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妖精  作者:    
11/36

11 初めてのお出かけ

 私の生活範囲はこの世界に来てからというもの、ずっと王宮の中に限定されていた。別に行動制限されているわけでも無いけれど、王宮の中で部屋も食事も図書館も庭園も何もかもが揃っているし散歩するのも良い運動になる広さだから、そもそも出かける必要がなかったのだ。

 でも、パーティーで色々な人と話すうちに私も段々と外の世界に興味が湧いてきていた。もうもとの世界にもう戻れないなら、この世界の事ももっと知りたいと思ったしね。

 外に行ってみたいという思いはだんだんと強くなる一方で、ある日私は思い切ってキーロに相談してみた。


 「王宮の外ですか?」


 シーツ交換をしていたキーロは私に話しを振られてちょっと困惑気味の顔をしている。やっぱり駄目なのかな。


 「難しい?」


 「いえ、行くことは構わないのですが、マリィ様はこの世界にまだ慣れていませんし妖精ですから悪人が良からぬことをしないとも限りません。私だけでは心配ですから念のため護衛を手配しませんと。」


 そっか。悪い人の中には妖精を利用しようとする(やから)もいるのか。なんか私が出歩くとまわりのお手を(わずら)わせてしまうんだな。キーロはちょっと考えて、「今夜ジュンに会ったら相談してみます。」と言った。いつの間にか愛称かつ呼び捨てになったんだね。キーロはジュンと順調に愛を育んでいるようで、時々ジュンの事を語るキーロはとても幸せそうにみえた。自分が恋のキューピッドになれたのがちょっと嬉しい。

 そして結局、私のお出かけは護衛役を引き受けてくれたジュンの休暇に合わせて行くことになったのだった。


***


 とても居心地が悪いと感じている私に絶対に罪はないと思うの。だって、どこからどう見ても私はラブラブのカップルにくっつくたんこぶ、完全なる邪魔者にしか見えないでしょ?

 私のすぐわきにはラブラブのキーロとジュンが私の案内役兼護衛役として一緒にいる。でも、私の隙を見てはお互いにちょっかいを出し合っていちゃいちゃしていることに私はとっくに気付いていた。

 お二人さん、こっそりしててもわかりますから。時々指先を絡めて見つめ合ったりしてるの、バレバレですから!最初は見ないふりをして流していたけど流石に居心地が悪すぎる。居たたまれ無くなった私は遂に2人にある提案をした。


 「なんで俺が呼び出されなきゃならんのだ。」


 王都で有名な待ち合わせスポットであるらしいイカみたいな何ともいえない彫刻の前のベンチに座ってしばらく待っていると、私の待ち人は不機嫌な顔で眉間に皺を寄せて現れた。到着早々に小言で文句を言う我等の待ち人はユーリ第一小隊隊長殿。私はジュンと同じ第1小隊で本日は休暇である筈のユーリを呼び出すように彼にお願いした。不機嫌そうにしてても結局来てくれるからユーリは良い奴だわ。


 「だってさ、あれ見てよ。あの2人と行動を共にする私は針のむしろだと思わない?」


 ユーリはチラッと近くにいたジュンとキーロの方に目を向けてチッと舌打ちをした。ジュンは既にユーリが来たことで安心して護衛対象である筈の私そっちのけで、お店の商品を見るキーロの腰に腕を回し蕩けるような視線を向けていた。

 忌々しげにジュンを睨みつけるユーリに思わず苦笑してしまう。『リア充撲滅光線』みたいのが目から出てそうな程の眼光の鋭さだ。本当に見た目は結構いいのに、こういう態度とか口の悪さがつくづく勿体ないと目の前のシベリアンハスキー風の男を冷静に分析する。


 「リア充はほっとこうよ。私、お店の散策したい。」


 「リアジュウってなんだ?」


 「私達と対極にいる人って事よ。」


 「マリィの国の言葉か?」


 「そう。」


 ユーリは納得したのかしてないのかしてないのか微妙な様子だったが、私は構わずにベンチから立ち上がると町中を歩き始めた。私の少しだけ後ろ、連れだと判断できるぎりぎりの距離を黙って付いてくるから、なんだかんだ言っても私のお出かけに付き合ってくれる気はあるようだ。

 ドルエド王国の王都は日本の地方都市によく似ている。大型ショッピングモールもあって、中には色々なテナントも入っていた。洋服だったり、雑貨だったり、本だったり、生活に必要な品物が所狭しと並んでいた。


 「そういえば、ユーリ達が持ってる通信機ってどこに売ってるの?」


 「あれは国からの支給品で普通には売ってない。国中の全てをたった2人でつくっているからな。」


 ユーリとジュンが持っているのですっかり見慣れていた携帯電話のような通信機があればバネットと連絡とるのも楽だなと思って、お店を見たいと考えていた私だったが、返ってきたのは意外な答えだった。


 「国中のを2人で?」


 「ああ。これは黄爪の妖精が郊外にある特別な場所でとれる魔法石を使って作るんだ。俺もよく知らないのだが黄爪の妖精の世界にはそういう物が発達しているらしくてな。だから、これを作れるのは黄爪の妖精だけで今ドルエド王国に2人しかいない。この2人に万が一何かがあったら大変だから、住んでる場所なんかも極秘なんだ。」


 「そうなの。」


 私はこの世界に来てから、ちょっと技術力の発達の仕方のちぐはぐさに疑問を持っていた。携帯電話技術があるのに車や有線電話は無く、かといって魔法を使う人もいない。なぜ通信機だけ?と不思議だったけれど、そういうからくりだったのかとやっと腑に落ちた。

