もしかして私だけ違く見えているの!?


 「キーロにはこれが読めない?」


 「はい。初めて見る文字です。」


 「そう・・・」


 何と驚いた事に、私に日本語に見える文字は本当は日本語ではなく別の文字らしい。これには本当に驚いた。だって、私が手紙を書いても相手には通じないという事だ。

 私はこの瞬間に決意した。文字を覚えよう!文字がかけないと今は良くても後々困るはずだ。そう思い立った私はキーロにお願いして、幼児が最初に文字を覚えるときに使うような簡単な文字の勉強の本を何冊か取り寄せて貰った。

 そして私はご機嫌で文字の勉強に取り掛かったのだ。そう、この時私は完全に舐めていた。文字を覚えるのなんてアルファベットを覚えるのと同じだと、楽勝だと思っていたのだ。まさかそれが異世界補正のせいであんなに苦労する事になろうとは・・・


 キーロが持ってきた本には見慣れない50音表のような物が並んでいた。これが基本になる文字、日本語で言うところの『あいうえお』に当たるようだ。これはひたすら練習したらすぐに覚えた。問題は次。

 キーロの話によると、ここの文字は並び順や意味によって読み方が変わる。それはまぁいい。問題は、それを私が認識出来ないこと。意味をなさない文字の羅列の時はこちらの文字のままに見えるのに、なぜか意味のある単語になった途端に私には日本語で書かれた日本語の発音の言葉に聞こえるのだ。ある意味素晴らしい翻訳能力だけど、文字を憶えるには厄介すぎる。なにせ、私はその単語を書いていてその単語が意味を持った瞬間に、それが日本語で書かれたようにみえるのだから。

 そんなわけてこの文字の勉強はとっても苦労した。ただ今、私はキーロに知り合いの名前を文字で書いて貰い、それの綴りを勉強している。


 「えーっと、『キーロンボシュ』。次が『バネット』。『ユーリルーチェ』・・・」


その日は涼しくて過ごしやすかったので、私はお気に入りスポットである庭園の東屋(ガセボ)に行って文字を書く練習をしていた。手元に集中してひたすらみんなの名前を書いてゆく。どう言う原理なのか、私が名前を書き終えると同時に日本語へと変わるのでゆっくりと確認しながら一文字一文字を丁寧に書いていった。キーロは横で紅茶を煎れると、私の先生役をやってくれた。


 「そうです、お上手ですわ。」


 熱心に教えてくれるキーロのおかげでだいぶマスターしてきたとは思う。文章についても文法がほぼ日本語と同じだったのが幸いした。


 「マリィ様、ご自分のお名前は書かないのですか?こう書きます。」


 キーロが目の前ですらすらとペンを進めてゆき、最終的にそれは日本語表記に変わった。綺麗な字で『ソメィヤマリィ』と書いてある。うーむ、文字くらいちゃんと自分の名前で書きたいな。私はキーロにお礼を言うと、まだ練習したいのでしばらく少し自自由にしてていいと伝えてペンと紙に向き直った。試行錯誤で書いてゆく名前が次々と日本語表記に変わってゆく。


 『ソーメイマリゥ』


 『ソメィヤマリル』


 『ソメヤマリン』


 なかなか望む文字にならない。見直そうにももう自分には日本語表記にか見えないから見直せず、本当に厄介だ。何十回と書き直して、遂に私は匙を投げた。『マリ』がどうしても書けない。そもそも、『マリ』と言う音自体がこの世界にはないのかも知れない。


 「マリィ、何やってるの?」


 ちょっと休憩しようと伸びをしたら後から聞き覚えのある声で声をかけられた。振り向けば庭園の通路に笑顔のジュンと仏頂面のユーリがいる。


 「文字の練習?」


 「うん。読めるのに書けないから練習してるの。」


 私はジュンとユーリに、自分はどうもみんなと文字の見え方が違うと説明した。ユーリはそれを聞き、私からペンを受け取ると一文字一文字を凄く離して一文字ずつ文字を書き始めた。一文字であれば私にもこの世界の文字に見える。

 ところで、ごく近距離で文字を書くユーリの手とか横顔が異様にセクシーに見えてどぎまぎしてしまうのは何故だろう。ユーリの体が自分に軽くぶつかる度にそこが熱を持つような気がしてドキドキしてくる。私、もしかしたら心臓の病気なのかしら。


 「続けて書けばマリィの名前になる。」


 私の脳内の葛藤など露とも知らずにそう言ったユーリは、すらすらと文字を書き始めた。その紙には『ソメィヤマリィ』の濃く力強い文字。


 「違うよ。ソメヤマリ」


 「ソメィヤマリィだろ?これであってる。」


 ユーリは聞き分けのない子供に言い聞かせるよう自分で書いた文字を指さし、そのうえで指先をトントンとした。

 ううっ、通じない。私の名前がどうしても通じない!絶対に『ソメヤマリ』と必ず書いてやると、私は心の中で強く誓ったのだった。



 


 


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