12 ルビンに乗って出かけよう
「・・・でね、昔からの幼なじみと急接近して遂に思いが通じちゃったらしいのよ。だから縁が無かったわけ。ねえ、ユーリ。聞いてるの??」
「煩い。何でマリィは毎回毎回俺に報告に来るんだ?」
呆れた顔をしてユーリが冷ややかな視線を向けてくるけど気にしない。だって、もうユーリの冷たいあしらいには慣れたものだもん。
「ユーリは恋人居ないんでしょ?」
「・・・今は居ない。」
「じゃあいいじゃない。ここは独り身同士で伴侶探し戦略を練ろうよ。」
「断る。」
相変わらず今日も冷たいユーリは私のウン回目のパーティー成果報告を聞き流し、自分のサイのような乗り物の世話をしている。正確に言うとサイでは無く、ルビンと言う生き物らしいけど。サイと違うのはルビンの角の先には行灯のような夜になると光を放つ丸いものがついている。この世界の軍人は馬では無くてルビンに乗るのが主流のようだ。
「お世話係はどうしたんだよ。探してるんじゃないか?」
「ん?ジュンとデートだよ。いいなぁ、キーロは素敵な人を捕まえて幸せそうで。」
「ジュンフィーグのやつ・・・」
ユーリは忌々しげに呟いた。こらこら、駄目だよ。自分が独り身で寂しいからって他人を妬んじゃいけません。
私はルビンを熱心に拭いているユーリの隣に近づいて行った。
「大人しいのね。私もやってみたい。」
「手が汚れるぞ。」
「いいよ、別に。」
そう言うと私はユーリからタオルを受け取ってルビンを拭いていく。目に入る水色の爪は若干下品に感じるくらいキラッキラに光っていた。
既にだいぶ伸びてきてしまった爪を誤魔化すために、私はガティに『爪のおしゃれをしたい』とお願いして入手したスワロフスキーもどきを伸びた根元に貼りまくっている。だけど、それもそろそろ限界かな。早く伴侶を探さなければと思う一方、伴侶が見つかるとこういうユーリとの時間が無くなってしまうのが残念な気もする。ま、私が独り語りしているのをユーリに冷たくあしらわれるだけなんだけどね。
ルビンはとても大人しく、私に素直に拭かれてくれた。見た目は象さんみたいな肌なんだけど、触るとしっとりしていて不思議な感じだった。
「いつもユーリを乗せて頑張っててお前は良い子だね。お前の足がもっともっと速くなりますように!」
拭きながら話し掛けていると、キラキラがぱっと舞ってユーリのルビンを包んだ。こんなにキラキラが舞うのは久しぶりに見たのでびっくりしていると、ユーリも驚いた顔をしていた。
「マリィの祝福はルビンにも効くのか?人以外に効くなんて初めて聞いた。」
「そうなの?じゃあ私、実は凄いんじゃん!」
「そうだな。」
ユーリが珍しく素直に褒めてきた。予想外の反応にびっくりしてユーリの顔をまじまじと見つめていたら、ユーリは視線を逸らして外に目をやった。夕焼けに染まるオレンジ色の空には赤色が混じりはじめて美しく染まっていた。
「本当に速くなったか試しに乗ってみるか?」
「私乗れないよ。」
「乗せてやるよ。」
そう言うとユーリは私の体をひょいと持ち上げると自分のルビンの上に乗せて、自身は私の後ろに乗った。初めて出会った時のように後ろから包み込むような格好になる。
「落ちないように少し背中でこっちに寄りかかって。手綱は俺が持つから腕に捕まって。」
ユーリにはそう言われるけど、その体勢って凄く密着するから恥ずかしいのよ。片手は腰に回っていて本当に包み込むように密着するから、私の顔に熱が集中してしまったのは不可抗力だと思う。
「耳が赤いな。照れてるのか?」
「夕陽にあたってそう見えるんじゃない?」
ユーリの方を振り向かずにそう言うと、後ろでぷっと吹き出す声が聞こえた。ユーリの奴、面白がってるな。そうこうするうちに「いけ、エイ!」と言う掛け声がしてルビンが凄い勢いで走り出した。恥ずかしいのも忘れて必死にユーリにしがみつく。
「速くなってる?」
「ああ。凄いぞ。だいぶ早い。」
斜め後ろ上部からユーリの嬉し気な声が聞こえた。うんうん、私ってばいい仕事したんじゃない?
「どこ行くの?」
「これだけ速ければ少し遠出できるな。」
そう言ったユーリが連れてきてくれたのは王宮から少しだけ離れたところにある丘の上だった。ルビンがとまったので辺りを見渡して私は息を呑んだ。
「わぁ、綺麗!」
丘の上からは王宮とその城下町が一望出来た。夕日に照らされた町全体が赤く染まってとても美しく見える。一段高い所にある王宮に、その周りに放射線状に広がる町並みは写真でしか見たことが無い外国の町のようだった。
「気に入った?」
「うん。凄く綺麗だよ。連れてきてくれてありがとう!」
思わず振り返ってユーリを見上げると、とても優しい目をして私を見つめるユーリと目が合って、思わず胸の鼓動がドキンとはねた。
ん?ドキンってなんだ、私!だって相手はユーリだよ?いつも冷たいよ?いやいや、私は優しくて甘い言葉をくれる素敵な伴侶を望んでいるんだ。断じてこんな冷淡な男ではない!!
勝手に胸の鼓動が煩く鳴り始めるのを冷静になるように脳内で必死に言い聞かせる。
「どうかしたのか?」
私の様子がおかしいことに気付いたユーリは怪訝な顔をして私の顔を覗き込んできた。
「私は断じてMではない。」
「知ってるよ。マリィだろ。」
ユーリは呆れた顔をして私を見つめる。口では言わないけど、表情に『何言ってんだよ、コイツ。馬鹿なのか?』と書いてある。うん、断じて違う。私が望んでいるのは夕焼けに染まる景色を見ながら愛を囁いてくれるような甘い伴侶なのだ。こんな人を小ばかにしたような表情を向ける失礼な男ではない。
そして私の中で『本件は夕焼けマジックによる幻覚、及び気の迷いである。』という結論に至ったのであった。