 でも、と言うことは私はあの通信機は手に入れられないということだ。便利そうなのに残念だな。私は他に欲しい物があるわけでも無いので、気の向くままにウインドウショッピングを楽しむことにした。


 「部屋の装飾品が欲しいのか?」


 お店で商品を眺めていたらユーリが後ろから声をかけてきた。そのとき私は置物のようなものを見ていた。ガラスの中に色の付いた液体が入っていて、ゆらゆらと揺れている。


 「ううん。だってキーロとはぐれたからお金持ってないし。」


 「は?俺も出先にいるときにマリィに呼び出されたせいであんまり持ってないぞ。」


 ユーリが完全に呆れた顔で見下ろしてくる。そうか、出先から駆けつけてくれたんだね。口は悪くても友達想いじゃないか。


 「あら、なんか買ってくれるの?じゃあお菓子食べようよ。お腹すいた。」


 私はすぐ近くにあったテイクアウト専門のお菓子スタンドを指さす。ドーナツみたいなものを歩きながら食べている人がさっきから沢山いたので気になっていたのだ。

 

 「あんなのでいいのか?」


 「十分だよ。美味しそうだし。」


 お菓子スタンドからはあまーい匂いがぷんぷんとしていて食欲をそそられた。ユーリに差し出されたそのお菓子を受け取ると、思いのほか柔らかい。見た目はふわふわのパンみたいな感じだ。そのままかぷりとかぶり付いてみると、パンのように見えたものはモチモチしていた。何だろう、シフォンケーキを米粉で作ったらこれに近い食感になるのかな。とにかく、とっても美味しかったのだ。


 「これ美味しーね。ユーリ、ありがとう!」


 ご機嫌でユーリを見ると、ユーリはじっと私の顔を見ていた。


 「なに?もしかして食べたい?」


 「違う。以外と庶民的なんだなと思ってさ。王宮暮らしであんなに経済的に恵まれた奴らばっかりからアプローチされてるから、こんなのは口に合わないと思った。」


 「だって私は庶民だもの。前の世界では親と折り合いも悪かったから、自分で働きながら学校に通うための借金をして勉強してた。」


 ユーリは私の苦労話に意外そうに耳を傾けていた。いけない、こんな話を聞かせてしみったれた空気にするつもりはなかったのだ。


 「つまり、私はお金持ちのハイソな暮らしよりこういう生活の方が合ってるのよ。」


 私は明るくユーリにそう言うと、ニコッと笑ってこの話を終わらせた。せっかくの街散策なのだから楽しい時間にしたい。

 ショッピングモールを出てユーリと歩いていると、町の広場のようなところで賑やかな音楽がなっているのに気付いて私は足を止めた。


 「ユーリ。あれは何?」


 「踊り大会でもしてるんだろ。」


 ユーリは面倒くさそうに視線を広場に向けた。踊り大会?ダンスコンテストってことかしら??私もダンスサークルの端くれだし、ちょっと見てみたいと興味が湧いてくる。乗り気で無いユーリを引っ張って無理やり見に行った。

 ケルト音楽のような明るい曲を演奏する横で色んな人が思い思いに踊っている。その姿は、私が知っているようなダンスの動きから格闘技の演武、はたまた軟体生物の真似か??とツッコミたくなるような奇妙な動きまで様々だ。楽しそうだな、久しぶりに踊りたいな、と体がうずうずしてくる。


 「妖精さん、踊らないの?」


 ダンスを踊る人達に釘付けになって興味津々の私に10代前半と覚しき少年が声をかけてきた。あまり妖精を見ることがないのか期待に満ちた目で見上げてくる。

 

 「踊ってもいいの?」


 「誰でも踊って平気だよ。」


 おお、エントリーせいじゃなくて飛び入り参加形なのね。踊りたい!でもヒップホップじゃないな。バレエとも違う。うーん、ケルト音楽と言えばアイリッシュダンスかな?

 私のいたダンスサークルは所謂創作ダンスをメインとしていて様々なタイプのダンスを少しずつ取り入れていた。アイリッシュダンスの1つのケーリーダンスも去年の秋口に一ヶ月くらい習ったっけ。本格的にしたわけじやないけど、ここの人達がアイリッシュダンスを知ってるわけでもないから別にいいだろう。そう思ったら踊りたくてたまらなくなった。


 「ユーリ。踊ろう!」


 「はっ!?」


 呆気にとられているユーリの手首を掴んで広場に入った。私の習ったケーリーダンスは8人一組だったけど、別に2人だって良いよね!?どんなダンスだったか思い出しながら夢中で踊った。ユーリは完全に初めて見るのダンスの筈なのに私に合わせて適当に動いてくれた。流石に運動神経いいね。やばい、楽しすぎる!!私がステップを踏む度に周囲にキラキラが舞い、隣にいるユーリまで輝いているように見えた。

 結局、曲が終わるまで夢中で踊った私達のダンスは妖精が踊っているのを見ようと集まった野次馬達の盛大な拍手で締めくくられたのだった。


 「すっごい楽しかった!また来たい!!」


 「マリィは行動が予想外だから疲れるんだが。」


 ユーリはあからさまに嫌そうに顔を顰めた。でも、嫌とは言わなかったからきっと次も付き合ってくれるんだよね?


 「でも、予想外で一緒にいると楽しいでしょう?」


 「どうだか。」


 渋い顔をしてつれない返事をするユーリを見て、私はアハハッと自然に笑いがこぼれた。



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